僕の心には君が住んでいる [ 1/1 ]
「えぇっ抱き締めてもらったことがない!?名ちゃんがあんだけひっついてんのに!?」
「うん」
久々に部活のない放課後。彼氏である緑間くんに一緒に帰ろうと誘ったら「練習はなくても自主練はあるのだよ」と一刀両断。
それを見た高尾くんがじゃあオレとデートしよっか♪と声をかけてくれた。デートと言ってもお金がないので近くのマジバでシェイクをすすっているわけですが。
「緑間くん私のこと好きじゃないよねー高尾くんとデート行くってなっても止めないし、バスケの方がよっぽど恋人らしい」
「ハハッ確かに部の練習の後にも残ってっし、ありゃ相当な物好きだわな。そんな真ちゃんが好きな名ちゃんも物好きだと思うけど」
「自分でもそう思う」
思い返してみると、
告白したのは私で返事は「あぁ」のみで一度も好きと言われたことはない。デートに誘うのも毎回私、大概自主練だからと断られるけど。廊下ですれ違ったりしても声かけるの私だし、ギュッと抱き締めてみてもいつも「暑苦しいのだよ」で玉砕。
「彼女いるってことにしとけば告白されるのも減るだろうし楽だからなのかな」
「いや、」
“まず真ちゃん親しい奴意外には変人としか認識されてねぇから心配ないっしょ”
と言いかけたが、さすがに目の前に彼女がいるのにそれは言えないか、とジュースと一緒に飲み込んだ。
「まぁ真ちゃんお得意のツンデレっしょ。堅物なあいつが好きでもない奴と付き合うとも思えないし、今までバスケ一筋だったし戸惑ってる部分もあんじゃね?」
「そーかなー…」
「そうそう、だから名ちゃんもあいつ応援してやってよ!ウチのエース様をさ」
ニカッと笑う高尾くん。…うまくまとめられた感じがするけど…。
こんな東京の三大王者と呼ばれる秀徳で1年スタメンエースのキセキの世代。
高尾くんみたいに誰とでも気さくに喋れるような性格でもないし、いろいろあるだろうけど愚痴も吐かず毎日毎日毎日練習している。少なからず、そんなバスケに一途な彼も好きな要素に含まれるわけで、応援しないわけがない。
「しょーがない、秀徳のバスケに私の青春もかけてやりますか!」
「おう!」
「そのかわり1日でも長く試合してよねー」
「任せとけ!今にオレが真ちゃんもひっくり返るようなパス出して最強のコンビになってやっから」
「頼もしいね、やっぱ違うね。強豪校の1年スタメンは」
「だろ?」
高尾くんはズズッとジュースを飲みきって席を立った。
「じゃ、オレも誰かさんの自主練に付き合ってくるとしますわ」
「ごめんね、気遣わせて話聞いてくれて…」
「オレが誘ったんだし、名ちゃんとデート出来て楽しかったから、じゃーなっ」
手をあげた高尾くんに私も手を振り返す。
いつか、緑間くんから好きだって言ってくれる日が来たらいいな。
数日後、県外の学校との練習試合と高尾くんに聞いて応援に行った。緑間くんは高尾くんに“余計な真似を…”なんて言ってたけど特に帰れとも言わないし満更でもないのかなと思ったり。
「あッした!!!」
運動部独特の大きな挨拶が聞こえて、今日の試合が終わったことを告げた。皆がダウンを始める中、一人体育館の外に出た緑間くんを見てチャンス!と二階の応援席から走り出した。
「しーんちゃん!」
「っ…!」
水道で顔を洗っていた緑間くんに背後から抱きついた。
「姓か?高尾みたいな呼び方をするな、それから今汗をかいているのだよ、離せ」
「女の子じゃないんだから汗なんか気にしなくていいのに…」
「お前は女だろ」
文句は言いながらも、そっと腕を解いた。しばらく沈黙が続いて、キュッと蛇口を閉めて緑間くんは眼鏡をかけた。
「あ、もう戻るよねダウンしなきゃだし私も試合終わったから帰るよ。今日もカッコ良かった、じゃまた明日」
矢継ぎ早にそう言って背を向けたが、腕を引っ張られてそのまま抱き締められた。
「みっ緑間く、ん?」
呼び掛けても返事がなくて、戸惑う。
「今度の休み、二人で出掛けるぞ」
「…え?」
「名、好き…なのだよ」
ぎこちなく紡がれた言葉に絶句していると、パッと体が離された。
「えっ…え、えええ!?」
「…うるさいのだよ」
「だ、だって今あの緑間くんが抱き締めて名前で呼んで愛の言葉を…!?」
「やめろ!聞かれたらどうする」
大声で叫んだ私の口を押さえた緑間くんは顔が真っ赤になっていて、可愛くて笑ってしまいそうだった。
「で、でもなんで急に?」
「…」
小さめの声で尋ねると緑間くんはバツが悪そうに眼鏡をクイとあげそっぽを向いた。
「高尾に…この前二人が一緒に帰った日に、オレが冷たいからお前は別れる気だと、聞いて…」
「ふっ…」
「?」
「ぶふっ…ははははっ!」
「なっなんなのだよ!」
恥ずかしそうに何度も眼鏡をあげる緑間くんは試合中からは考えられない程幼く見えて、笑いが止まらなくなった。
「私が別れる?緑間くんと?ないない!」
「…………は?」
「それ、高尾くんに騙されただけだから」
「た、高尾ーーーっ!!!」
「あはっあはははっお腹痛いっ」
拳をプルプル震わせている緑間くんを見て、このあとボコボコにされる高尾くんが容易に想像出来た。
「でも、なんでデートとか名前呼びとか告白とかピンポイントで私のしてほしいこと分かったの?あ、それも高尾くんから?」
「いや…」
いつもズバズバ言うのに言葉に詰まるのを見ると相当いいにくいことなのだろうか?
「別れたくなかったらお前がしてもらって嬉しいことをしろ、と言われたから…実行しただけっなのだよ」「…ふーん」
心底恥ずかしそうに下を向いた緑間くんの顔を覗きこもうとすると背を向けられた。その大きな背中に手を回した。
「ありがとう、真太郎。嬉しかったよ、私も真太郎のこと大好き」
「…オレは、お前といない時でも常にお前の事を考えている」
「…クスクス」
「何故笑うのだよ」
少し機嫌悪そうに呟いた真太郎に謝って顔が見えるように前に回る。
「私もだなって」
「…フン」
なんて素っ気ない返事をされたけど、口はほんの少しだけ弧を描いていて、こんな変化に気づいたのはいつも真太郎の顔が頭に浮かんでるからかな?とか恥ずかしいことを思った。
「僕の心には君が住んでいる」
20120916 玄米