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私がいたチームは、都内有数の強豪の女子バスケクラブチーム。チームは安全を考慮して低学年と高学年の2チームに別れている。本来なら低学年チームにいるべき2年生の私は、クラブ発足初の飛び級で高学年チームに所属。そしてその高学年チームで偉そうにエースを張っていた。もちろん、そんな私を快く思わない人もたくさんいるわけで。こんな風にわざとらしくハブられたり、電気を消されたりというのは日常茶飯事だった。私が皆を尊敬して誠心誠意頑張る謙虚な後輩だったら、こんな陰湿な嫌がらせもなかったと思う。


「下手くそは下手くそ同士でつるんでればいいよ」


チームの中に信頼なんてものはなくて私はただの勝つための駒でしかなかった。それでも良かった。女子同様、強い男子のクラブチームをエースとして引っ張る辰也さんに褒めて貰えるように、見合うように私も強いチームのエースであろう。チームのために戦ったことなんて一度もなかった。練習は一切手を抜かなかったし、勝利に繋がると思えば年上でも容赦なくダメ出しをした。

私はアンタ達とは違う。ずっとそう思いながら、辰也さんの背かなだけを追っていた。最も、辰也さんは昔から完璧な容姿とクールな性格、誰が見てもダントツに上手いと分かるバスケセンスでモテていた。辰也さんといることで勝ち組の気分になっていたし、嫌がらせはあったけど“イジメ”まで発展することはなかった。悪気があったわけじゃない。ただ純粋に辰也さんとバスケが好きなだけだったのに。気付かない内にどちらも歪んでしまっていたんだ。


「ひっ…こし…?」
「アメリカって遠いところに住むことになったんだって」
「…もう辰也くんに会えなくなるの?」
「たまに辰也くんのお父さんのお仕事がこっちである時は帰ってこれるって言ってたからまた会えるわ」
「そんな…学校では!?学校終わってからは!?ご飯食べたりは!?」
「………」
「ねぇお母さん!なんで何も言わないの!?お父さん!」
「……都遥、仕方ないんだ」
「どうして!?ねぇ、やだよ!辰也くんに会えなくなるなんて私どうしたらいいの!?私も行く!アメリカ行く!!」
「無茶言わないで…」
「や…やだ…っ、ふ…ぅうあ゛あぁぁああ゛あ辰也くん!辰也くんっ!!うぅ…っぁああ゛ああああああ゛」
「泣かないで都遥…大丈夫よ、アメリカなんて遠くないわ。メールや電話は出来るし、ね?」


その日はご飯が喉を通らなくて、初めて朝まで一睡も出来なかった。


「キモイんだよ!」
「なんで氷室くんなの?お前が消えれば良かったのに」
「汚いヤツはゴミ箱にでも入ってろよ」
「きゃっ」


バサバサバサ、と音を立て降ってきたのはゴミ箱の中身。最後にゴミ箱を頭から被せられた。


「それじゃ逆じゃーん」
「ぎゃはは」
「あー間違えちゃったーごめんねー」


嫌がらせは、瞬く間に私を対象とした完全なイジメに変わった。


「ちょっと、何今のシュート。やる気ないんならスタメン変われよ」
「………」
「なんか言えよ!先輩が声かけてやってんのに…よっ!!」


力を込めて投げられたボールがお腹に当たる。


「ぐぁ…げほっ!…ゴメンナサイ」
「謝ってないで監督にスタメンおろせって言ってこいよとろいな」
「…それは、出…来ません」
「はぁ?」
「なんだよてめぇ!調子のってんじゃねぇぞ!」
「っ!」





―――――


「ただいま」
「都遥!?何その怪我」
「…転んだ」
「転んだって…どうやったらこんな前も後もボロボロになるような転び方出来るのよ。…言いたくないならいいけど、我慢出来なくなったら言うのよ?」
「…だったら辰也くん呼び戻してよ」
「え?」
「…なんでもない、ご飯いらない、おやすみ」
「都遥!」


肉体的な痛みは耐えられた。バスケに支障が出る程のケガはなかったし、辰也さんがいなくなって私の支えはバスケだけだった。バスケを続けてさえいれば、上手になればまた辰也さんが戻ってきた時前みたいに楽しい生活になる。

この時には気付いていた。

私に才能なんかないと。

まだ皆とはっきり差があった時の名残で、エースにギリギリしがみついているだけだと。

学校帰り何となく町内を適当に歩き回っていると、ストバスで大人に混じってプレイしている少年がいた。


「すごーい!今のどうやったの!?」
「ん?誰だお前」
「私、桐原都遥!あなたは?」
「オレは青峰大輝、こいつは桃井さつき」
「こんにちは、さつきでいいよ」
「こんにちはー、都遥って呼んで!よろしくね」


久しぶりに心が躍った。大輝は本当に楽しそうに目を輝かせてプレイしてて、こっちまで楽しくなった。作業でしかなくなっていたバスケがもう一度好きになれそうな気がした。


「大輝はなんで学校のクラブチームではやらないの?」


こんなスゴいプレイが出来る子がいたら知らないはずがない。


「オレはストリートの方が好きなんだ、ゴールさえ決めりゃなんでもいいし。ファール以外は」
「あはは、そりゃファールはダメだよ!」
「都遥は?」
「ん?」
「バスケやってんだろ?1on1しようぜ!」
「…やってないよ」


怖かった。大輝とやって負けたらどうしようって。


「うっそだー!都遥絶対やってるだろ!オレ分かる!」
「なっなんで?」
「カン!」
「は?」


違う。負けるのが分かっていた。負けて現実を突きつけられるなら、辰也さんと対等でいられないのなら、バスケを続ける意味なんかない。


「監督、今日限りで辞めます」
「…分かった」


大輝に会って、大好きだったバスケを道具にしてしまったと気付いた。大輝がしているバスケと全員から疎まれてバスケしている自分を比べてしまう。そして嫌になる。このままバスケが嫌いになるくらいなら辞めてしまおう。


 クラブチームを辞めてから、イジメは減少していった。体のアザや傷もほぼ完治していた頃で、私は体を動かしたくて仕方がなかった。


「ほわー…大きい家…」


とぼとぼ歩いて見つけたのは、小さな遊園地くらいはありそうな土地の大豪邸。大きな門の前に立って中を見ていると、大豪邸には相応しくないシンプルな長方形の建物から、ダムダムとバスケ特有の音がした。導かれるように、スッと開いた門をくぐり音の元へ走った。


「わぁっ!!」


勢いよく扉を開けると、おじさんがビクッと肩を揺らした。


「ななななんだお前!どこから入って来た!」
「門から」
「…あ。そういや鍵締め忘れて放置してたな」
「おじちゃん、一人でバスケしてるの?」
「おじちゃんじゃねぇ!タケさんと呼びな」
「タケさん?」
「おぅ」


タケさんはどこの誰かも分からない私に嫌悪感も示さず、初対面からフレンドリーだった。


「もっといっぱいでやるつもりだったんだが、オレの知り合いにバスケやってるやつがいないんだな」
「ふーん」
「お前バスケ出来るか?」
「うん。でも前までだよ」
「あ?」
「この前クラブチーム辞めちゃったから」
「クラブチームってこの辺じゃ一つだが…お前あそこでやってたんなら相当上手いだろうが!」
「ううん、ヘタクソ」
「なんだ補欠か?番号はあったか?」
「試合出てたよ。5番」


それを聞いてタケさんが跳び跳ねるように驚いた。


「5番って、あそこのエースナンバーじゃねぇか!それなのに辞めちまったのか?」
「うん」
「なんで」
「ヘタクソになっちゃったから」
「でも練習してたんだろ?」
「うん、クラブの練習は日曜だけだから学校終わってからはグラウンドでボールついたり、土曜はストバス行ったりしてた」
「そんだけやってて下手になるこたぁねぇと思うけどなぁ」

タケさんは握った拳に顎をのせ、おかしいなぁと言いながら私の周りをぐるりと一周した。


「ん?お前…いろんなとこにうっすらアザがあるが、どうしたんだ」
「…転んだ」
「お?女なのにケンカかぁ?お前これのせいでバスケ下手になったように感じたんじゃねぇのか?」
「そんなに酷くないよ」
「バカっお前ケガを甘くみんなよ?アザが出来るほどの衝撃が何ヵ所も与えられていい動き出来るわけねぇだろ!怪我の体に慣れて感覚が鈍っただけだ。いいか。切れ味鋭いハサミでも目に見えない小さい傷をいっぱいつけたらガタガタの切れ味最悪になるんだ。でも使い続ける内にこんなもんだったかと思い始める。
つまりそういうこった!」
「よく分かんない」
「だろうな、オレも分からん!」
「えー」


全てを投げ出すように床にゴロンと大の字になったタケさんを真似して寝転んだ。


「全部話してみな」
「なんもないよ?」
「あんだろ?アザの理由、チームやめた理由、その他もろもろ。ここには今日お前と会ったばっかのオレしかいないんだぞ?お前への先入観もなけりゃ、名前すら知らないんだ。何言われても驚かねぇからさ」


こんな事を言われたのは初めてで、教師はイジメを見て見ぬフリをしていたし、近所のおばちゃんは可哀想にねぇと遠巻きにコソコソと話していただけ。話してみよう、と思う前に勝手に口が動いた。


「…なるほど。お前なかなかの調子ノリコさんだなぁ」
「…分かってるよ」
「まぁそんなのチームとも呼べねぇし、辞めたのは正解だな。だがバスケは続けるべきだ」
「でも…自由に出来るところ外しかないからボールはすぐズルズルになるし、バッシュ使えないし…」
「ここがあんだろ。バスケするために作ったんだ、好きなだけダムダムすりゃいいさ」
「いいの!?」
「あぁ」


やったー!と両手をあげ、タケさんのお腹にダイブした。


「グフォアー!!おまっ死ぬ!どけぇい!」
「わぁアハハハハこそばいよタケさん」
「おっお前脇弱いな?さっそく弱点見つけたぞコノヤロー」
「うひゃあやめてええほほははははは」


ゴロゴロ転がりながらタケさんに脇をこそばされ、バタバタと暴れた。その日から、私は頻繁にタケさん家に通うようになる。


「ねぇータケさーん。5on5のゲームしたいよー」
「うーん、確かに毎日都遥ちゃんと二人っつーのもなぁ…」
「なんで市みたいにお金とって皆使えるようにしないの?」
「そうするとなんかかたっくるしいだろ?予約とかして時間と金に縛られながらバスケしたって楽しくねぇよ」
「じゃあ私の知り合い呼んでいい?別の小学校の子だけどいい子だよ」
「………そうか!そうだよ!一見様お断りだ!そうすれば無法地帯化することもないし…でかしたぞ都遥!」
「なんか分かんないけど良かったねー」


こうして、私が亮くんを誘い、亮くんが亮くんの近所のおじさんを、おじさんが友達を…とその輪はじわじわと広がった。





―――――


「じゃーん!タケさん、帝光の制服出来ました!」


小学6年生の3月。真新しい制服に身を包み、体育館へと踏み込んだ。


「おー、馬子にも衣装!」
「タケさん」
「冗談だって」
「今日はこの服でやりますよー!!」


タケさんが持ってたボールをひょいっと奪って、ドリブルしてレイアップを決める。


「都遥、どうしてもバスケ部には入らないのか」
「…はい」
「せっかく名門の帝光に行くんだ、もったいねぇよ。中学から始めたことにすれば不自然じゃねぇし、お前を知ってる奴もあんまいねぇだろうから…」
「私のバスケは、高慢と侮蔑、羨望と現実…それらが一番汚い形で混じり合ったものだったんです。結局“才能”にとり憑かれてたんだ。
チームとしてプレイするには私は人間が出来てなさすぎるんですよ」


タケさんは「難しく考えすぎだろ」と言ったが、私もそう思う。ゴチャゴチャ言い訳して、バスケから逃げてるだけだ。


「現実突きつけられるのが怖いだけの臆病者に、本気でバスケする資格はない。
それでも帝光を選んだのは、バスケが捨てきれない弱さです」
「弱さでもなんでもないだろ」


息つく暇もなく否定され、思わずフリーズした。


「ただのバスケバカだ」
「!」
「学生時代にしか出来ない事もあるんだからな。よーく肝に命じとけよ」


入学して、有り難かったのはバスケ部自体大規模なのに加えて、人気の部活だったこと。ファンに紛れて見学していればまず目立つことはない。見学出来ればいい。するならタケさんとこでも出来るしね。

そして中学2年の春。


「タケさん、男子バスケ部のマネージャーになりました」
「そうかいよいよ部活に…男子?マネージャー!?なんでまた…」
「皆には言ってないんです。ここのことも、過去も」


タケさんは真剣な面持ちでくるしそうに言葉を紡いだ。


「…最初に言わないとどんどん言いづらくなるぞ」
「もう遅いですよ、6年近く私は友達を騙してるんだから」



20121003 玄米


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