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「ミーティングを始める、桃井」
「はい」
会場の裏にある控え室で赤司くんの声を合図に、皆が赤司くんを見た。
「以上です」
「都遥からは何かあるか」
「あ…っと、特にないです」
「…そうか。次の試合まで時間があるが体は冷やすな、以上」
部員達は「はい!」と大きく返事をして各々動き始める。
「顔色が悪い、どうかしたのか?」
ざわつく控え室の中で、赤司くんはそっと私を気づかって声をかけてくれた。
「ううん、なんでもない。ちょっと大会の空気に当てられただけだから、気にしないで」
「オレに嘘をつくのは感心しないな」
「え?」
「言いたくないなら無理に聞かないが、心配していることは覚えていてくれ」
赤司くんはポンと私の頭に手を置いてジャージを羽織って控え室から出ていった。
「都遥っち、ご飯一緒に食べよ」
「え、あ、そだね」
「オレも食おー」
「私もー」
「じゃあ二人のお弁当渡すねー、はい」
「わーありがとー!」
「なんスかそれ!!!」
私、大輝、さつき、涼太の順で円になり座った。弁当箱を渡そうと伸ばした私の腕と、受け取ろうと腕を伸ばしたさつきの動きが思わず止まる程の大きな声で、弁当箱を指差さしながら叫ばれた。
「何って…」
「お弁当だけど…」
さつきときょとんとしながらどちらからともなく「ねー」と声を合わせた。
「じゃなくて!なんで都遥っちが二人のお弁当作ってるんスか!」
「あーさつき料理ひでぇからこういう大事な試合の時とか万が一事件が起こんねぇように都遥が作ってんだよ。ああ、オレのもな」
勝ち誇ったように鼻で笑う大輝を見て顔を歪める涼太。
「ぐっ…!青峰っちオレの弁当と交換しないスか?」
「ヤだね。てかそれお前のファンが作ったやつだろ、もし毒でも混ざってたらどうすんだよ」
「どういう意味スか!」
「お前のこと嫌いな奴がファンのフリして殺そうとしてるんだよ」
「決定事項!?てかそんな子いないスよ!」
と言いつつ、お弁当を広げて鼻をクンクンさせている涼太に、いや信じてやれよと言いたくなる。
「私のお弁当と交換する?」
「いいんスか!よっしゃっ、じゃあ都遥っちこれどうぞ!」
差し出されたお弁当を見て驚愕する。白ご飯に海苔で“リョータLOVE”とかかれている。おかずもタコさんウィンナーとかハートの玉子焼きとか…実に凝っている。こんな可愛らしいお弁当を高1男子に渡せる勇気、そしてそれを気にせず食べていた勇気。
「お、恐ろしい…!」
「やっぱ毒でも入ってたか」
「そんな!都遥っち死なないで!!」
「違うから!てか涼太ファンの子疑いすぎ、わざわざ朝早くからお弁当まで作らせといて…あげく他の女に渡しちゃうとか…」
「うわ…確かに…きーちゃん、」
「「サイテー」」
「えぇ!?」
結局、涼太のファンの子の美味しいお弁当を残さずいただいた。
「さーそろそろ次の試合に向けて体動かしとくか」
「そっスね!」
動いてくるわ、と外に出る二人を見送って私はさつきに断ってトイレに向かった。
「あ」
「あ。えと、どうも…」
トイレで出会ったのは先ほど対戦した相手チームのマネージャーさんたちだった。皆目の周りが赤い…当然だ。負けたら終わり。今日で引退の3年生もこの中にいるのだろう。気まずいけど、ここでじっとしているわけにもいかない。私はスッと個室に入った。壁に囲まれた空間に少し不安感が薄れたが、距離が離れた訳ではない。意識していなくても会話が聞こえてくる。
「帝光のマネだったよね、今の」
「どうも、だって。何様のつもり?」
「コラ、選手の皆が精一杯堂々と戦ったのにこんな所でそれに泥を塗っちゃダメでしょ!」
「でも先輩たち今日で最後なのにそれがあんなナメられた試合だなんて悔しくて…」
「それが私達の位置だったってだけの話だよ。私達だってここまでくるのにそんな風に思われてたかもなんて思いたくないでしょ?」
「そうですけど…」
「だったらもうこの話はおしまい!後は帝光が優勝してくれるのを願おう?そうすれば私達は優勝校とやれた貴重な学校になるんだから!」
「先輩…」
「じゃあ先に控え室戻ってるからね!」
私はトイレの扉を背に、うつむくしかなかった。頑張って頑張って頑張って、それでも最後に残るのはたった1校だけ。なんて無情なんだろう。誰もが勝ちたくて耐えてきたキツイ練習も、負けてしまえば全て意味がなかったように思えてしまう。全て積み重って今の自分がいることも忘れてしまう程、負けるとは残酷なことだ。
「先輩いい人すぎだよね」
「うん、私はあんな風に考えられない」
ガタガタと何かの音がして次にキュッと蛇口を捻る音。その時点で、私は何をされるか分かっていたのかもしれない。分かっていて、逃げなかった。しばらくしてザバァと頭上から水が降ってきた。
「あーすいませーん。掃除しようとしたら手が滑っちゃいましたー」
「片付けお願いしますねー?」
「…いえ、大丈夫です」
これはきっとしょうがない事だから。さつきじゃなくて私で良かった。床が水浸しだ…雑巾あるかな。髪がはりつくのやだな。アレ、さっき戦った学校の名前なんだっけ?全身から滴り落ちる水に紛れて、涙が景色を霞ませてゆく。そろそろ戻らないと赤司くんに怒られちゃうのに。止まれ、止まれ。私なんかが泣いちゃダメなんだ。勝った者にはしなければならないことがある。意味はないと分かっていても、これ以上ないくらい水を吸った服の袖を目に当て擦った。
「勝ち続けるしかないんだ」
ずっと気持ち悪くてモヤモヤしていたものが真っ黒に染まって胸にストンと落ちた。