デンドロビウム行進曲 [ 1/3 ]


金曜の夜、11時半を回った頃。風呂から上がり、ベッドの縁に腰をかけタオルでガシガシと頭を拭いていたオレの携帯が震えた。画面を確認すると二つ年下の彼女で、こんな時間になんだよと思いつつ通話ボタンに手を伸ばす。その思いとは裏腹にゆるむ口許は悟られないよう出来るだけ低い声を出した。


『あ、もしもし笠松先輩ですか?夜分遅くにすみません、名です』


明るく弾んだ声に更に口許がゆるんだが、やはり悟られないよう装う。そんなオレの努力も虚しく、次の名の言葉に、生きてきた中で一番でも過言ではないと宣言できる甲高い声で返事をした。


『黄瀬くんとテスト勉強してるんですけど、ちょっと分からないところがあって…もし時間あったら教えていただきたいなと思ってお電話したんですけど…』
「………っはあ!?」
『あっやっぱ無理ですよねすいません笠松先輩寝るの早いしお風呂入ってる時間だろうからやめといた方がいいと思うって言ったんですけどあの黄瀬くんがまだ大丈夫かもしれないしどうせならかけるだけかけてみたらってそれでごめんなさい!…もう…だから言ったのに…』


機関銃のように息継ぎもせず言葉を並べた名に呆気に取られていると、微かに『あはは、ごめんって』と名ではない声がした。最後の一文は黄瀬に対して言ったのか、と客観的な自分が冷静に分析していたことに驚いたが、そんなことを気にしている暇はない。


「お前、どこにいんだよ」
『黄瀬くんの家にいます…』
「今…なんつった…」
『え?黄瀬くんの家にいます…あの、笠松先輩?』
「こんっのバカ!!」
『ふひぇっ!?』


嫌な予感とは当たるもので、唯一そこであって欲しくないと願った場所を簡単に告げられてしまった。携帯を耳に当てたままタオルをベッドに放り投げクローゼットを開き、適当にその辺にあるジャージをひっ掴む。


「今から行く、家から出てろ。…いや外も危ねぇか、とりあえず黄瀬から離れとけ!」
『はい!?えっ、笠松先輩!?今からってもうすぐ日付変わっちゃいますよ』
「その言葉、そっくりそのままお前に返すわバカ」
『ちょっ、笠松先ぱ――』


何も分かってないバカに付き合ってられるかと一方的に電話を切った。電車はもう間に合わない。黄瀬が一人暮らしをするマンションまでだいぶある。


「ふざけんな…!」


玄関で自転車の鍵だけ握りしめ、家を飛び出した。
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テーマ「人外ファンタジー」
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