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私は赤司くんの席の隣に立ち、頭が膝につくくらい折り曲げていた上半身を起こした。


「いいの!?でも私朝も休んじゃったし、スカウティングのデータさつき任せにしてて…」
「休みたいのか、休みたくないのか、どっちだ?」


ため息混じりに私の言葉を遮った赤司くんに「休ませていただきます」と答えると、赤司くんは一度目を伏せ、数秒後すうっと目を開けまっすぐ正面を見据えた。


「ただし、条件がある」
「条件?」
「明日、必ずオレに今日の放課後の出来事を報告しろ」


低く、有無を言わさぬ赤司くんらしい物言いに思わず、はいと返事をしそうになるがすんでの所で思い止まる。


「でもアレだよ?まだこの辺に不慣れな辰也さんの案内とかしたいだけだから別に報告するようなことはないと思う」
「オレは“報告しろ”と言ったんだ。する、しないの選択肢は与えていない」
「…はい」


部活関係以外ではあまり厳しく命令することのない赤司くんの鋭い言葉と瞳に全身に力が入った。毎日顔を合わせて部活での部長としての言動も見ているのに、何故だろう。怖い、と感じた。授業の開始を告げる鐘が、脳を叩くように大きな音色を奏でた。


―――――――


「お待たせ、広いから少し迷ったよ」
「言ってくれれば教室までお迎えに行ったのに…」
「ウチのクラス、朝の件で1#がどんな子か知りたがってる子がたくさんいたから呼んだ方が良かったかな?」
「…呼ばないでくれてありがとうございます」
「いえいえ」


部活動を開始した生徒の声がちらほら聞こえ始めた放課後、私達は校門で待ち合わせをしていた。


「それより、今から部活じゃないの?せっかくだからオレも帝光のバスケ部の練習に参加させてもらうつもりだったんだけど…


「今日はお休みもらったんです!辰也さんにオススメの場所があって!」
「そのためにわざわざ休みを?」
「はい!あ、いや、わざわざなんて大層な場所でもないんですけど」
「都遥が連れて行ってくれるならどこでも歓迎だよ。じゃ、せっかくもらった休みだし早速案内してもらおうかな」
「はい!」




――――


「ここです!」
「私有地に…体育館?」


私達がやって来たのは学校から少し離れた所の豪邸の庭にある体育館らしき建物。入り口には小さな受け付け、中は敷き詰めたようにバスケットコートが1面あるだけのシンプルな造型。


「5、6年前ですかね…バスケ好きな大企業の社長さんがいらっしゃったんですけど、もう年だからって仕事を自分の跡継ぎに任せてから毎日暇だったらしいんです。そこでどうせなら自分の大好きなバスケを好きな時に好きなだけやりたい!って広大な土地の中に体育館作っちゃったんですって」
「へぇ、なんかスケールが壮大だな…でも勝手に入っていいの?」
「それについては、右手をご覧下さい」


私はバスガイドの真似をして手の平を上に指先を目標物に向けた。辰也さんの目線は自然とその先を辿り、受け付け横の看板に着いた。


「一見様お断り…?」


こてんと首を傾げた辰也さんに笑顔で応えた。


「もう少し詳しく説明しますね」


社長が余生を楽しもうと建てた体育館だったが、知り合いのほとんどが週末は家でパーティを開きダンス、なんて品のある方々ばかりで、暇さえあればバスケのボールをいじる少年のような知り合いはいなかった。作ってから一番重要な“一緒に楽しむ人がいない”という事に気付いた社長は、年齢不問でバスケ好きなら誰でも参加出来るようにしようと考えた。だが無法地帯になるのは困る。そこで一見様お断りになったのだ。ようするに紹介さえあれば誰でも参加可能、ということ。


「だからここに来る人はちゃんとした人ばかりで、絡まれたりだとかの心配もないです。24時間使えるのに管理もしっかりしてます。怪我にもすぐ対応出来るよう受け付けに医務担当の方も常駐です」
「徹底してるね。でも“誰でも”って事ならレベルは結構差がありそうだけど…」
「“誰でも”とは言いましたけど、ここの皆はかなり手強い猛者揃いですよ」
「?」


ニヤリと笑った私にまた辰也さんは首を傾げた。


「実はここ、有料なんです」
「これだけ設備も整った体育館が24時間営業ならおかしくない」
「ま、とは言っても払うのは試合に負けた時だけなんですけどね」
「要するに賭けバスケって事?」
「そうですね、辰也さんに聞くアメリカのそれほどいかつくはないですけど。1回100円、内容は1on1の1本勝負から5人でのフルゲーム、フリースロー対決までなんでも有り。辰也さんの事だから、賭けバスケの効果は分かりますよね?」
「そりゃあもちろん」
「良かった」


賭けバスケに集まるのは腕に自信のある猛者が多い。年齢に制限がないので貴重な体験も出来る。日本には数自体が少ないストリートバスケをこんな上質な環境で体験出来る快感を一度でも味わうと、普通のストリートバスケには戻れなくなる。ここに来る度に敗北し続けていた者も猛者に揉まれ、いつの間にか強くなっていくのだ。


「ずっとアメリカでやってきた辰也さんには、2週間の滞在なのに出来上がったチームのルールに縛られながらやるよりも、こういう自由なところの方が合ってるんじゃないかと思いまして」
「なるほど…こっちも楽しそうだし、いいね」
「じゃあ私受け付けしてきますね!」


受け付けのお姉さんと何度かやり取りをして、体育館の扉を開けた。


「この時間ならいるはずなんですけど…あっいたいた、タケさーん!」
「おー、都遥ちゃんじゃねぇか!こんな時間に来るのは久しぶりだな。ん?なんだその兄ちゃんは?」


私が声をかけたのは丁度ゲームが終わったところなのか、迸る汗を拭い談笑していた数人輪の男性の一人。男性は初老であったがそれを思わせない軽やかな足取りで走ってきた。


「こちら氷室辰也さん。アメリカから2週間ホームステイでこっちに来てるんです」
「はじめまして」
「おぅ!」


辰也さんが求めた握手にタケさんが応える。


「こちらタケさん。さっきお話した社長さんです」
「この方が…」
「おいおいやめろよ都遥ちゃん、オレぁもう社長じゃねんだから。今はただのタケちゃん!」
「そうでした。今は総取締役代表でしたね、失礼致しました!」
「お?いい度胸だな!おらっ」
「あひゃひゃひゃひゃひゃ、ちょっタケさん脇腹は辞めて下さいひひひひひ」


こしょこしょこしょ…と脇腹をくすぐられて笑いが止まらなくなる。


「どしたぃ兄ちゃん!ポカンとしちまって!」
「…想像してた方とだいぶ違ってちょっと驚きました」
「ちなみにどんな方を想像してたんですか?」
「あの…天空の城の物語に出てくる大佐みたいな…」


辰也さんが言おうとした人物が頭に浮かぶ。『見ろ!人がゴミのようだ!!』


「ぷっ…あっはははははは!!タケさんが…タケさんがムス」
「都遥ちゃんそれ以上言うと巨神兵に消されっぞ…!」
「っ〜〜〜!っっ!!」


もうこれ以上ないくらい笑って腹を抱え床を叩く。


「兄ちゃんなかなか面白ぇな!気に入った。バスケ、経験は?」
「都遥より1年長いです」
「おっ、いーね。ベテランじゃねぇか!それじゃいっちょお相手願おうか…オレからの歓迎の挨拶だ!1on1でどうだ」
「喜んで」
「よっしゃ!」


タケさんはガッと辰也さんの肩に腕を回すと、コートに座る男性の輪に叫んだ。


「おーい皆新入りだ、今からオレのパーチー始めるからコートから出ろー!」
「パーチーって…だっせぇな」
「歓迎どころか、兄ちゃんにこてんぱんにされねぇよう気をつけんだぞー!」
「「「はははは」」」
「お前らナメすぎだ!」


辰也さんがキュッとバッシュの紐を結んで、二人はコートの上で構えた。


「10本、多くシュート決めた方の勝ちだ」
「分かりました」


ドンッとボールが床をついて勝負が始まった。


 


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