伊月 [ 2/3 ]
パチッ―――手探りで壁についてる部屋の電気のスイッチを押した途端。
パンッパパン、パンッ!
「わっ!?」
「「「「ハッピーバースデイ!!!」」」」
爆竹が弾けたような音はクラッカーで、それから飛び出したカラフルなテープや花吹雪を頭から被った。ビクッとして目を瞑ったが、再び開くと見慣れた誠凛高校バスケ部の面々がクラッカーをこちらに向けていた。
「み、皆!?今日は帰ったんじゃなかったのか」
「実はこれの用意するために早くあがったんだよ…です」
「へー…」
壁は折り紙の輪を繋げたものをU字に垂らして貼り付けて装飾されている。中央には普段はない折り畳みのテーブルが置かれており、聞くとカントクが家から持ってきたらしい。
「皆…嬉しいよ、ありがとう」
「伊月先輩、お誕生日おめでとうございます。これ、1年からです」
「おお黒子、…ノート?」
黒子からラッピングされた袋を受け取り開けてみると、中から出てきたのはなんの変哲もない1冊のノート。黒子の後ろに集まった1年に目をやると「早く開いて!」と訴える名と目がばちりと合って、ぱら、とめくって応えた。
「こ…これは…!!」
ズシャァーーーーン!!!と脳内に衝撃が走る。オレはノートの形が崩れるほど強く握りながら、静かに内容を読み上げた。
「“おっさんが化学反応を調べている。おっ、酸化!”“屋上に置くじょ”“ま〜どんなマドンナ”“オットセイを海に落っとせぃ”“きちんとしたキッチン”…キタコレ!!!」
「…おい、どういうことだ」
「私達1年のプレゼントはダジャレノートです!」
「そのままじゃねぇか!!」
「いだっ」
胸を張って自信満々に答えた名を日向がバシッと叩く。
「ありがとな!それにしても数が多いな…いったいいくつ考えたんだ?」
「順にノートを回してネタが被らないように全員50ずつ考えたので全部で300です」
「「「「300!?」」」」
オレも予想外の数に日向達と一緒に叫んでしまった。300って…一番最後の奴とか涙目だろ。ご丁寧に、ページ上部には氏名が記されていて、見事にあとになるほど下がっていくダジャレのクォリティに笑ってしまった。
「あれ?黒子のは?」
「僕は一番初めですよ」
「え…」
おかしいな、と反対にページをめくっていくと、表紙の次の右のページに“黒子テツヤ”と書かれていた。
「そうか、最初に開いた時1枚一緒にくっついてきたのか…どれどれ、最初だからさぞいいものが…んんんんんんん!?」
「どったの伊月〜?オレにも見せて見せ…げっ、なにこれ」
後ろからオレの肩に頭を乗せてノートを覗いてきたコガを皮切りに、わらわらと皆が集まった。
ごくりと大げさに唾を飲んだコガがノートの一部を恐る恐る指した。
「なぁコレ…“なすびは紫だからなぁ、すび”ってなんだ」
「「「「…」」」」
「変ですか?」
「…い、いや…50も考えるんだし一つくらいこんなのが出ても…」
2年陣は顔を見合わせて頷き、ノートをもう一度見る。すぐにコガがさっきとは違うところを指した。
「なぁ伊月…じゃあこれはどうなの?“いちごの数がイチ、2、3、4、ゴ”」
「「「「…」」」」
「力作なんですが…」
「力作なんですが…じゃねぇよ!ひでぇよなんだこれ!」
「あからさまに数字カタカナにしてアピールしてるし、最早ダジャレなのかすら怪しいぞ…」
「そうでしょうか…」と眉を下げる黒子に日向の檄が飛ぶ。オレの言葉が追い討ちになったのか黒子は「なんか…すいません…」と言ったきり喋らなくなった。…パパをお父さんと名付けた一件でだいたい理解していたさ。うん…まぁ、ありがとう…。
「ん?なんだコレ!?」
次にコガが見つけたのは、流れるような達筆な字で書かれたページ。それを見て全員が唖然とした。
「英語!?誰だよこれ!」
「あ、オレっす」
「火神!」
「日本語のダジャレ聞く分には理解出来るんすけど考えつかなかったんで、あっちで使うダジャレみたいなの書きました」
さすが帰国子女…誰もがそう思っただろう。だがここに「へーすごいね」で終わらせる優しいやつはいない。
「分かんねぇよバ火神!」
「お前どうせ書くなら日本語訳つけろよなー」
「コガ、着眼点がズレてる」
「あり?」
「けど確かによく分からないな…火神、解説してくれ」
うす、と短く返事をした火神はオレの差し出したノートを受け取った。
「えーっと…“Tennis players don't marry because Love means Nothing to them.”日本語だと…「テニスプレーヤーは結婚などしない。彼らにとって"Love"は"Nothing"を意味するのだから」って感じっすね」
「「「「お、おおお…」」」」
流暢な英語の発音と外国らしいオサレ感漂う“ダジャレ”と呼ぶには些か釣り合わない内容に皆が感嘆の声をあげた。
「なんで結婚しないなんて決めつけるんだ?テニスプレーヤーだって結婚してる人達はいるだろ」
「木吉、お前は黙ってろ」
木吉の発言でふっと部室の温度が下がって、日向のダルそうなツッコミだけが空気を震わせた。