負け犬勝者 [ 1/2 ]


「それだけは絶対に嫌!」
「なんで」
「なんでも!とにかくお、おおお風呂に一緒に入るとか無理だから!!」
「えーいいじゃないスかー」


ぶう垂れる涼太にわざとらしくフンッと鼻を鳴らしてそっぽ向いてやると、ベッドの奥で壁に背をぴたりとつける私の服の裾を、ラグに座ったまま手を伸ばしてクンクンと引っ張ってくる。上目遣いで「ねーねー」なんて甘えてくる辺り、とても故意犯としか思えない。なんだこの可愛い生き物。
だけどこれくらいで譲歩する程、混浴というイベントは安くない。あんな明るい場所で体を洗ってる所を見られるとかとんだ羞恥プレイ経験してたまるか!


「なんでそこまで頑なに拒否るんスか?」
「一人で入った方が広いようん!」
「オレん家の風呂、二人でも余裕あるッスよ?」
「…ほら!浴槽に二人で入ったらお湯ざばーってなってもったいない!」
「そんくらい別にいいけど。むしろいつもいっぱいまで張って入るタイプだし」
「…そうだ!私めっちゃくちゃ長湯だからさ、涼太入ってる間に逆上せちゃうよ」
「名っちが耐えられんならオレも大丈夫でしょ」
「…あ、あのあれ…」
「どれ?」


頭をフル回転させていい逃げ文句を探すけどことごとく打ち砕かれて、じり貧どころか早くも出す手がない。それでも大きめのクッションをぎゅっと抱きかかえて唸っていると、不意に涼太がしゅん、としおれた花みたいに頭をうなだれて「…そんなに、オレと一緒に入るのが嫌なんスか…?」と泣きそうな声で言うから胸に罪悪感がひしめいて、つい黄色い髪に手を伸ばしてしまった。


「あのね…涼太と入るのが嫌ってわけじゃなくて…」
「じゃ、オッケーってことッスね!」
「は?」
「女に二言はなしッス!」
「いや待て待て待て待て!」


“可愛い生き物”は撤回。なにこの百面相…!!多重人格の疑いでもかけてしまいそうになるその豹変ぶりに、一瞬状況が理解できなかった。さっきまでお通夜ムードだった人が、私の発言を聞くや否や髪に触れた手を勢いよく掴んで、今は満足そうな笑みを浮かべ私を見上げている。白い歯が怖い…細められた目が怖い…一向に動かない腕が怖いぃぃ!!!


「さっ、二人であったまりましょうねー」
「ちょ!無理無理無理無理無理」
「うるさいなぁ、今度はどんな言い訳ッスか」
「言い訳って何だその私が悪いみたいな言い種は!」
「だっていつまでも駄々こねてるから」
「それはお前だ!手を離せー!」
「やーだ。離したらまた一からじゃん」
「言っとくけど十には一生辿り着かせないからね!」
「一生!?そんなにオレを殺したいんッスか!」
「死の定義を今すぐ考え直せ!」
「今のは生殺しって意味で…」
「知るか!」


入る入らないの押し問答は白熱し、強引に引きずろうとした涼太とスペクタクルな攻防戦を繰り広げた。当然、体格でも体力でも劣っている私が涼太に勝つことが不可能なのは誰がどう見ても一目瞭然だろう。息一つ乱れていない涼太は汗だくの私に「いい汗かけたッスね」と、表面上は美しい恐怖の笑顔で私を連れていこうとするので、最後の力を振り絞ってもう一度ベッドへと逃げ帰った。


「もういい加減にして欲しいッス!」
「それはこっちのセリフだ!」


どちらも譲らない、ゴングもないこの大勝負。決着を着けるなら涼太の苦手なこれしかないだろう…頭脳戦!おつむの弱いこの混浴魔にはうってつけだ。なんの準備もいらずこの少し開いた距離のまま出来る頭脳戦、そう…。


「しりとりだぁ!!」
「…はぁ?」
「私は頑として入りたくない、涼太は頑として入りたい。このままじゃ平行線を辿る一方!そこでしりとりで負けた方が勝った方に従う。どうよ!」
「…まぁ、入れんならなんでもいいッスわ」


呆れたように後ろ頭をぼりぼりかきながらベッドに上半身を沈ませた涼太を見て、私はクッションで口元を隠しにやりと笑う。
してやったり。語彙力のない涼太が長期戦に強いとは考えにくい。同じ言葉で回し続けて瞬殺してやる!


「…ルールは?」
「へ?最後が“ん”はダメだけど…」
「ふーん、了解ッス。他はなんでもいんスねそんじゃさっさと始めちゃいましょ名っちからでいいッスよ」
「あ、うん…えと、しりとりのりでリンゴ!」


今時しりとりのルールなんて知らない人がいるのだろうか?ちょっと引っかかるけど、こういう遊びって地域に寄って少しずつルールが違ったりするし確認してもおかしくないか。

バカな私は自分で理由を見つけて納得してしまった。それが涼太の策略だったなんで知るよしもない。
更にこの時「ふっふっふっ“ご”ってのは意外といい奴で二文字目に“ん”をいれれば結構“ご”に繋がるからまずこれである程度稼ぐ。しかも“ご”から始まる言葉は少ない、まさに一石二鳥。“ご”がなくなったらは次は出来る限り“る”を回して潰す、完璧だ。計画通り!」などと、相手がまだ1ターン目で何一つ実行されてない時点で調子に乗っていた私の計画は見事に崩れ去ったのであった。
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