僕は君と逢うために生まれてきたんだ [ 1/2 ]


「“私も黄瀬くんにお会いしたいと思ってました”」


何度も何度も手紙を読み返す。それを封筒に戻し、宛名と差出人を確認。人通りが少ないとは言え屋外にいるのも忘れ、白い歯をチラつかせ笑ってしまった。

半年前。
オレはバスケを始めたばかりで、早く青峰っちに近づきたいと貴重なオフの昼下がりに近くの河川敷をロードワーク中だった。だがふよふよと力なく浮遊する赤い物体に目を奪われ足を止める。風船だ。中のガスが減り今にも役目を終えそうなそれは、最後の力を振り絞って一瞬浮上し5mほど手前にふわりと降り立った。まず前方を確認。ずっと先まで見渡すが人影はない。続いて後方、左右、上空なんてのも見てみたが、この付近には人どころか鳥も虫も見当たらなかった。


「気に、なるよなぁ…」


一歩、また一歩と近づいて風船を拾い上げると中からカサ、と乾いた音がした。太陽の光に透かすと、B4サイズの紙が風船の曲線に沿うように中で広がっているのが見えた。早々にロードワークを切り上げ、代わりに帰路をトップスピードに近い早さで走った。浅い息のまま玄関で靴を脱ぎ捨て自室の勉強机のイスに腰掛けた。引き出しからハサミを取り出す。もちろん、持ち帰った風船を切るため。キツく結ばれた風船の口をほどいて中のガスを抜き、紙を傷つけないようハサミで慎重に切り開く。出てきて紙は、薄紅色の可愛らしい便箋。そこには小さいキレイな文字で一言。

“はじめまして”


「…なんだこれ」


いたずらか、とため息をついたが不自然な余白が気になって指を滑らせてみると僅かに凹凸がある。鉛筆で凹凸を潰さないよう優しくこすると、案の定文字が浮かんできた。

“姓名と申します。気づいてくれて嬉しいです、ありがとうございます。病室の窓からこれを飛ばしました。拾ってくれた貴方にお願いがあります。たまにでいいので私とお手紙のやりとりをして下さいませんか?”

メッセージ下部には住所が記されており、県内の病院だというのが見てとれた。便箋と呼べるものは持ち合わせていないので、ノートを1枚引きちぎってペンを走らせる。
初めはただの好奇心だった。今時便箋を風船に入れて飛ばすような女の子がどんな人なのか、単純に知りたかった。つまらなかったらやめればいいだけの話だし、そう思った。けど、やりとりを進めていく内にいろいろなことが分かった。同い年であること。彼女に初めて同い年の知り合いが出来たこと。病院からほとんど出たことがないこと。あと1年の命だと宣告されたこと。
それを聞いて、最後に“お友達”という存在を作ろうと、病室にいて出来る方法を考え抜いた結果、手紙を飛ばすことになったそうだ。
月に何度かのやりとりを続け、直接会ってみたいな、と無茶を言ったオレに彼女は両親や担当医に頼み込んで外出許可を得た。それが今日。待ち合わせの15分も前に着いた。彼女はまだ来ていない。オレは手紙をもう一度読んでからしわにならないよう丁寧にカバンにしまった。


「あ、あの…もしかして…黄瀬さんですか?」


振り返ると白いワンピースに負けない白い肌の女の子がカバンを握りしめていた。


「あ、うん!名ちゃん?」
「はい!お待たせしましたか?」
「全然、今来たとこッス」


緊張してカクカク動く彼女に思わず笑ってしまった。


「緊張しなくていいッスよ。それと同い年なんだからタメ口でいいのに」
「すいません、親以外には敬語なのでつい」
「それも敬語だし」
「あ、すい…ごめんなさい…?でも黄瀬さんも敬語…」
「オレのは癖ッス」
「な、なるほど…?」


納得しきってない様子の彼女に笑いかけ、ずっと行きたかったという映画館まで案内した。CMでよく見る人気のラブストーリーを鑑賞。これは“お友達”というより“恋人”だななんて思いながら隣に目線だけやると、真剣な面持ちで画面を見つめていた。

映画館を出て次に向かったのは落ち着いた雰囲気のカフェ。そわそわしながら店内をキョロキョロ見回す彼女を見て、隣のテーブルに座っていた女達がクスクスと笑う。それに気付いた彼女はボッと火が出るくらい顔を赤くして「…みっともないよね」と肩をすぼめた。


「てかあれ、モデルの黄瀬涼太じゃない?」
「ほんとだ!」


騒ぎだしてオレに声をかけようとしたのを遮る。


「オレは都会慣れしてない女の子の方が可愛いと思うッス」


わざと女達に聞こえるようににっこり笑って言うと、顔を見合わせ、何も言わずにいそいそと店を出て行った。


「黄瀬さんって有名人なの?映画館でもいろんな人に声かけられてたし…」
「有名人なんかじゃないッスよ。ただ知ってる人は知ってるってだけで」
「へぇ〜モデルさんってスゴいんだねぇ…ゴホッ」
「名ちゃん、大丈夫ッスか?」
「う、うん。ごめんね」
「無理しないでダメそうだったら言うんスよ」
「ありがとう」


苦しそうに笑った彼女を見て、いつ何があってもすぐにかけられるように携帯に病院の番号を打ち込んで、通話ボタンを押せば繋がる状態にしている。それを使わずに終わればいいと思っていたが、その時は突然やってきた。


「っ…ごほッ、うっゲホゲホッ」
「名ちゃん!?」
「ゼーッ…ハーッだ、だいじょゴホッ」


ショッピングセンターで服を見て回っていたが目の前からフッといなくなったと思った時には、床に倒れ込んでいた。すぐに電話を繋いで状況を伝える。


「すぐに救急車来るって!もう大丈夫ッスよ!」
「ご、ごめっ」
「大丈夫、喋らなくていいっスから」


それでもなお、謝ろうとする彼女を横抱きし細心の注意を払いながら救急車が到着する出入り口へと運んだ。間もなく救急車に一緒に乗り込んで病院へ向かう。消え入りそうな声で「ごめんね」と言ったのを最後に気を失って、同時に一筋の涙が耳へと伝った。いつもの病室に帰ってきた彼女はテレビでよく見る透けた緑色の酸素呼吸器を繋がれていて、先程とは別人に見えた。担当医だという先生が病室から出た後もオレは動けずに、ただ枕元で立ち尽くしていた。


「あなたが黄瀬くん?」


 
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