高尾が猫を利用する日 [ 1/1 ]


「にゃんにゃんにゃん?」


こてんと傾いた黒い頭は高尾くん自身の左手のひらに支えられ、その位置をキープした。所謂頬杖状態の彼は「オンナノコってそういう語呂合わせみたいの好きだよな」とさして興味も無さそうに机上でペンを指でくるくると回して遊ぶ。私の話よりペン回しの方がよっぽど楽しいらしい。指とダンスでも踊るみたいに軽妙な動きをするペンを見て器用なものだと感心してしまう。


「で、それがなんだって?」


…別に面白いオチなんてない。
朝の電車内で女の子達が話していたのを小耳に挟んだだけで、そこに深い意味など存在しなかった。一応仮にも勉強会をしている中でふとそんな事を口走った私にも否はある。けれども「へぇーそうなんだー」で流してくれれば良かった雑談をわざわざ手を止めて首を傾げ、あげくペン回しを始めた高尾くんにも否はあるのではないだろうか。

自分でも何が言いたいのかよく分からなくなってきたが、ようするにこの話題には中身がないということだ。


「なんでもない!続きしよ」
「え、休憩じゃねぇの!?」
「そんな暇ないでしょ」
「名ちゃんから話しかけたクセにー」
「………」


可愛く頬を膨らませたってダメなものはダメだ。連休用に出された膨大な量の課題を終わらせるには、一時も休んでる暇なんてない。「二人の方がはかどるっしょ?」なんて口車に乗せられてしまったけれど、はかどるどころか一向に進んでないのは何故でしょうか。


「まぁまぁまぁまぁ。課題なんかなんとかなるって!それより、名ちゃんが誘ってくれたのが嬉しいわ」
「…は?誘っ…?」
「にゃんにゃん、したいんでしょ?オレと」


ニヤリ、いや、にんまり?どっちもあまり変わらないけれどよりあくどい笑みを表す表現を選びたい。なんたってその表情は憎たらしい。でも顔はいいから、じっと見つめられているとつられて勝手に口角がひくりと上がってしまう。そのひくりと上がった口角目掛けて手を伸ばした高尾くんが私の唇にゆっくり指を這わせた後、頬の横にあった髪を耳へかけた。


「なぁ、名ちゃん?」


スローモーションのような手の動きに背筋がぞくっとして思わず身を固くした。ローテーブルをぐいっと壁に押しやって正座している私を跨いだ高尾くんがぐっと顔を近づける。


「ちょっ、お、重い!てか何、にゃんにゃんしたいって!?」
「だってオレが気遣ってその話題避けてたのにさー。名ちゃんから振ってくるんだもん。これは男として受け入れるしかないでしょ。もう…名ちゃんのえっち」
「私一言もにゃんにゃんしたいとか言ってないから!恥ずかしいこと言わないでよ!」
「大丈夫。名ちゃんの恥ずかしいとこはオレしか見てないから」
「あああああ恥ずかしいのはこっち!誤解をまねく言い方しないで!」
「ああもう名ちゃんは本当に可愛いんだから!」
「今の会話のどこに可愛い要素が!?」
「…このまま押し倒したらオレの事嫌いになる?」
「はぁ!?か、会話が成立しないんですけど!誰か助けてください!!!」


馬乗りしている高尾くんをなんとか退かそうと懸命に肩を押すがびくともしない。それどころか必死な私を上から見下ろしてヘラヘラと笑っているのだ。更に「そんなんじゃ抵抗の内に入んねーよ?」と半笑いで言うので、心の底から「殴りたい」そう思った。


「照れんなって!明日も休みだし、名ちゃんこのまま泊まってってさ、明日やりゃいいじゃん」
「良くない!」
「なんで?」
「なんでって…高尾くんの御両親とか…」
「それなら心配ないぜ、今日の朝二人で二泊三日の結婚記念日の旅行行ったから」


こ、これはまずい…!
全身から血の気が引いた。このままここにいては危ない、本能がそう告げている。一刻も早くここを抜け出さなければ。そんな危機感と同時に、私の口はもう「あ、よ、用事思い出した!」と言う小学生でも軽く見抜ける大ボラをふいていた。我ながらこれはないと苦笑いしたが、高尾くんは妙にあっさり「そうなんだ、じゃあ早く帰んなきゃな!」と身を持ち上げたのである。
それを望んだのは他でもない私ではあるが、あれだけ引っ付いて離れなかったのにどういう風の吹き回しだ?そう疑わざるをえなかった。

何故この時の疑いをもっと確信的なものとして思慮深くならなかったのか。その点がとても悔やまれる。

これは、れっきとした高尾くんの策略だったのだ。


「帰らないの?急いでんだろ?」
「えと…うん。じゃあおじゃましまし…っ!?」
「あっれ〜どしたの?名ちゃん」
「あ、足が痺れて…立てない…!」
「うわーそれは大変だー無理しない方がいいなーちょっとベッドで横になった方がいいなーこれはー」
「ここまで完璧な棒読みを私は今まで聞いたことがないよ高尾くん!!!」
「いやいや思ってるよ、マジで。ベッドで横になった方がいいって」
「そこだけ!?」
「ははっ」
「笑って誤魔化すなー!いたたた」
「さっ、大人しくベッド行こうなー」
「いやああぁぁぁ」


高尾くんは、私が逃げ出そうとすることを想定して跨ってきていたのだ。必死な私をヘラヘラ見下ろしていたのも、言葉だけで実際にはラグに押し倒さずにいたのも、このための時間稼ぎ。そこまで計算していたのかと思うと最早狂気を感じる。
私をベッドにおろし、添い寝するように肘を立て寝転んだ高尾くんにあれ?という視線だけ送った。


「無理矢理は嫌だから、続きは足が治ってからな」


と髪にキスを落とされた。

…ドキッとしたとか信じない。
それより、こんな状態にしておいて無理矢理は嫌だとか、微塵も説得力がない。治ったらもう一度試みようと、この策士からの逃走計画を僅かな時間で練るのであった。










高尾が猫を利用する日


(ちなみに、治ったタイミングで逃げらんないように手握っとくから)
(ば、ばれてる…)

20140115
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -