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「おっはよーなまえちゃん!」
「…朝から無駄に元気だね」
「照れるなぁ〜オレ褒められんの弱いんだよ」
「知らねぇよ」


待ち合わせは10時に駅前だったはずだ。ただ今の時刻は9:28。駅までは徒歩10分。コンビニに寄っていくつもりで早めに家を出た。ら、いた。まるで季節外れの向日葵のような笑顔の高尾くんが。前も、その前も、私が待ち合わせ場所に行くことはなかった。いつも高尾くんが家まで来るからだ。待たせるのは悪いから来なくていいって言ってるのに。その度に分かった!と言うくせに守られた試しがない。「興奮して早起きしたから待ちきれなくてよ!」これを何回聞いたことか。私のクリスマスは溜め息から始まった。


「ただいまー」
「おかえりーあら、そちらは?」
「母さん、こちら彼女のなまえちゃん」
「まあ!」
「はじめまして、高尾くんのクラスメート、クラスメート、クラスメートです」
「選挙演説!?…なまえちゃん照れ屋だから」
「高尾くんにはクラスメートとしてお世話になっております」
「意に返さないそんなところもいい!」
「だま…そ、そうかな。ありがとう」
「!?…なまえちゃんが…デんむ!」
「お邪魔します。さぁー高尾くん部屋案内よろしく…!」


仮にも目の前で息子が見知らぬ女子に虐げられているのを見てしまうのは非常に心苦しいと思う。恐らくデレたなどと言い出すであろう口を塞ぎ、目で圧力をかけた。コクコクと頷いた高尾くんは「なまえちゃんの〜ボディ〜タ〜ッチ!」とか理解不能な歌を妙に上手く歌いあげながら自室があるであろう二階へと足取り軽やかに向かった。

高尾くんの部屋は汚いとも綺麗とも言い難い、なんとも生活感溢れる内装。転がったバスケットボールや開かれたままの雑誌が“男子高校生”を演出している。キッチンからホットココアを運んできた高尾くんの「あ、睡眠薬とか入れねぇよ!?」は果たしてフリなのか、不安ではあったけれど、怪訝な顔をしつつズズッとすすると変な味はしなかったので、濃いめの甘さを喉に通した。


「ちょっと気がはえぇかもしんないけど来年もよろしくな!」
「高尾くんに転校の予定があると嬉しいんだけど」
「大丈夫!オレはどこにも行かねぇからよ!」
「逆だよ逆」


…来年は高三、受験もある。受験前に別れることにでもなって影響が出たりしたら一生後悔する。だから、今切り出さなければ。マグカップから立ち上る湯気を見つめ、ゴクリと息を飲んだ。


「高尾くん」
「ん?なーに?」
「今まで冷たくあたってごめん。そうすれば高尾くんの方から別れを切り出すんじゃないかって、汚れ役を高尾くんにさせようとしてた。一ヶ月も高尾くんを縛って本当にごめん、別れよう」


目が見れなくて、湯気ばかり追ってしまう私を高尾くんが見つめている。直接顔は見ていなくても雰囲気でそれが伝わった。日頃、言葉の返球が著しく速い高尾くんからはいつまで経ってもボールが返ってこず、垂れた髪の間からチラリと覗くと笑顔が多い高尾くんが珍しく腕を組んで思案していた。「ん〜」とか「あ〜」とか唸った後急にがしがしと乱暴に頭を掻き乱し始めるからぎょっとしてしまった。


「た、高尾くん!?」
「オレもなまえちゃんに謝んなきゃなんだわ」
「え?」
「オレさ、なまえちゃんに告白した時、特になまえちゃんの事好きなわけじゃなくて…」


衝撃を受けた。自分で言うのもなんだが、好かれていたと思い込んでいた相手から好きじゃないと宣言される。固まってしまったのは、傷ついたとかそう言った感情の動きではなく単純に驚いた。それほど私へのアピールは積極的だったし、同時に、すっかり信じきって疑わなかった自分にも。


「実はさ、なまえちゃんが先輩からストーカーされてるって聞いてよ…たまたま廊下ですれ違ったら本当に先輩がついて回ってんだもん。偽善者って言われっかもだけど、助けてやりたかった。だから先輩が聞いてる前で告白したらなまえちゃんもオッケーするかなって。頃合い見て別れればそれで万事解決!そう軽い気持ちでなまえちゃんに告白した」


どう反応するべきなのか、悩んだ。高尾くんは眉を寄せ複雑な顔をしている。別にそれなら私にとっても好都合であり、高尾くんの行動は私を救ったから成功だ。故に高尾くんが苦しむ理由はどこにもない。でも何故だろう、ぽっかり穴が開いたような虚無感があるのは。その虚無感の正体に気づく前に高尾くんは話を再開した。


「最初はなまえちゃんの暴言にムカついてた。助けてやったのに、ってよ。でもそれはオレの自己満足でやっただけでなまえちゃんは何も悪くないし、まだ時間が必要だと思った」
「…?」
「気付いてたか?なまえちゃんがオレと付き合うようになってたからも先輩が家に張ってたり、つけてたりしたこと」
「う、そ…」
「だからなるべく一人にしないようにしてた。まぁ最近はそれもあんま無くなってきたけど」
「私…警戒してたのに…」
「オレは人よりちょっと目が良いからな!」


…視力の話だろうか?目が良いからって私が見付けられないようなところにいた人物を認識しているなんて。次から次へと情報を押し込まれて、処理が追い付かない。それでもこれだけは言える。なんで高尾くんはここまでしてくれるのか。


「好きになっちゃったんだよね、一緒にいる内に」


高尾くんはどれだけ私を困惑させれば気がすむのだろう。いよいよキャパオーバーを迎えた頭ではもう何も考えられなくなっていた。


「オレにキツくあたって一番傷ついてたのはなまえちゃんだろ?」
「そんなわけないよ」
「いいやある。言いながらいっつも辛そうな顔してたし。なんで傷つきながらこんなことすんだろなって考えたら簡単に嫌われたいんだって分かった。嫌われるために傷つきながら暴言吐く強がりな姿見てたらさ、キュンって来ちゃったんだよね」


知らず知らずに守られていた。あれだけ酷いことを並べたのに、それを受け入れて私の考えていたことまで全てお見通し。
…何も考えてないチャラい変態だと思っててごめんなさい。


「なまえちゃんと付き合えるならこのままでもいいって思ってたけど、やっぱ無理だわ」
「ほんとごめんね、高尾くんを好きな子いっぱいいるみたいだし来年のクリスマスはきっと楽しく過ごせると思うから」
「おう!来年のために頑張るわ」
「うん」
「なまえちゃんのことが好きです、オレと正式に付き合ってください」
「えぇ!?」


最後の一口…と口に含んだココアを吹き掛けた。今話の流れが次元を超越しませんでしたか…?高尾くんの言葉が鼓膜にこびりついて、一ヶ月前のそれとリンクした。もうあの時のような失敗は犯したくない。もう誰も傷つけたくない。

何故だろう、先刻の虚無感が埋まっていくのは。はっきりとした正体はまだ掴めないから、それが確信に変わるまで待ってほしい。










ゆっくりでもいい?


(いいぜ。絶対ぇ好きにさせてやる)
(期待してるね)
(やべぇ…デレしかないなまえちゃんとかオレ死ぬかも)
(黙れ)
(やっぱどっちもサイコー!)
(…)



→あとがき

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