2/3 「マドンナがみょうじと黄瀬がケンカしてるって聞いて今だと思ったんだと!呼び出された時の雰囲気見てたヤツが黄瀬はみょうじから乗り換えるんじゃないかって!」 「バカ!あんたなまえの前でなんてこと言ってんの!?」 「あっ、ワリィ…」
瞬時に冷えきった教室で、誰もが私の顔色を伺う。“綾小路さんと黄瀬なら美男美女カップルだな!”なんて口走った男子はこの空気を察して教室から出て行ったようだ。皆が見つめる先の私はというと、この場にいて唯一、冷静な状況判断に努めていた。 涼ちゃんは私以外の女の子とは出来るだけ二人きりになりたくないって、そんな時間があるなら私といたいって、そう言ってたのに。そりゃムスっとしたどこにでもいるような私よりマドンナなんて呼ばれる可愛い子の方がいいか。フられても素直になれない私が悪いんだし…。
「私は黄瀬くんの彼女はアンタ以外認めない。もし万が一黄瀬くんがマドンナと付き合うことになったとしても、伝えなきゃいけないことがあるでしょ?」 「…うん」 「じゃあほら、さっさと行ってな!」 「ありがとう!」 「おうよ」
人混みを掻き分けて教室から飛び出した。屋上に向かってただひたすらに走る。もう遅くてもこの涼ちゃんを好きな気持ちは変わってないということだけは伝えるんだ…!
階段を掛け上がって最後の一段を踏んだ時、開けっぱなしの扉の向こうからマドンナと呼ばれるにふさわしい、可愛い声が聞こえた。
「黄瀬くん、好きです」
思わず踊り場の壁に隠れてしまった。なんで隠れたのか自分でも分からないけど、なんだかいけない事をしている気がしたのだ。勢いで出てしまえば良かったのに、留まったことでタイミングを失い踊り場で頭を抱えた。
「オレ彼女いるんで」 「!」 「でも、聞いたよ?今ケンカして口もきいてないって。私なら絶対にそんなことしない!え、えっちなDVDとか…そ、そういうのにも理解…あるし…」
あ、綾小路さんんんんん!?ま、ままままマジですか?もしかしてそういうもんですか?
「あー…そういう問題じゃないんス」 「「えっ」」
綾小路さんとキレイに声が重なって、一瞬私の心の声に答えたのかと思った。
「オレはなまえっちが好きなんスよね。そもそも怒らせただけでケンカじゃないし、悪いのはオレッスから。あのDVDもホントにクラスメートに話合わせるために仕事の上司にオススメもらっただけだし。悪いけどオレ、なまえっち以外には興奮しないんで」 「っ!」
バタバタと足音がして綾小路さんが走って来た。一瞬目が合ったけど一言“変態バカップル”とつぶやいて、あっという間に階段を掛け降りて行った。壁に張り付いたまま綾小路さんが掛け降りた階段を見つめていると背中から呼び掛けられた。
「あれ、なまえっち?」 「ひぇっ!?」
振り返ると、朝からついたままの寝癖を指で遊ぶ涼ちゃんが心底驚いた顔をして立っていた。
「えっ、なんでここにいるんスか?」 「いや、別に…」
なんでもない、と言いかけて、背中を押してくれた友を思い出す。…ちゃんと仲直りしなきゃ。
「涼ちゃ」 「ほんっとーにゴメン!!」 「はっ?」 「DVD、持ってたのは事実だし…言い訳するつもりもないッス!オレが好きなのはなまえっちだけだから!だから…仲直り、して欲しいッス…」
目の前で必死に腰の位置まで頭を下げる涼ちゃんが愛しくて愛しくて堪らなくて。確かに、こんな上玉、一生手に入らないよ。スッとしゃがんで下から涼ちゃんの顔を見上げた。
「…私にか興奮しないって本当?」 「え…?…あっ、き、聞いてたんスかぁ!?」
途端に顔を真っ赤にして、後退る涼ちゃんに詰め寄る。
「へんたーい」 「うわああぁぁぁ、やばい、ちょっマジ恥ずかしい!顔見ないで…」
片手で顔を覆って、もう片方は私を制止するように伸ばす。でも私はそれをくぐって、正面から抱きついた。
「私、涼ちゃんに捨てられるのかと思った」 「オレが?なまえっちを!?冗談!」 「ごめんね?」 「オレの方こそ」 「ね、ちょっと降りて」 「?うん…」
階段を途中まで降りてストップをかけ、自分は降りてきた階段を数段上がり振り返った。涼ちゃんは不思議そうな顔をしてこちらを見ている。なんだかその顔が面白くてくすりと笑ったあと、涼ちゃんの肩を掴んで一気に引き寄せ、キスをした。
「仲直りの、ちゅー」 「…」 「あの、黙らないでいただけますか」 「…可愛すぎ…!」 「わっ」
三日ぶりの抱擁とラブラブオーラは、私にはちょっと刺激が強くて恥ずかしかったけど、多分明日には皆がこんな思いをするだろうなと思うと少し罪悪感が沸いた。
黄の青果
(あ、寝癖直さなきゃね) (…なまえ…っち…!) (なに泣いてんの!?) (またなまえっちが、寝癖…直してくれるなんて…) (これは…周りから見たらイタイか…) (え?) (んーん)
→あとがき |