02 [ 1/3 ]


「えー、この度2年の春という中途半端な時期からですが、一軍の皆さんのサポートをさせていただくことになりました、桐原都遥です。よろしくお願いします」
「都遥っちーーー!!」
「むごっ」


昨日、理不尽というか、私に拒否権なんてものもないまま、いつも離れた場所から眺めていただけだった、我が帝光男子バスケ部のマネージャーを務めることになった。100人を超える部員の前で、しかもどいつもこいつもデカイしゴツい!そんな人達の前で、じっと見られながら自己紹介なんて、とてつもなく精神がすり減る。ペコリと頭を下げた私を飛び付くようにギュッと抱き締めたのは、モデル(笑)の黄瀬くん。


「ちょっ、黄瀬くんんん!?離してっマジで離して!ギャラリーから悲鳴があがってるから!」
「やーだっ!何?都遥っち照れてるんスか〜?」
「Nooooo!!どこをどう聞いたらそうなんの!?」


甘えるように頬をすり寄せてくる黄瀬くんを引き剥がそうとするが、力が強くてビクともしない。


「ねぇほんとヤバイ。殺される、私ほんと殺される」


断末魔のような悲鳴があがっていたギャラリーの方を見ると、真っ黒いオーラを纏い、こちらを睨んでいる。帰り道には気を付けなければ…!


「大輝〜助けて〜」
「ったく…よっ」
「にゅわっ」
「ああっ!」


練習しようとボールを掴んだ大輝を見つけ腕を伸ばして助けを求めたら、素直にもその手を握ってくれた。あれ、今日は優しい…なんて思ったのもつかの間。ぐっと引っ張られバランスを崩した私の腰に手を回してそのまま肩に抱えられた。今度は大輝のファンのギャー!!という悲鳴で体育館が揺れる。


「青峰っちズルいッスよ、俺が都遥っちとイチャイチャしてたのに!」
「何がイチャイチャだ!都遥嫌がってたろーがバァカ!!」
「嫌がってないっス!ね、都遥っち?」


ぷーっと口を膨らませて大輝と言い合いをしたかと思えば、急に悩殺スマイルで私の顔を覗き込んできた。これがモデル(笑)の力…!ドキッとしながらも、相変わらずギャラリーの大騒ぎする声に頭が痛くなり、だらんと力を抜いて大輝に身を任せ「…もう勘弁してください」とだけ呟いた。










02:好きだ


 「は?」
「だから、なんで青峰っちは大輝で俺は黄瀬くんなんスか」


さつきや他のマネージャーに教わりながらなんとか初日の練習を終え、ジャージから制服に着替えるため更衣室に足を向けるたら黄瀬くんに呼び止められた。


「なんでって言われても…」
「俺は都遥っちって呼んでるのに」
「いや頼んでないし」
「ひどいっ…俺が自分からこんなこと言うなんてないんスよ〜?」
「あーはいはいそうだねー、ファンの皆は頼まなくても可愛く涼太くぅんって呼んでくれるもんね」
「あっ都遥っち、今のもっかい!」
「…」
「目が冷たい!」
「お疲れしたー」
「都遥っち〜」


泣きながら追いかけてくる黄瀬くんを華麗にスルーし、私はすっかり人が減った体育館から更衣室に向かうのだった。私の高さに頭を合わせ必死に話しかけてくる姿はちょっと罪悪感を感じる。だけど、「俺の名前なんだっけ?」「青峰っちは大輝、桃井っちはさつき、なら俺は?ハイッ!」「…都遥っちもしかして俺のこと嫌い?」こんなんばっかで、決して『名前で呼んで欲しい』とは言わない。分かりきってるのになんのプライド(?)はなんだ。こんな必死になってるのは有りなのか。とか考えたらちょっと可笑しくて、いつの間にか口元が緩んでいた。あぁ、いつからこんなに気に入られてしまったんだろう。





―――――


中学2年生の春、その日は1年生が本格的な入部初日。大好きなバスケ部にはどんな新人が入るのか、と体育館沿いの渡り廊下で遠目からひっそり見学する。ズラッと並んだ1年生が声を張り上げながら自己紹介していく。


「お、あの子は城南小バスケスクールのキャプテンだった子だ…さすがにフィジカルいいですなー」


購買で買ったパックのジュースをすすりながら一人でブツブツ言っている内に、全体練習が始まったようだ。


「キセキの世代は今日も調子良さげだね〜」
「桐原サン?」
「あ、黄瀬くんだ」


振り向くと、ダルそうに肩にカバンをかけた黄瀬くんがいた。


「クラス変わって以来ッスね、お久しぶりッス」
「久しぶりってほどでもないけどね…」


ニッコリ笑顔を浮かべ、私に目線を合わせるように腰を曲げる黄瀬くんは輝いていて、同じ人間かと思うと嫌になる。


「あのさ、ずっと言いたかったことあるんだけど言っていい?」
「なんスか?」
「私の前でその態度やめて」
「は?」
「…ずっと作ってるの、しんどくない?」
「な、に言ってんの…俺、作ってなんかないッスよ〜」
「何を、かは言ってないのに分かったんだね」
「…!」


黄瀬くんは大きな目を更に大きく瞬かせて固まった後、目を細めニヒルな笑いを浮かべた。


「ごめん、ちょっといじわるだったね」
「別に?でも…上手いことやってたつもりだったんだけどな〜。それで、何が望み?」
「…はい?」
「お金?」
「あの、ちょっと待って」
「それとも、付き合って、とか?」


否定しようと伸ばした腕をひかれ顎を掴まれ強制的に上を向かされた。自分を真上から見下ろす黄瀬くんはさすがモデル(笑)…自然と頬が染まるのが分かる。が、それよりも…


「…お金なんていらないし、付き合ってとか思ったこともない…」
「え?」
「調子のんなこのクソモデルがあああああああああ」
「ええええええええ!?」


顎と腕を掴んでいた手を思いっきりはたいて、お腹を蹴り飛ばしてやったら黄瀬くんが尻餅をついた。


「っ…なにするんスか!?」
「自業自得だバカっ!」


言いながらも、ん!と手を差し伸べると黄瀬くんはポカンとしたあと、笑って手を重ねて私が手を引っ張ったのと同時に立ち上がった。今度は自然な笑顔だった。というか呆れ顔?


「ま、なんていうかさ。黄瀬くんもモデルやってるし、有名人だからいろいろ表面上は繕ったりしなきゃなんだろうけどさ…」
「いってぇ」
「黄瀬くん!?」


自分の頭の横を何かがヒュッと通りすぎて、それは黄瀬くんの頭に直撃した。


「バスケットボール?」
「ワリーワリー」


当たった部分を押さえながらボールを拾った黄瀬くんのつぶやきの後、ボールが飛んできた方から軽快な足音が聞こえて振り向くと、見知った顔がいた。


「って…モデルで有名な黄瀬クンじゃん!」
「大輝!あんたモデルさんの頭になんてことを…!」
「…自分はさっき蹴り飛ばしたくせに」
「あ゛?」
「!!なんでもないっス!」
「んだよ、都遥。お前またなんかやらかしたのか」
「人をトラブルメーカーみたいに言うな!」
「黄瀬クンも気を付けた方がいいぜ、こいつ凶暴だから」
「そうみたいッスね」
「貴様らー!てか大輝練習戻んなくていいの?監督こっち睨んでない?」
「っべ…ボールサンキュ、じゃなっ」


黄瀬くんからボールを受け取り、ダッシュで体育館に戻る大輝。全く余計なことを…。


「そういえば…さっき何言おうとしてたんスか」
「あー…誰かさんのせいで雰囲気ブチ壊れたけど…まぁなんて言うか…悪な黄瀬くんとなら仲良くしてあげてもいいってこと!」
「はぁ?なんスかそれ」
「あ、あとさ」
「なに?」
「黄瀬くんが簡単に追い付けないような人って案外身近にいるかもよ」
「ハッ、本当にいるんなら見てみたいッスね」
「じゃあ決まり!」
「え、は、ちょっ」


さっきボールを取りに来た男を追いかけて体育館に近づく。黄瀬くんがバスケ部の一軍になったのは、それから二週間後のことだった。

 
 


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