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「「「「「説明!!!」」」」」
「どぅわっ!?」
教室の引き戸を開けて「おはよう」と挨拶をしきる前に昨日お茶を飲みに行ったメンバーが私を取り囲んだ。
「ななななにっ!?」
「聞きたいのはこっち!」
「学校中あんたの噂でもちきりよ!」
「手繋いで登校したんだって!?」
「あれ、噂回るのこんな早いの?」
カッと目を見開き問い詰めてくる皆ににへらと笑ってと言い返した。予想外の反応に皆が怯んだ内にひょいと輪から抜け出して、自分の席に座って机にうつ伏せになりだらんと腕を伸ばした。
「はあ…いろんな意味でづがれだ…」
ドキドキしすぎて、ってのと周りの視線に。
「おはよう、今日は遅かったな」
「赤司くん、おはよー。ごめんね、朝練行けなくて」
「話は監督から聞いている。気にしなくていい」
振り返った赤司くんに起き上がり手を合わせた。
「都遥、逃げようったってそうはいかないわよ!」
「え〜?勘弁してよ〜」
言葉とは反対に顔は緩みっぱなしだ。
「やっぱ付き合ってるんでしょ!」
「昨日のデートどうなったの!」
「なんで手繋いでたの!」
机まで来てまた囲んだ皆に両頬を包み腰をクネクネさせながら「ご想像お任せします♪」と答えたらキャーと悲鳴があがった。
「おーいお前らもうチャイムなるぞー座れー!」
「ほら先生来たよ」
「あっ、ちょ」
タイミングよく現れた先生を見て、集まった皆を散らすようにぐいぐい押す。解散したのを確認してふふふと笑いがもれた。ふと視線を感じて前を向くと赤司くんがこちらを見て何かを言おうと口を開いたのに気付いた。だが言葉は紡がれず、開いたままの口を疑問に思う。
「どうかした?」
「…いや、今はいい」
「今は?…まぁ、赤司くんがいいならいいんだけど」
ふいっと前を見て授業の準備を始めた赤司くんの背中をしばし見つめ、私も準備を始めた。
「今日やったとこテスト出るぞー復習しとけー」
クラスメートのブーイングを聞き流し、先生は教室を後にした。それとほぼ入れ替わりに、廊下からドドドドドと地響きに近い音が聞こえ始め、ブーイングは不安な声音に変わった。
「な、なにっ地震!?」
音が一気に近づいてきて廊下からは短い悲鳴も一緒に聞こえた。正体が分からないまま机を支えにするように強く握って次の事態に備えると、ズバァアアン!!!と教室のドアが開いた。
「ひぃっ!!…って、大輝に涼太!?」
二人は息を荒くし人でも殺しそうな顔をして入口に立っていた。声をかけた私に反応して顔をこちらに向けると瞬間移動並の早さで一目散に駆け寄ってきた。
「都遥お前どういうことだよ!!」
「都遥っちどういうことスか!!」
「はっ!?」
「只でさえ朝練にいなくて寂しかったのに教室行ったらなんなんスか!」
「なんなんスか…ってなんなんスか?」
「皆同じ話してたんだよ!お前が見かけないイケメンと登校してきたとか!!」
「あらーもう大輝のクラスまで広がってるの〜?やだ〜困る〜」
「堂々と手を繋いでたとか!!」
「あっ見られちゃった?」
「「付き合ってて結婚寸前で同棲してるとか!!!」」
「え〜そんな事ま…はぁっ!?」
聞きなれない単語にボッと顔が赤くなる。
「ケッコン!?ドーセイ!?」
「都遥っち酷いッスよオレの心を弄ぶだなんてー!」
「ギャー!!女子の視線ヤバイから泣かないでよ!」
「洗いざらい吐け。式場はどこだオレがぶっ壊してやる…!」
「結婚式前提!?」
身に覚えのない噂に今までのふわふわした意識が一気に覚醒した。しがみついて泣きながら「やだやだオレの都遥っちがー!」と叫ぶ涼太と、歯をギリギリ噛み締めながら額に青筋を浮かべる大輝の誤解を解くため、全てを話した。
「と、言うわけで。まだ付き合ってないし、ど…同棲じゃない…から」
「“まだ”ってなんスか!“まだ”って!いずれ付き合うみたいな言い方しないでよ!!」
「え、そこ!?」
「だいたいがほぼ同棲じゃねぇか!今すぐそいつ追い出せ!」
「そんな無茶な…」
そこで1度目の休憩は終了。2度目も3度目も飽きずに押し掛けてくる二人をさすがにうっとうしく感じ始め、やって来たお昼休み。
「都遥ー」
ざわざわと騒がしくなる教室。その中には頬を赤くする者や短く歓声をあげる者、見とれて固まっている者もいる。私はパッと笑顔を浮かべその人の元へ走った。
―――――
「都遥ー!!あ?」
「体育だったんで遅れたッスけどご飯一緒に…っていない!?」
「都遥なら、一足先に来た氷室さんと出ていったぞ」
「「なっ!!」」
淡々と述べられた事実に二人は同じ反応を見せると、すぐに廊下を走り出した。
―――――
「どうですか?帝光は」
屋上で辰也さんと並んで座って、お弁当の包みを広げた。
「まだ日本語に慣れてないけど、楽しいよ。あと女性がパワフルだね、皆都遥みたいだ」
「私みたいって…それ相当煩いんじゃないですか」
「ハハハ、そんなことないよ。元気があっていいと思うな。それにスゴく積極的だしね」
「?」
「“朝一緒にいたのは彼女!?”“好きなタイプは!?”“同棲してるってほんと!?”って。それはもう嵐のようだったよ。都遥はなんか言われた?」
朝からの出来事を思い出してまたニヤニヤが止まらなくなる。
「私も同じような感じでしたね。もう朝から休憩の度に根掘り葉掘り聞かれちゃってやんなっちゃいましたようふふふ」
「クスッ…嬉しかったんだね」
ポンポンと私の頭に手を乗せた辰也さんに更に顔をほころばせた。
「あ、でもなんでお昼に誘ってくれたんですか?辰也さんみたいな人を女子がほっとかなかったでしょ」
辰也さんは私の唐突な質問に、お弁当を顔の位置まで持ち上げて答えた。
「食事は作ってくれた本人に感謝しながら一緒に食べたいと思ったんだ。ありがとう」
「辰也さんんんんん!!私今のセリフで死ねそうです…!」
「んーそれは困るな」
身悶えて口元を抑える私に苦笑いして、辰也さんはいただきます、と丁寧に手を合わせお弁当に手をつけた。
「美味しい!」
「ほんとですか?良かったー」
「都遥と一緒に都遥の料理が食べられるなんてほんとに幸せだよ」
「辰也さんっもうほんとに私死んじゃいます…!」
「ハハ」
昼食を済ませた私達は、お互いの近況報告で花を咲かせていた。
「火神くんとはどうですか?辰也さんが兄弟って言うぐらいだから相当な腕前だろうな」
「熱くなりすぎるところがあるけど、優しくていい奴だよ。試合も面白い」
「へー、会ってみたいなぁ…」
昔からよく話に聞いていた火神大我くん。辰也さんより1年遅く日本からアメリカへ引っ越してきた、私と同い年の男の子。火神くんと辰也さんはバスケを通じてすぐに打ち解け、向こうでは有名なアレックスさんという人に二人ともバスケを教わっているらしい。
「タイガの話で思い出したけど、都遥の前の席に座ってた男の子。昨日言ってた赤司君だよね?」
「そうですよ。でも、一瞬だったのによく分かりましたね」
「うん…彼だけ異様なオーラを放ってたからね。でも…なんだか夏に会った時とは印象が違ったな」
前はもっと挑戦的だったというか、オレに敵意むき出しだった気がするけど。と、心の中で付け足した。
「んー…実は私も今日の赤司くんには違和感を感じてて…大人しいと言うか、Sっ気が足りないと言うか…」
「えす…?」
「あああこっちの話です!」
朝に何かを言いかけたまま「今はいい」と気になる引き延ばし方をされてから、今日は一言も喋っていない。大輝や涼太が来てギャーギャー騒いでた時もいつもなら「耳障りだ」とでも一喝しそうなのに、ずっと黙って本読んでたし。もしかして気付かない内に気に障ることしたのかな…。
20121001 玄米