君に酔ってしまったようだ [ 1/2 ]


「おはようございます、名さん眼鏡ですか?珍しいですね」
「おはよ!うーん…コンタクト片方どっか行っちゃって」
「それは大変ですね」
「楽ではあるんだけどねー」


くいっとブリッジを指先で上げると、いつもポーカーフェイスで心情の読めない黒子くんが大きな瞳を更に大きく見開いた。


「黒子くん?」
「あ、すいません…今幻覚が…」
「幻覚!?」
「なんか仕草が緑間くんに被って見えて、凄く不快になりました」
「ふっ!?」


目をこすり感情をぶつけるようにドンッと置かれたカバンに「ひぃっ」と身を引くと、思ってなさそうに「あ、すいません」と言われた。
黒子くんが物に当たるだなんて珍しいこともあるんだな。それにしても見間違えただけで不快になるとか緑間くんどんだけ苦手意識持たれてるんだよ…。何も知らず真面目に勉強でもしているであろう彼を想像して、若干同情の気持ちが沸いた。


「黒子くんは視力いいの?」
「良いと言える程ではありませんが裸眼でも日常生活には問題ないです」
「へー羨ましいなぁ」
「そうですか?」
「私なんて裸眼じゃ何にも出来ないもん。この前なんか起きて顔洗おうとチューブの洗顔料取ったつもりが歯磨き粉でさ、一日中顔からミントの香りさせてたからね」
「それは………美味しそうですね」
「うん、コメントに困ったんなら無理しなくていいから」


笑い飛ばしてくれれば良かったんだけど、私のエピソードは黒子くんのお笑い中枢を刺激出来ずに終わったようだ。同じクラスになってから、いつか黒子くんを笑わせてやろうと秘密裏に幾度となくミッションを遂行してきた私はまたダメか、と気付かれないように肩を落とした。


「ねぇ、黒子くんって冗談とか言ったりする?」
「いえ…昔からそういう類いは苦手で」
「やっぱそうか。黒子くんの盛大な笑い声って聞いたことないもんな…まず盛大な声すらないけど」


だからこそいつか笑わせられればと思ったわけだけど。


「卒業するまでにはこの勝負、絶対勝ってみせる…!」
「何のことですか?」
「あ、なんでもないです」


私はあくびをひとつして、メガネを外す。授業前にやっとこうとレンズを光に照らしながら眼鏡ふきできゅっと埃を拭った。


「名さん、眼鏡お借りしてもいいですか?」
「え?うん…いいけど…はい」
「ありがとうございます」


眼鏡を受け取るとかすかに頬笑み、そっと耳に掛けた。そのまま見慣れたはずの教室をぐるりと見回して最後に私をレンズ越しに見つめた。


「これが名さんが見ている世界…」
「ではないね」
「ぼやけて全く見えません」
「度が合ってないからね。あんま長く掛けると気持ち悪くなるから…」
「うっ…」
「あーあー言わんこっちゃない」
「どうやら、」










「君に酔ってしまったようだ」


(は?)
(冗談、というのを言ってみました)
(…一生勝てないなこれは)
(何にですか?)
(センスとかもろもろ)
(はぁ…)



→あとがき
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