氷室 [ 1/2 ]


「名、氷室先輩に何プレゼントするの?」
「へ?プレゼントって?」
「へって…今日氷室先輩誕生日でしょ…」
「わ…」


忘れてたあああああああああ!!だから朝から女子がそわそわしてたのか…

氷室先輩は今年の春アメリカから日本に引っ越してきた帰国子女。それだけでも話題をかっさらったのに、更に見惚れてしまう完璧な容姿、大人びた立ち居振舞い、しかもバスケ強豪校のこの陽泉で瞬く間にスタメンにのしあがった実力者だとなれば、モテないはずがなかった。同じバスケ部のマネージャーをしている友達の私を見る蔑んだ目…見せつけるように私の机にラッピングされた箱を置かれた。


「ち、ちなみに何を…」
「シフォンケーキ(手作り)」
「シッッフォ…!?」


なんでそんなオシャレなものを…!もっとシャーペンの芯とかにしてくれれば私が練り消しとか渡しても違和感なかったのになんだよシフォンケーキって!しかも(手作り)ってなんだよ!()してまでアピールする必要あります!?



「あんたどうすんの?氷室先輩バレンタインにはまだいなかった分、皆今回の誕生日イベントにかけて気合い入れまくってるってのに」
「ややややばい…!ねぇお願いそのケ」
「却下」
「まだ言ってないのに!」
「どうせそのケーキ一緒に作ったことにしてとか言うんでしょ。絶対嫌」
「くっ…」


こやつ…エスパーか!あああもうどうしようもない、こうなったら誕生日なんてなかったことにしよう。そうだ、私は何も知らなかったんだ。だいたい誕生日ちょっと忘れてたくらいそんな大騒ぎすることじゃ…他の先輩や紫原くんの事もお祝いしたけど、それは成り行きでたまたまというか…あれ?これ結局一人だけ忘れてましたとか酷くね?結論、今更どうしようもない。うん、どうしようもないんだ。今日は極力近付かないで、話題に触れないようにしよう。

と思ってたのに…!!

部活中、DF練習をしていた氷室先輩からベコッと妙な音がして足元を見ると、それはもうパックリと、ワニが口を開いたようにバッシュの爪先が盛大に壊れ「もう練習出来ないし、今日はバッシュ買ってそのまま帰れ。ついでに備品も買ってこい。マネージャー、一人着いていけ」
という監督の命令に、私は選ばれないために友達の後ろに隠れたらその友達が私の手を握って頭上に掲げた。


「姓さんが行くそうです」
「そうか、頼んだぞ」
「え。いや私は」
「…盾にした罰よ、行け」
「……」


罪に対して罰が厳しすぎやしませんか?

私もそのまま帰っていいと言われたので、今更逆らうことも出来ず制服に着替え大人しく校門で待機した。


「名、付き合わせちゃってごめんね」
「いえ!とんでもないです!」


部室から小走りで私のところに来た先輩は両手に大きな紙袋を提げていた。溢れんばかりのラッピングされた包みの数々に唖然とする。


「ビックリしたよ、日本ってこんなに誕生日に敏感な国だったんだね」


それはあなたにだけですよ氷室先輩。私は乾いた笑いだけ返して、話題を遮りどうでもいい話を展開する。


「あ、今日紫原くんがまたお昼ご飯にまいう棒食べてたんですよ。注意したらお弁当ちょーだいって奪われちゃって…」
「さっきから、敦の話ばかりだな」
「え、あ、すいません!」


同じ1年で先輩と仲が良いのが紫原くんしかいないし、なんと言っても紫原くんは変わってるから話題には事欠かない。深く考えずに謝ると先輩は視界が開けている右目をキッと細めて私を見下ろした。いつもは優しく微笑んでくれるのに、冷たい視線に肩がすくむ。


「何?ノロケたことを謝ってるのか?」
「ノロケ!?」
「敦のことそんなに好き?」
「へ、紫原くんですか?好きか嫌いかと聞かれたらそりゃ好きですけど…」
「そう」
「?」


先輩は両手の紙袋を道端のベンチに置いた。休憩するのかな?と近付いたらガッと腕を引っ張られて無理矢理ベンチに座らされた。氷室先輩は私を跨いで片膝をベンチに乗せ、顔は背もたれに置かれた両手に挟まれて先輩の影で視界が薄暗くなる。


「ひ、氷室先輩…?」


そっと目線を顔まであげると、私を見下ろしてる先輩の顔が、必死に苦しいのを我慢してるこどもみたいで、戸惑ってしまう。


「…オレの方が…好きなのに」
「へ」


意味を理解出来ずに口を半開きにしていると、影がスッと動いて空が見えた。


「ごめん、名は敦と付き合ってるのに。今のは忘れてくれ」
「は…い?私と紫原くんがなんですと?」
「だから、付き合ってるんだろ?」
「初耳ですけど」
「………え」


目が点。私から離れて背を向けた先輩が振り返ってフリーズした。


「だって、この前二人で体育館を出て行った時―――」

“好きー”
“私も好きー”
“じゃあ両想いだねー”
“あはは、そうだねー”

「って…」


思い返してみる。この私にそんな甘々展開あっただろうか。…あった、あったわ。でもあれはお付き合いとかそういう恋愛的なのじゃなくて…


「あの…まいう棒の話…だったんですよ、あれ」
「まいう…棒…?」
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