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「ただいまでーす」
「!都遥、」
「辰也さんには、才能が有ります」
「!」
「無い私が言っても説得力ないですけど…幼稚園でバスケ始めて、バスケが大好きで大好きで努力を惜しまなくて…そんな辰也さんには、そんな辰也さんだからこそ、」


帰宅した私が玄関で靴を脱ぐ前に辰也さんはリビングから走ってきた。片方しか見えてない瞳が不安そうにユラユラ揺れる。その瞳には私が映って…瞳の中の私は気持ち悪いくらい顔を歪めて泣き出した。


「同じようになって、ほしくない…!」
「都遥…っ!」


霞む視界の辰也さんは力の限り、でも割れ物に触れるみたいに優しく、抱き締めた。

数ヶ月前、辰也さんからメールが来た。


《タイガに負けた》


事細かに書かれる試合内容や面白かったエピソード。今日の晩御飯とか何してたとかの雑談までも丁寧にまとめられたいつもの辰也さんらしい文章はなく、句点もないその一文のメール。

“火神くん強くなったんですね”
“次は絶対勝ちましょう!”
“どんな試合でした?”
“さすが辰也さんの兄弟”

打っては消しを繰り返した文章。何を言っても今は辰也さんを傷つけるだけだ、そんな気がして。私はその日初めてメールを返さなかった。翌日、勇気を振り絞ってかけた電話の先の辰也さんは、いつもの落ち着いた声だが何か大事なモノが抜け落ちていて、すぐにでも壊れてしまいそうな、そんな声だった。


「…コンニチハ」
『…コンニチハ』
「電話では久しぶりですね」
『電話では久しぶりだね』


なんて、おうむ返しする辰也さんに顔が見えないのが救いだ。こんな眉を寄せて泣きそうになってる顔、見せられない。


「メール、見ました」
『…そう』
「あの、昨日は返事出来なくてごめ」
『幻滅した?』
「…え?」
『都遥は強いオレに憧れてくれてただろ?それが年下の、しかもオレがバスケを教えた弟分に負けるなんて…天は人の上に人をつくらずだなんてよく言うよ、なんでオレじゃなくてアイツなんだよ!オレの方が…オレの方が…っ』
「………辰也さん」
『なんでなんだよ!!なぁ…教えてくれよ都遥…なぁ…』
「…………っ…」


音割れを起こした悲痛な叫びに私は声も出なくて。

人は上を見る。

それは人として至極当然であり、又、なければならないものだ。だがそれだけが必要なわけじゃない。


「辰也さん、私は見てる皆を虜にする舞うようなバスケをして、誰よりもバスケを愛してる、誰にも負けない辰也さんが好きです」
『っ…』
「でも、」


電話越しに、辰也さんは子どもみたいに泣いていた。


「私は、辰也さんが辰也さんだから好きです」
『…!』
「バスケが強いだけでいいならNBA選手片っ端から好きになってますよ!」


冗談っぽくそう言った私に、辰也さんは、はは、と上品に笑った。

―――天才

私達は決してそちら側には行けない。


「嬉しかったです」
『え?』


突拍子のない言葉に辰也さんの気の抜けた返事が返ってきた。


「火神くんや私みたいな年下がいるからか、辰也さんって自分を圧し殺して我慢して、大人であろうと無理するところがあるから…何かあっても相談してくれないんじゃないかって、心配だったんです」
『参ったな、都遥には何でもお見通しか』
「そうですよ!だからそっちで金髪美女の彼女とか出来てもすぐ分かっちゃいますからね!出来たらちゃんと紹介して下さいよ?」
『…ねぇ、それ本気で言ってる?』
「?はい!辰也さんに愛されるような人がどんな人か見てみたいです」
『オレ、生まれて初めて都遥を殴りたいと思った』
「えええっ!あの優しい辰也さんが殴りたいって、私何かしました!?
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『タイガに負けたのがどうでもよくなるくらい衝撃の言葉だったよ』
「そんなに!?え、私何を言いました!?」
『自分で考えなよ』
「辰也さんが冷たい!でもそんな辰也さんも好き!」
『…もう都遥の“好き”には騙されない』
「騙っ…!?え!?」


むすっとした声で低く呟いた辰也さんに慌てたけど、辰也さんは「ま、それでこそ都遥だけど。じゃあまたね」と一方的に電話を切った。


「都遥から電話をもらった時、捨てられると思った。誰よりも力の差を気にしてきた都遥が、オレを自慢したくなるくらい強くなって、上手くなってやろうってずっと考えてやってきた。でも、都遥にはアイツらがいて…」


だから、ストバスで私が「――――唯一の自慢です」って言った時、複雑な表情をしていたのか。なんて愚かな発言をしたんだ。


「一目で勝てないと分かった」


抱き締めた腕がふっと体から離れた。正面に立つ辰也さんが苦しそうに笑う。


「だから都遥はオレがキセキの世代と一緒にバスケするのを避けるためにタケさんの所に連れて行ってたんだろ?」
「ごめんなさい、私…」
「謝らないで。オレのためを思ってそうしたんだろ?タケさんや久しぶりに亮とも出来て刺激になったし、何よりアイツらには教えてない場所をオレに教えてくれて嬉しかったよ」


私達は同じだ。同じならきっと、一緒に進んでいける。


「もっともっと強くなって、いつか帰ってくるよ」
「待ってます」


やっと心から、笑えた。固い結び目がふわりとほどけたみたいに心が軽くなった。ありがとう、もう何も隠してないよ。だから、よろしく。



20121010 玄米


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