2/3


忙しい時の時間は早く過ぎるもので、劇の稽古に衣装合わせやメイクの練習もとなってくるともう本当に寝る暇もない毎日。そして今日、いよいよその成果を見せる時がやって来た。ざわざわと騒がしくなる観客席を幕内で聞きながら、初めての感覚に心臓が飛び出すくらい激しく脈打って、体が熱い。役者全員で円陣を組み、観客席には聞こえないよう声をひそめる。


「…よし、皆全部出しきるぞ!健気に陽気にシタタカに、シンデレラ…ファイッ」
「「「おー!」」」


音のないハイタッチを交わし、各々所定の位置に着く。ビーとブザーが鳴り響いて体育館全体がしんと静まる。チラリとテツヤに目をやるとふっと優しく微笑みが返ってきた。テツヤ、その公園で拾ってきた木の枝、似合ってるぞ。

劇はなんのトラブルもなく順調に進み、あたしはみすぼらしい継ぎ接ぎの衣装から華麗なドレスへと着替え舞台に出る。


「どうだいシンデレラ?」
「わぁ、魔法使いさん。私こんな美しいドレスを着たのは初めて、ありがとう」
「とてもよく似合ってるよ。でもいいかい?魔法は夜中の12時に消えてなくなってしまうからね」
「えぇ分かっているわ」


衣装替えをして再び舞台に出たあたしに観客席がざわついたが、それが何故かとか、考える余裕はなかった。


「おいあれ…みょうじだよな…」
「そうだろ。パンフレットには一人しか名前載ってないし」
「なんだよ可愛いじゃん」
「ちゃんと髪とメイクすればイケるな」
「オレ、狙おうかな」


そんな言葉で溢れる観客席をテツヤが冷たい目で見ていたなんて、あたしどころか観客すら気付いていなかった。あっという間にクライマックスまで物語は進み、一番の見せ場へとやってきた。


「あぁシンデレラ、この靴は君のものだったのか!約束通り君を妃として迎え入れよう」
「嬉しいです王子様、ありがとうございます」
「さぁお城で結婚式をあげよう」
「えぇ喜んで」


黄瀬に腰を抱えられ、中央に作られた階段を登って頂上で向かい合う。スポットライトがじりじり熱くて早く終わってくれという思いとこの後のアレが永遠に来なければいいのにという矛盾が頭をぐるぐる巡った。


「僕は生涯君を幸せにすることを誓うよ。シンデレラ、君はどうだい?」
「はい、私も誓います」
「それでは、誓いのキスを…」


黄瀬が慣れた手つきで腰を抱き寄せ顎に手を置く。観客席から期待を込めた男子の「お〜」という興奮気味な声と女子の「キャー」という悲鳴が混ざって、それだけは舞台をやってきた中で唯一聞こえた。だんだんと近づく黄瀬の顔に、覚悟を決めて目を瞑った時だった。


「待って下さい」
「う、うわあぁぁぁ木が喋ったあぁ!?」


これが観客一同が同時に抱いた感情である。舞台の端で数十分ピクリとも動かなかった木が急に中央で喋り始めたのだ、それはもう驚いたことだろう。当のあたしも驚いてる。ただでさえ影の薄いテツヤだ、全く気付いてない人もいたかもしれない。未だ静まらない体育館に透き通ったキレイな声が響いた。


「貴様、何者だ!僕とシンデレラの結婚式を邪魔しようなど無礼極まりない行為だぞ!」
「無礼なのは承知の上です。でも、どうしても耐えられなかったんです」
「は、え、何だよコレ…?」


一人混乱するあたしのつぶやきに黄瀬が、ドレスをくんっと引っ張ったので顔を見ると、観客席には見えないようにピッとウインクを飛ばされた。…合わせろってか?無理に決まってんだろ!


「シンデレラさんは僕がもらいます」
「わっ」


黄瀬から引き剥がされて腕を引かれ階段を降りる。スカートを踏まないよう気を付けている内に下へ到達した。


「シンデレラさん、急にすいません。さぞ混乱していることでしょう」
「あぁ…じゃねぇ、えぇ。驚いたわ」
「王子様とはいえ僕以外の男と結婚なんて許せないので」
「テツヤ…?」
「それから」


向き合っていたテツヤが観客席へと体を向け、体育館全体を見回してからあたしの手を掴んで引き寄せた。


「シンデレラさんが可愛いことは、彼女が着飾るずっと前から僕は知っていました。ここにいる誰にもシンデレラさんは渡しません」
「テッテツヤ!?何言ってんだよ!」
「僕はテツヤじゃありません、木です」
「は!?」
「くっ…そういうことなら仕方ない、僕は潔く身を引く事にしよう」
「黄瀬!?」


私は見逃さなかった。舞台袖にハケる瞬間、黄瀬が小さく親指を立てていたことを。


「シンデレラさん」
「は、はいぃっ!」


黄瀬に意識を取られていたあたしをテツヤが優しく呼んで、両手を包んだ。間抜けな声をあげたあたしは自分を見つめる吸い込まれそうな水色の瞳に、ここがステージだったことを思い出させてもらって、もうどうにでもなれ!と半ばヤケにその瞳を見つめ返した。


「結婚は、僕とではダメですか?」
「へ?あ、いや、ダメじゃ…ないです」
「良かった…じゃ、誓いのキスですね」
「は?テツ…ふぐっ」
「「おおおおおおお!!」」


色気のない声でテツヤの唇を受け止めたあたしに、つんざくような観客の盛り上がりが聞こえてもう羞恥心やらなんやらで力が抜けた。ガー、と音を立てて幕が降りる。あたしはその場にドレスだったことも忘れてぺたりと座り込んだ。

『これにて、シンデレラを終わります』

放送をかき消す拍手と歓声が沸き起こって、一応成功に終わった…のかもしれない。


「な、なにが起こったんだ一体…」
「すいません。黄瀬くんとなまえさんが本当にキスするのかと思うといても立ってもいられなくなって。あと観客席が少々うるさかったので」


最後の一文をめいっぱい笑って告げたテツヤに寒気が走った。どうやら物静かで感情を露にしないと思っていた彼はスイッチが入るとネジがぶっ飛んでしまう人種だったようだ。










黒も豪胆


(ちなみに観客がうるさいって何?)
(あぁ…なまえさんの良さを毛ほども知らない連中が何か騒いでたので)
(は、はぁ…?)



→あとがき
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -