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「じゃあ赤司くんは日誌よろしくー」
「あぁ」


風邪が流行りつつある初冬。寒さが本格化してきて、放課後の暖房を切られた教室に残る者はいなくなった。学校中にファンがいる赤司くんと二人きりだなんて、ファンに見つかったら何をされるか分からない。だがそれは自らそういう状況をつくりだした場合のみ適用される感情で、私には関係ない。なぜならこれは仕方のない”日直の仕事”であるからだ!私のクラスの日直は席順で、左前から後ろに二名ずつ。席替えが月一だからこれまで一度も回ってきてないなんて強者もいる。だが幸運度数で言うと私はその上を行く。それは私が密かに想いを寄せる赤司くんと日直を担当するのが四回目だからです。ファンよ、どうだ?羨ましいか?羨ましいだろう?


「みょうじさん、今日の欠席者は二人で間違いないかな?」
「うん。あってるよー」
「ありがとう」
「いえいえ」


一回目はただただ緊張した事しか覚えてない。二回目は落とした黒板消しを踏んづけて粉を被った。三回目は赤司くんと私の間の生徒が欠席して急遽やることになったイレギュラーで、ミスをしないように気を配るだけで精いっぱいだった。そして神は私にまたチャンスを下さった!今日はミスもないし、テンパった様子も一切見せていない。仕事も完璧。いつぞやにとんでもない恥をかかせてくれた黒板消しを強く握って黒板にスライドさせた。


「すまない、消しゴムを貸してもらえるかな?」
「どうぞどうぞ!自由に使ってー」


部活の事で監督に伝える事があるので席を外すが、すぐ戻る。と教室を出た赤司くんを手を振って見送ったのが十分程前。一番後ろの自席に座り、先に時間のかかる日誌に手をつけ始め、半分も書き終わらない内に赤司くんは戻ってきた。黒板消しなんてさせて美しい指やお顔や制服に粉をかけるわけにはいかない。書きかけだった日誌を半ば押しつける形で席ごと譲った。律儀な赤司くんらしい。消しゴムなんか勝手に使っていいのに。


「そう言えば、女子の間では消しゴムに願いを書いて誰にも見られずにそれを使いきれば願いが叶う、というまじないが流行ってるらしいね」
「…」
「みょうじさん?」
「そ、だね。小学生の時広まったんだけど、今は懐かしさと面白半分でやってる子が多いみたいだよ」
「へぇ」


赤司くんが女子の流行りに興味を持つなんてどういう風の吹き回しですか。ビックリして息が止まった。今私の後ろで赤司くんが消しゴムを使っている。作業を漠然と続けながら全神経を背中に集中させた。いやいやまさか、あの知識も教養もある赤司くんが…うん、ないない。でも、だとしたらどうしてそんな話題を急に?たまたま…だよね。


「みょうじさん、カバーが邪魔で上手く消せないから、切っていい?」
「!?」


確かに最近ノートにカバーの端がつくくらい消しにくかった。切るということはカバーを一度取らないと無理だ。つまり、消しゴムが丸裸になる…?


「ああああああ赤司くん待って!あれ!シャーペンの上の小さいの使って良いから、ね?」
「どうして?消しゴムがあるのに。あ、ハサミ借りるよ」
「わあああああああああああ!」


黒板消しを放り、机をかき分けて後ろまで走った。赤司くんが右手に持つ消しゴムを狙って前のめりに手を伸ばす。バッと掴んだのは消しゴムではなく空で、私はバランスを崩し、行儀よく座る赤司くんに抱きつくようにして飛び込んでしまった。


「そこまでして隠したい事って、何?」


「おわああ!ごごごごめん」


何が起こったんだと呆けている内に脇に手を入れられ、よいしょ、と私を抱き上げ横向きに座らせた。そこで初めて頭が追いついて、立ち上がろうとしたのを赤司くんが机に腕をつき防いだ。そのせいで更に顔の距離が近づいて、あまりの恥ずかしさに限界まで顔をそむけた。


「ねぇ、聞いてるんだけど」
「!」


耳元で赤司くんが息をかけるみたいに囁いて、全身にぞわっと何かが駆け抜けた。


「あああああの、別に何か隠したいとかそういうのじゃなくて…ただカバーを切るのもったいないかなーって」
「それ、理由になってると思う?」
「…すいません」


深いため息を後頭部に受け、苦笑いを浮かべるしかなかった。あれこれ理由を考えたけど、このなんとも身体の自由が利かない状況が意識を散漫とさせ、まともに考えるなんて不可能だ。


「と、とにかく重いでしょうしどどどどかせていただけないでしょうか」
「カバー取っていいならどうぞ」


今までの抑え込みは何だったのかと聞きたくなるほどあっさり身を引いて椅子の背にもたれ腕を組みだした。固まる私に「ほら」とバスガイドみたいに掌を上にして促された。いや、促されてなんかない。これはさっきより強固な包囲網だ。


 
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