君の忘れられない男になってやる [ 1/3 ]


日曜、近所の本屋。大好きな作家の小説の最新刊が発売と聞いて買いに来たが、目当ての作家のブースには“待ちに待った新刊登場!”と書かれたポップがあるだけで、肝心の本はどこにもない。周りの山積みの本から完全に浮いている、ごっそりくり貫かれたように凹んだその空間の前に立ち、最早意味を成していないポップを見つめた。


「…っく…出遅れたか…!」
「…名?」


一人だというのに、思わず心の声をもらしてしまった私に声をかけたのは、バスケ部主将で有名な赤司くんだった。


「珍しいねー。ここの本屋学校から遠いからあんまりウチの生徒来ないのに」
「…ロードワークでたまたまこっちまで来たから帰りに寄ってみた」
「へーそれはそれは、お疲れ様です」
「ただの日課だ」


私はしたことないけれども、ロードワークって汗かいて息も絶え絶えで、河原に倒れ込んだところに彼女が頬にピタッと冷たいアク(自主規制)アスとかポカ(自主規制)ットとかを当てて「水分補給は大事だぞ☆」「!さんきゅ」みたいなさ、そういうさ、そういうアレじゃないんですか。

この赤司くんは“帰り”だと言うのに、疲れた様子もなければ汗の一滴すら見当たらない。その不思議な光景に、赤司くんを上から下になめるように見るとふと本を掴む手に目が止まった。


「え、あ、もしかして赤司くんが持ってる本って…」
「これ?今日発売の小説だ。このシリーズは人気で初日売り切れが続いてるらしいんだが、運良くこの店の最後の一冊が手に入っ…名?」
「赤司くんお願い!!読んだらすぐ私に貸していただけないでしょうか!?」


ガッと肩を力一杯に掴まれ、ギラギラとした目で見られた赤司くんは一瞬大きく目を見開いて、そのあと口角をくっと持ち上げた。


「いいよ、」
「はぁ〜ありがとうございます〜もう私ほんとにこの本楽しみにしてて…」
「その代わりにさ」
「へ?」



―――――――――



「はい、赤司くん。借りてた本と約束してた本」
「どうも。で、新刊の感想は?」
「間違いなくシリーズ最高傑作だね!あの主人公が料理しながら犯人の自殺を食い止める所とか心臓ばくばくしちゃって」
「確かにあそこは鬼気迫るものがあったな」
「ほんっとありがとね!あの後いろいろ本屋さん探したんだけどどこにも置いてなかったから、助かった。でも…このお返しが私が持ってるオススメの本を貸すだけでいいの?」
「あぁ、名の読む本は実に興味深い」


本屋さんで提示された条件は、この本を返すとき私の本を貸すこと。自称小説マスターな私はそこそこの数を所持しており、図書室にもよく通う。最近までそんな学生は自分だけだと思っていたが、一人のはずの図書室で本を読んでいたら真正面に男の子が座っていて、話を聞くと私が座る前からそこにいたという。そんな怪奇な出会いをした男の子は私以上の本の知識を持っていて、仲良くなるのにさほど時間はかからなかった。二人であの作家はどうだの、あの作品がこうだの、盛り上がっていたところにガラリと扉が開いて、立っていたのが赤司くんだった。


「…邪魔したかな?」
「あ、ううん。全然!」


それが私と赤司くんの初めての会話だった。それからたまに赤司くんは図書室に現れるようになって、三人でよく語り合っていた。


「興味深いって、どの辺が?」
「あまり表に出ないマイナーな作家や新人作家にも詳しいだろ。それに普段手をつけないジャンルを名が読んでいるから参考にしようと思ったんだ」
「はーなるほどー」


腕を組み、そう返した私に赤司くんは自分のカバンから一冊の本を取り出して、タイトルを見せるようにくいっと傾けた。


「実は、このシリーズを書いてる作家が新人の頃の絶版になった本なんだが、読んだことあるか?」
「えっないない!てかコレ、オークションで数十万で取引されるレア物でしょ!?なんで持ってるの!?」
「父の書斎にあったんだが、もういらないそうだ。興味があるなら引き取ってくれるか」
「いいの!?わー…ありがとう!お父さんによろしくお伝えください」
「あぁ」


本の貸し借りをするようになっていろいろ気付いたことがある。私と赤司くんには意外と共通点が多い。本が好きなのもそうだけど、私が好きな音楽のグループに詳しかったり、見てるテレビ番組が同じだったり、シャンプーのメーカーが同じだったり、たまたま行ったショッピングセンターでばったり出会ったり。そんなことが多々あって、いつの間にか本を読んでても、曲を聞いてても、テレビを見てても、シャンプーしてても、どこかに出掛けても、赤司くんも今頃…なんて思い浮かべるようになってしまった。
そうして、ハッとまた彼のことを考えてしまっていた自分に気づいてなんでだろう、と頭にハテナを浮かべるのだ。


 
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