1/3 「ちょっ、と…」 「じゃあ作品はシンデレラ。主役はなまえ、王子様は黄瀬くんで決定!じゃあシナリオ班と大道具班、衣装班は早めに準備初めて、役者陣はシナリオ出来るまで小道具班のお手伝いってことで、皆明日からよろしく。はい解散っおつかれー」 「おつかれー」
ガタガタと一斉に席を立つ学生で教室が一気に賑やかになる。あたしが皆とは違う意味で立ち上がったことなど誰も気づいていない。
「あっちょ、皆待てって!おかしいだろ!なんであたしが主役なんだよ、さつきとかもっとふさわしいのが…」 「なまえっち、ドレス姿楽しみにしてるッス!」 「…」
ドレス?生まれてこの方制服以外でスカートはいたことないこの私がドレス?
「ふざけんじゃねぇぇぇえ!!!」 「ぶふぉっ」 「き、黄瀬くん!?」
笑顔で肩に手を置いてきた黄瀬に血管がキレるくらい腹が立ったので背負い投げてやった。数名の女子が集まって、ろくに受け身も取れず肺を打ち付けて涙目の黄瀬を介抱する。
「ちょっとなまえ、大事な役者に何するの!」 「そっスよ!オレモデルなのにケガでもしたらどうするんスか!」 「自分で言うな!あたしはシンデレラなんか死んでもしねぇ!ドレスも着たくないし、演技も出来ない、何より…黄瀬とキスなんか絶対嫌だ!!」 「ええええそこなんスか!?」 「当たり前だろ!あたしにはテツヤという歴とした彼氏がいるのに、学祭の出し物で黄瀬とキスだと…?するならテツヤとするわ!」 「なまえっち…勇ましすぎでしょ…」
黄瀬の胸ぐらを掴んで凄むと、降参を訴える様に両手を上げたのでフンッ!と突き放した。帝光の学祭は結構自由で、よくある飲食店やフリマから果ては校内全域を使って催されるイベントまで様々だ。その中に体育館のステージを使った出し物も含まれており、人気の高いステージの使用権を何故かウチのクラスが得てしまった。それによりテンション最高潮の皆は手際良く話を進め、役者は投票で決めよう!と集めた紙を開票し、正の字を書かれた黒板を見て固まった。
“シンデレラ みょうじ 正正正正…”
圧倒的一位。イベント事特有のなんかよく分からんテンションに置いてけぼりをくらっていたあたしに追い討ちがかかってもう何がどうなってんだ状態。
「なまえ身長高いしドレス絶対似合うと思うのよね」 「乱暴ななまえの健気なシンデレラとか激レアだもん!」
口が開いたまま閉じない。顎が外れたのかと愛しのテツヤが隣の席から心配するほどあんぐり口を開けたあたしは首を錆びた機械みたいにギギギと動かしテツヤに向け、助けを求めた。
「僕は良いと思いますよ」
テツヤ、良くないんだよテツヤ…。あたしの心の叫びは開きっぱなしで乾いた口内からため息となって吐き出された。
――――――
「僕ですか?木です」 「本当にそういう役って存在すんだ…」 「僕の割り振り忘れられてたので最初は小道具班だったんですが、作ったばかりの小道具を壊してしまって何故か木に配属されました」
テツヤ、多分それはもうお前は本番つっ立ってればいいから何もするなってことだと思う。 あの衝撃のクラス会議から一週間。どうにも変更が利かないまま、結局シンデレラをやるハメになって今に至る。シナリオは至って簡単、何の捻りもないシンデレラそのもの。
「シンデレラ、掃除は進んでるかしら?」 「エエ、オネエサマ」 「あらごめんあそばせぇ〜、バケツを倒してしまいましたわ〜」 「ほうらシンデレラ?この床もきちんと拭いておくのよ」 「「「お〜っほっほっほ」」」 「テメーっ!今の絶対ぇわざとやったろ!明らかに蹴ってたじゃねぇかよあ゛ん!?」 「なまえ、これお芝居!」 「え…ああそうだった、ゴメン」
それなのに全く芝居が進まないのはあたしのせいである事は潔く認めよう。てかなんで演劇部でもないのに皆演技出来てんだよ…一番ありえないのは黄瀬だ。
「あぁ!シンデレラ、僕は君という存在を心待ちにしていたんだ…いつか現れると信じていたよ、僕の運命のお姫様…」 「「「キャアアアアァァァ」」」 「…そんなセリフあったか?」 「アドリブッスよ」 「…」
妖艶に微笑みあたしの腰をぐっと引き寄せ見下ろす黄瀬。何故かコイツは異常なまでにノリノリだ。しかも演技力がその辺の学生のレベルを超越している。毎回余計なセリフや動きを付け足して見ている女子を気絶させて床に転ばせるとかどこのアイドルですか。
「お前なぁ、ただでさえ着いていくのにやっとなあたしの事も考えてくれよ…」 「なまえっちも適当にアドリブ返してくれれば問題ないッスよ!最終的にハッピーエンドになればいいんだし」 「そういうもんか?」 「そういうもんッス!」
学祭なんだし、楽しめればいいんスよ!と笑う黄瀬に不信感を抱きつつ、確かにやるからには楽しまなきゃ損だよなとも思う。それにその方が本番で何かあっても対応出来るかもしれねぇし。
「テツヤ…何してんだ」 「木です」 「…そうですか」
サボテンみたいに左右に広げた両肘を肩の高で水平に保ち右手は上へ、左手は下へ向けている無表情なテツヤは端から見るとただの変人だ。
「その格好辛くねぇか?」 「プルプルしてます」 「…そうですか」
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