腹…黒い…? [ 1/4 ]


「名ーっち」
「んー」
「どっかデート行かないッスか?」
「…なんで」
「実は駅前に美味しいケーキ屋さん出来たらしくて、名っち甘いもの好きでしょ?だから一緒に行ってみたいと思って!」
「…いいよ」
「やった、オレ財布取ってくるッス」
「…」


パタパタと掛けていったのは私の彼氏、黄瀬涼太。その黄瀬くんが玄関から“用意できたッスよ〜”と、しっぽを振る犬のようにキラキラとした目でこちらに呼び掛けた。私は手元の雑誌と玄関の彼を交互に見て、パタンと閉じた。今私が開いていたページに載っていたのも、黄瀬涼太。彼は只今人気急上昇中の現役高校生モデルだ。


「あ、名っちの靴可愛いッスね〜よく似合ってるッス」
「ありがと」


気づいているだろうか。そんな彼の隣を歩くために片っ端からファッション雑誌を読みあさり、いつも流行をチェックして、恥をかかせないように、と気を使っていることを。別に気づいてほしいわけじゃない。むしろ、気づいてほしくない。

バスケでは「キセキの世代」と呼ばれる天才で、他のスポーツも見れば出来てしまう。勉強もまぁそこそこ出来るし、高校生でモデルやって、オシャレでモテモテ。そんな完璧な彼のために、必死に背伸びしているなんて。


「…っち、名っち!」
「ぇ、あ、ごめん」
「どうしたんスか?ボーっとして…もしかしてどこか具合悪いとか」
「ううん、ちょっと考え事してただけ。気にしないで」


心配そうな彼に、無理矢理作った笑顔を見せる。
無理して履いたヒールの靴のかかとが擦れて、チクリと痛んだ。


「あ、ここッスよ」
「すごい行列…」
「大丈夫大丈夫!」


お店の入り口にたどり着くまでどれほどかかるのか分からないほどの行列に並ぼうとしたら、手を握られ、そのまま入り口まで連れてこられた。


「いらっしゃいませ、黄瀬様。お待ちしておりました」


頭に?を浮かべていると、黄瀬くんがこそっと“実はここの店のオーナーと知り合いのカメラマンが友達で、特別に予約してもらったんス”と教えてくれた。こういうスマートなところにも、きゅんとしてしまう。席について注文を済ませ、待つ間に周りがざわざわし始めた。


『ねぇもしかしてあの人…』
『黄瀬くん?うそっ』
『まじイケメン』
『本物かな』
『黄瀬涼太じゃない!?』
『ほんとだやばいどうしよ』
『カッコイイ』


黄瀬くんは慣れていて気づいていないのか、それともフリなのか、楽しそうにバスケの話をしている。また踵にじわりと痛みを感じた。


「あのっ、すいません、もしかしてモデルの黄瀬涼太さんですか!?」


意識を足から移すと、同い年くらいの女の子が少し頬を染めながら喜瀬くんに話かけていた。


「あーそっスけど…」


と、言いながら喜瀬くんは私をチラリと見た。その視線を辿るように女の子達も私を見る。もちろん、そこに好意は一切含まれてはいない。私はそれに気づかないフリをして水を一口飲んだ。


「やっぱりー!」
「これにサインお願いします!」
「あ、私も!」
「いやーええと、今プライベートで…」


女の子がカバンを探って手帳とペンを差し出している。それをやんわり断りつつ、また、私を見る。


「いいじゃん、サインくらいしてあげなよ」


精一杯の大人の対応と思って、にっこり笑いながら、そう告げた。黄瀬くんは仕方なさそうに、書き慣れているそれで手帳を埋める。こうなると、なかなか終わこなくて、代わる代わる別の女の子が黄瀬くんの前へと現れる。私は、サインを書き続ける黄瀬くんに“ちょっとトイレ行ってくるね”と席を立った。


「あっ、名っち!」


私はまた聞こえないフリをした。

女は、醜い。

今現在私はこのトイレの個室から出るタイミングを完全に失ってしまった…。何故って?


「何あの黄瀬くんと一緒にいた女。“サインくらいしてあげなよ”とか何様だっつの!」
「あんなブスただの遊びに決まってんのに偉そうにしやがってマジ死ねばいいのに」
「言えてるー」


避けては通れない目の前の化粧台でこんなことになっているからだ。かれこれ5分はこの話題を続けていて、たったあれだけの会話でここまで言えるとは尊敬すらしてきた。溢れ続ける汚い言葉に、なんだかもうどうでも良くなって、いっそ出てしまおうと決意する。ガチャリと扉を開けたら、完璧に目が合った。驚いてはいるけど反省など微塵もしてないようだ。


「盗み聞きとかサイテー」
「キモいんですけど」


あなた方の方が後に来たんですけれども…いやもうなんか生きててすいません。あげくの果てには、化粧台の後ろを通り過ぎる瞬間足を引っかけられ無様に転んだ。反響する笑い声の中、立ち上がろうとするがどうやら足を捻ったようでジンジンと足首が痛い。ヒールを履いたことを後悔した。


「名っち!ずいぶん遅かったッスね」
「女の子がトイレ行ってんのに遅いとかデリカシーはないのか!」
「いてっ、すっすいませんッス」


私を見て心底ホッとしたような黄瀬くんの頭に軽くチョップした。


「注文したケーキ来てるッスよ!」
「わ、美味しそうだねー」


二人同時にいただきますをして、食べ始める。


「おいしー」
「俺のもうまいッス」
「ほんと?一口ちょーだい!」

自分のフォークを黄瀬くんのお皿に伸ばすとパシッと腕を掴まれた。


「ダメっス」
「え、あ、ごめん」


つい舞い上がってしまった自分が恥ずかしくなって腕を引く。


「はい、あーん」
「え」
「あーーーん」


目の前に、満面の笑みの黄瀬くんと黄瀬くんがフォークで刺したケーキ。遠慮がちに口に含むと、やってみたかったんスよ、ですって。私は恥ずかしくて死んでしまいそうッス。


「どうっスか?」
「こっちも美味しいね」
「間接キス…ッスね?」
「うるさい」


こういう時の黄瀬くんはやたらいじわるそうな顔をするから困る。


「じゃ、オレも名っちのもらっていいっスか?」
「どうぞー」
「…違う」
「?」


ケーキ皿を差し出すと不満そうに頬杖をつきむくれっ面をされた。


「どうすべきか、分かるッスよね?」
「…分かんない」
「…そっスか。じゃあ分かるまでお手本見せ」
「分かった。やる、やるから!」
「さすが名っち」


わざとらしく自分のフォークを口に含んでからケーキを刺し、私の口に運んでくる“お手本”とやらがひどくいやらしく見えて、私は黄瀬くんを直視出来ないままケーキを刺して、口元に手をやった。


「あ、あーん…」
「あー…ん!んーうまい」
「そ、それは良かった」
「名っちの味がする」
「!?」


羞恥心で爆発するかと思った。足の痛みは少し和らいだ気がした。
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