黒子 [ 1/4 ]


「テツヤくん!」
「…はい」
「おはよ!」
「…おはようございます」
「いやー今日も天気がいいねぇ」
「曇ってますが」
「あれ、ほんとだ。気付かなかった!これはきっとテツヤくんへの愛の力が私に幻を…ってあれ?テツヤくん!?…くそぅ、また逃げられたか」


自分でも気づかない自分の変化を、周囲は敏感に感じ取っている。そう思ったことはないだろうか。
日常というのは、同じことの繰り返しで積み重ねだ。初めは新鮮だったことも、繰り返すうちに至極当然の事柄に変わり日常へと溶け込んでしまう。
だから人は失ってからでないと大事なモノに気づかない。失ってからでは遅いのに。


「あ〜やっぱり先に教室に来てた!テツヤくん急に消えるのやめてよね!毎度びっくりするんだから」
「すみません。お話が長引きそうでしたので」
「なら…『黙ってろよ名、お前の顔をじっくり見させてくれ。今日一日その顔を思い出しながら過ごすんだからさ』とか言ってくれれば良かったのにー」
「姓さんは何か病気を患われているんじゃないですか?頭の」
「キャーどうしよ!テツヤくんが私の心配してくれたあああ!!!」
「…」


同じクラスの姓さんは根っからの変わり者で、…他に何を紹介しようかと考えたけどそれしか浮かばなかった。とにかく変わり者だ。学校の成績は毎回上位に入る実力の持ち主なのに言動がぶっ飛んでいる。そのわりに何故か友人が多いようで、気付かれすらしない僕と違って廊下を歩いているとよく声をかけられていた。その点も僕が思う“変わり者”たる由縁の一つだ。

授業中、前の席の火神くんを盾にボーっとそんな事を考えていたら不意にバシィ!とハリセンでも叩きつけたような強烈な音が教室に響いて、僕は左手の頬杖から顎をガクリと落とし、反動で右手に握っていたシャーペンは芯がぼきりと折れた。


「姓!お前は何度寝るなと注意されたら気が済むんだ!!」
「ふげぇ!…あれ?テツヤくんと、カラオケ…マイクどこ行った?」
「寝ぼけるのも大概にしろ!次寝たら成績1だからな」
「ちょっと勘弁してくださいよ!」
「これからのお前の態度次第だな」
「せっかくテツヤくんと君が代でデュエットしてたのに!先生空気読んで!!」
「お前、高校生でそのチョイスはどうなんだ…」


ドッと笑いに包まれた教室の中で僕だけが頭を抱えてため息をつく。火神くんが半笑いで「愛されてるな〜お前」とか目に涙を浮かべながら茶化してくるもんだから、思わず背中に手刀を食らわせてしまった。むせた火神くんに合わせるように授業終了のチャイムが鳴って、先生は飽きれ半分で教室を後にした。

昼休憩に伴い席を立つ生徒の合間をくぐって僕のところまで来た人物は…言うまでもないだろう。


「今日も席借りるねー」
「どうぞー」
「よいしょっ、と」
「…姓さん」
「ん、なーに?」
「何故席を借りてまで僕の隣で昼食を取るんですか」
「テツヤくんの隣だから」
「回答になってませんよそれ」


姓さんは僕の疑問をさらりと受け流し、陽気に弁当を広げた。これも毎度の事なので、今更気にするのもバカらしい、と昼食のサンドウィッチをかじった。


「お、姓のそれ旨そうだな!自分で作ってんのか?」
「うん。テツヤくんの花嫁修行のためですよ!」
「…それは知んねぇけど、いらねんならくれ」
「食べてる最中の人にそれ言うかね?ま、ちょっとならいいか」
「さんきゅー!」
「…火神くん両手ハンバーガーで塞がってるね。しゃーない、口開けて」
「ん」
「はい、あー…」
「ちょ…っ!」
「わっ、テツヤくん?」
「黒子?」


あれよあれよと進む展開を止めたのは他でもない、僕だった。
姓さんが自分の箸で弁当のおかずを掴んで、落ちても良いようにあいた手を受け皿にしながら火神くんの口に運んでいるのを見て、いつの間にか、姓さんの腕を掴んでいた。二人は驚いて目を見開いていたが、一番驚いたのは僕だ。

僕はどうして姓さんの腕を掴んだんだ。姓さんが使う箸で姓さんが作ったおかずを姓さんが火神くんにあげるのをどうして止めたんだ…?


「あ、いやなんでもないです。どうぞ続けてください」
「もしかしてテツヤくん…妬いてくれた?」
「冗談は寝言だけでお願いします」
「照れちゃって〜!てことでテツヤくんが拗ねちゃったら困るので火神くんこれはお預けです」
「はぁ?んだよそれ」
「あ、でもおかげでテツヤくん姓さんはなんか爛々と目を輝かせて僕から一時も目を離さないし、どうしてこうこの人は静かな日常を送らせてくれないのだろう。


「僕は…おしとやかで真面目で、所構わずくっついてこないような子が好きです」


目を逸らし放った言葉に、姓さんから笑顔が消える。カランカランと箸が転がる音がして、次いで「そんな…」と弱々しい声が耳に届いた。僕は一切姓さんに目をやらず、食べかけのサンドウィッチをひたすら口に運んだ。


「姓?」
「…火神くん、良かったらお弁当食べて」
「お前はどうすんだよ」
「私はもういいから」
「あ、おい!なぁ黒子、アイツ見るからに変になってんぞ。いいのか?」
「変なのは元からですよ」
「…まぁ否定はしねぇけど。つーかこれ落ちた箸じゃねぇか洗ってこよ」


そう言って火神くんは小走りで教室を出た。
この状況で素直に食欲に従える君もなかなかの変人ですよ、と火神くんの机に置かれた弁当を視界に捉えつつ悪態をついた。
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