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「女の子ってこと、ちゃんと自覚してよ」
「そうですか」
「そうですかって…」


返答にやる気を無くしたのか、黄瀬さんは頭と肩をだらんと落として脱力していた。黄瀬さんの元気が戻らないまま海遊館を出た私達は会話もなくブラブラと街をさ迷う。お喋りな黄瀬さんが黙ってしおれているだけで雰囲気がまるで違うんだな、たまには静かなのもいいか。


「っあーーーもう!!こんなに落ち込んでるのに何でなまえちゃんは慰めてくれないんスか!?」
「落ち込んでたんですか?てっきり私の静かにしてほしいという願いを受け取ってくださったとばかり」
「ええ!オレうるさいと思われてたの!?」
「静かだと…思って…!?」
「その戦慄顔グサッときたッス…」


私にも黄瀬さんの胸に矢が突き刺さったのが見えました。再び静かになったはずだったのに、道端でクレープを販売している車を見て「クレープ…」と呟いたら黄瀬さんは「買ってくるッス!」と行列の最後尾に目を輝かせて並んだ。
こういう時扱いが楽で助かる。兄さんの友達(?)って一癖も二癖もあるような人ばかりだけれど、黄瀬さんは楽。


「…すまん」
「は、ひゃっ黄瀬さふぐ…!!」
「大人しくしてくれ」


一瞬の出来事。また影が出来て、声に反応した時には足が浮いて小脇に抱き抱えられていた。自分とは思えない高い声が出たけどすぐ口を塞がれて、こもったうめき声に変わった。黄瀬さんからどんどん遠ざかる。最後まで目で助けを訴えたがそれは届くことなく、角を曲がられて景色が一変した。


「危害を加えるつもりはない。暫く大人しくしていてくれば全て終わる」


地に足が着いたそこはビルとビルの隙間。口は片手で塞がれ、両手は一纏めにもう片手で壁に縫い付けられている。足を動かそうとしたが、相手の両足で挟まれてびくともしない。そろそろ本気でキツイのを一発…え?うそ、あれ。なんで…?なんで全力で振り払おうとしてるのに表情一つ変えず押さえつけられたままなの?

こ、わい…!

どこか楽観視していた脳が急速に危険信号を発している。今までに感じたことのない恐怖、全身の毛が逆立つ感覚。これ以上なんて説明すればいいのか、説明しようがない、分からない。怖い怖い怖い怖い…!!


「…ゃ…!…ん…なまえちゃーん!?どこにいるんスか!」
「!」


ちらりと見えた光に反射する黄色い髪。間違いない!アレは…


「ふへはん…!!」
「コラ!静かにするのだよ!」
「ふむっ!うーぅ!!」
『どうしたみ、グリーン』
「黄瀬が近くまで来て暴れ始めたのだよ!」
『あー?どうにかしろよ』


仲間がいる?…!意識が散漫として気付かなかったけどこの人、海遊館のサングラス男!?
無線で連絡を取る男を見上げて抵抗する手を止めた。目の前にいるのは確かに海遊館で私を連れ出そうとした人だ。つい数時間前の記憶が一気に蘇る。


「なまえちゃん!?」
「ふふふん!!」
「なっ!おいあ…ブルー!黄瀬が気付いたぞどうするんだ!?」
『おま…!バレねぇってのが最優先なんだぞ、戻って来い!!』
「くっ」
「ぷぁ…っ」
「なまえちゃん!!」
「黄瀬…さん」
「なまえちゃん!?大丈夫ッスか!?」


アクション映画みたいな流れで、着いていけない。走り去った男と入れ替わりで私の所に来た黄瀬さんを見て、壁を背にズルズルとへたりこんだ。目線の先にあるグレーの壁を瞬きもせず見つめていたけれど、黄瀬さんの心配そうな顔が視界を埋めて何度も何度も名前を呼ばれて現実味がわいてきた。ぼろぼろと大粒の涙が無表情な私の顔を伝う。私はそれを隠すように黄瀬さんにしがみついた。


「黄瀬さん、…!!わ、たし…っ黄瀬さんの言う通りだった、何も、出来なくて!力が…ごめんなさいっ…」
「悪いのはなまえちゃんを一人にしたオレッスよ、ごめん。怖い思いさせて」
「ふ、うぅ…うああぁぁぁぁん!」


泣き叫ぶ私を、黄瀬さんは黙って抱き締めて頭を撫でてくれていた。一分だったか十分だったか分からないけれど、目が腫れるまで泣いた私はずびっと鼻をすすって黄瀬さんから離れた。


「すびばせん…鼻水ついたかも」
「なまえちゃんの鼻水なら」
「それ以上言ったらぶちます」
「スイマセンッス…」
「…ふふ」
「あ。今…!」


不覚にも笑ってしまった、こんな状況でも変わらない黄瀬さんに。でもそれは優しさだと思うから。今まで私に見えないところでいろいろ優しくしてくれた分をこれから返していきたいと思うんだ。


「好きだよ、涼太」


ポカンとした後、目を見開いた涼太はボッと顔を赤くして、身を引きながら口を手の甲で押さえた。そんな顔もするんだ?と兄さん顔負けの悪い笑顔を浮かべると、涼太は「…うるさいッスよ…」と言って私の後頭部を引き寄せた。

涼太から降ってきたキスはとても甘くて、うっすら開いた目で捉えた雪が、角砂糖にしか思えなかったのは内緒にしておこう。










砂糖は多めが適量である


(それにしても誰だったんスかね、その男)
(ああ多分…)
(多分?)
(…可哀想だから知らないことにしとく)



→あとがき

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