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「いつまでそこでそうしているつもりだ」
「ひぃっ」


くぐもった声が聞こえて、中から呼び掛けられたと分かった。


「入れ」


遠慮がちにそっとドアを開け中に入ると、赤司くんがベンチを利用して詰め将棋を解いていた。


「な、なんでいるって分かったの?」
「ドア窓に影が映っていた」
「…あ」
「座れ、話すことがあるんだろ?」


遠回しな言い方。自分が報告しろって言ったくせに。将棋盤の横に座り、理解はできないけどなんとなく駒を動かす赤司くんの指を見る。


「えと…昨日はありがとう。助かりました」
「それは良かった」
「報告する前に一つ聞いてもいいですか」
「なんだ」
「どこまで私に喋らせようとしてるの?」


赤司くんはピタッと動きを止めて、目だけを盤から私へと移した。


「どこまで、とは?」
「…それすら言わせる気だっていうのは分かった。赤司くんよくその手使うけどさ、今回だけは譲れないよ」
「さすがだね、よく分かってる。じゃあオレの質問に答えてくれ」
「…分かった」


赤司くんが再び碁盤に目を落とし、私からは赤司くんの長いまつげしか見えなくなった。


「誰といたか」
「辰也さん」
「何処に行ったのか」
「バスケットコート」
「それは何故か」
「この二週間を有意義に過ごしてもらうために」
「…模範回答だな」
「そう?」
「なら次だ」


パチッと駒を動かす音だけが部室に響く。早く聞いちゃえばいいものを、何をもったいぶっているのか、赤司くんはなかなか話そうとしない。動揺した姿は絶対に見せないと気を張っていたのがだんだん沈黙に耐えられず不安に変わっていくのを見透かしたよなタイミングで赤司くんは会話を再開させた。


「彼をオレ達から遠ざけた理由は?」
「…もう質問がおかしいよ」
「どうして」
「だって、百歩譲って、辰也さんが部活に参加しようとしたって知ってたとして、そこは“部活参加を辞めさせた理由”でいいはずでしょ?その質問にたどり着くには答えを遡ったとしか思えない」
「ということは、この質問をすれば答えは一つしかないということだな?」
「…ズルい」
「褒め言葉として受け取ろう」


やはりこの人には勝てない。
諦めのため息を一つ溢して開き直って肩の力を抜いた。


「赤司くんってさ、テっちゃんを見ただけで素質見抜いたんでしょ?」
「正確には“かもしれない”と思っただけだが」
「…気付いてたんでしょ?昨日言おうとしてやめたのは、辰也さんのこと?それとも私、のこと…っ」
「…そんな顔させたかったわけではないんだが」


じわじわと目が熱くなって、視界がぼやける。うつむくとジャージにボタボタと次々に丸い染みが出来た。


「違う。これは泣いてるとかじゃないから!鼻水だから!」


袖でゴシゴシと拭うと赤司くんがその腕を掴んだ。


「擦るな、赤くなるぞ」
「なんでよりにも寄ってキセキの世代の赤司くんに慰められてんの」
「………」
「私の気持ちなんか分からないくせに優しくしないでよ、迷惑」
「………」
「なんで何も言わないの…こんな言い方されて腹立つでしょ?怒ればいいじゃん“よりにも寄って”とか“迷惑”とか何様だ!ってさ」


赤司くんは将棋盤を慣れた手つきでさっと片付け、その分の開いていた距離を詰めてそっと抱き締められた。


「“才能”なんてこの世に存在しなければ良かったのに」





―――――


「…赤司くんと二人になるといつも泣かされてる気がする」
「人聞きの悪い言い方はやめろ」
「本当のことだもーん」
「今日は珍しく反抗的だな」
「全部知ってる風なのが腹立つから心ばかりの仕返しだ」
「…なるほど」


フッと笑って立ち上がり、部室を出る赤司くんに続いて私も出る。赤司くんはいつも何かにつけて質問してくるが、大概彼の中で答えが出ていることが多い。あえて質問して、あえて答えさせて、何になるのか。私にはよく分からないけど、もしかしたらあまり自分から重要な話をしたがらない私に自分で言わせる事で、ストレスを減らそうとしてくれている…とかそれは考えすぎかな。

体育館に行くと泣き腫らした瞼を見た大輝に「ぶっさいく!」と大爆笑され、涼太には「今すぐ病院に」といらぬ心配をされ蹴っ飛ばした。





―――――――


時は流れ、辰也さんが戻って来て一週間が経った。初日以外一緒に登校することもなく、学年も違うしで、私と辰也さんの話はもうほとんどされなくなっていた。


「人の噂も七十五日って言うけど…七日もなかったな」


全体練習も終わり、個人練習に勤しむ部員の邪魔にならないよう体育館の入り口に立ち、不意に外を見ると校門に向かって歩くカップルがいて、ぽつりと呟いた。


「だぁー!また負けた、青峰っちもっかい!!」
「あ?まだやんのかよ」
「青峰、黄瀬、今日はもう終わりだ。何時だと思っている」
「そんなー赤司っちー」
「よく毎日飽きずにやりますね」
「だよなー、あ、テツマジバ寄ってこうぜ!」「いいですね」
「はいはーい。ほら涼太片付けるよ」
「…うーす」


シュート練習をしていた真ちゃんもボールを拾い始めた。しぶしぶ片付けをする涼太とプレイについて解析しつつ、私も帰り支度を始める。その時、体育館の扉が開いた。


「都遥ー」
「えっ…辰也さん!?」
「ごめんね、家の鍵忘れたみたいで…そろそろかなと思って迎えに来たんだ。終わった?」
「はい!もう帰れるんでちょっと待って下さいね」
「「………」」
「何睨んでだバカ二人!」


辰也さんにキッと鋭い視線を送る大輝と涼太の頭を小突いた。


「あと、タケさんから伝言で、週末に神奈川でストバス大会があるからどうかって」
「っ…た、つやさん待って」
「あ?お前何言ってんだ。都遥はバスケやってねぇだろ」
「そーっスよ。だからマネージャーやってるんじゃないスか」
「君達こそ何を言ってるんだ。都遥はずっと」
「っ辰也さん!!!」
「都遥?」


シンと静まった体育館に私の声がこだましているのか私の脳内で言葉が繰り返されているだけなのか、私には分からなかった。沈黙を破ったのは赤司くんの落ち着いた声だった。


「都遥、今日はもう氷室さんと帰れ」
「…うん、ありがとう。辰也さん行きましょう」
「えっ、あの」


戸惑う辰也さんの手を引いて体育館を出ようとしたが、大輝に呼び止められた。


「待てよ。“ずっと”ってなんだよ?お前バスケしてたのか?」
「………」
「なんとか言えよ!」
「青峰っち、落ち着いて!」


持っていたボールを床に叩きつけ私の方に走り出した大輝を涼太が前に回り込んで止めた。


「ずっと騙してたのか。オレもさつきも、コイツらのことも」


“コイツら”と、キセキの世代と呼ばれる皆を指した大輝の言葉に沿うように、皆を流れるように見た。いつかこうなると思っていた。


「…そうだよ、騙してた。ごめんなさい」
「そうだよって都遥っち…」
「なんでオレにまで黙ってたんだよ」
「大輝だから言えなかったんだよ」
「あ?」


こんなに仲良くなれたのに。こんなに楽しい毎日だったのに。また壊れてしまうのか。


「キセキの世代なんて呼ばれる皆だから言えなかったんだよ…!」


拳を握り、全身に力を入れ声を絞り出した。
辰也さんは私を落ち着かせるように肩に手を置いた。


「都遥、オレはてっきり皆知ってる上でマネージャーをやってるんだと」
「いつかはバレると思ってたんです。気付いてた人もいたみたいですけど」


思わせ振りに赤司くんを見やると皆も赤司くんを見たが、本人は微動だにせず、ただ黙って腕を組んでいた。


「詳しく聞いてこなかったって事は、私から話してくるの待ってたんだろうし…この際だから全部話すよ」


辰也さんには家のカギを渡して先に帰ってもらうよう頼んだ。最初は渋っていたがどうしてもと強めに言うと、複雑な表情で体育館を後にした。

タケさん“いつか”の約束は守れないかもしれません。





20121003 玄米


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