女の敵! [ 2/5 ]


「おっっせぇんだよこの貧乳!!」
「最後の関係ない!!だからごめんって…掃除当番、皆忙しいらしくて先に帰ったから私しか残ってなくてさ、思ったより時間かかっちゃったんだよ〜」
「んなもんサボってるに決まってんだろ」
「えぇっ嘘!」
「このお人好し貧乳」
「最後のは余計だ」


待ち合わせの校門で最早お決まりになりつつある言い合いをしていると、青峰の耳に下校中の男子の“貧乳なんだってよ、かわいそー”“女として終わってんだろ!”という笑い声が入ってきた。名に目をやると気づいていないようで、電柱に手をつきうつむいて「青峰め…」と呟いていた。


「ひっ!?」
「てめぇ次言ったら殺すぞ」


それは一瞬の出来事で、青峰が音もなく男子に近づき、胸ぐら掴み睨みをきかせ、投げるように手を突き放して戻るまでわずか数秒だった。


「んで、どこ行くって?」


名の表情が明るくなる。


「それは着くまで秘密!」
「なんだそれ」

こっちこっちと、誘導する名に青峰は黙って従う。十分ほど歩くと急に名が立ち止まって手を広げた。


「じゃじゃーん!」
「…ストリートバスケか」
「正解!ここらへん優しい人が多いから初心者でも…」
「オラオラお前らみたいな下手くそがコートなんか使ってんじゃねぇよ!!!」
「十万年早ぇんだよ!」
「どけどけ!」
「これが優しいって?」
「…誤報みたいですね」


コートを見ると小学生たちが高校生に囲まれていた。


「待ってよ!僕たちの方が先に使ってたのに急にどけなんて酷いよ」
「そうだそうだ!順番守ってよ」
「うっせんだよクソガキっ!」
「っ!!」


高校生の1人が、端の方に追い詰めていた少年たちに向かって、その子たちが使っていたボールを勢いよく蹴る。幸い、ボールは僅かに外れ壁に当たり、こちらの方へ転がってきて、それを名が拾い上げた。


「おい、めんどうなことに関わんなよ、ストリートなら別の場所が…」
「ねぇこれ僕たちのボール?」
「ったく…」


頭を抱える青峰など露しらず、ツカツカと笑顔で近づいて来る女に高校生たちは不機嫌になる。


「んだ?じゃますんじゃねーよ」
「ひっこんでろ」
「私あんたらに話しかけた覚えないよ。この子達に聞いてんの」
「!調子乗ってっと殺すぞ…」


顔に殴りかかってきた拳をひょいと避け、挑発するようにボールを前にかかげる。


「ここはストリートバスケ!やるならバスケで決着つけようよ!」
「ハハ…いいぜ!その代わり、俺たちが勝ったらお前のこと好きにしていいんだな?」


それを聞いて、呆れ顔の峰の表情が変わる。


「もちろん、いいよ!」


この迷いのない解答に一瞬青峰の思考は止まった。


「もちろんって何言ってんだ、何されるか分かってんのか!」
「大丈夫!私昔からよく怪我してたし殴る蹴るくらいなら全然余裕」
「いやいやいやお前なぁ、こいつらがお前にしようとしてんのはそういうことじゃなくて…」
「?」
「おっと色黒は黙ってろよ、関係ねぇだろ」
「…さすがにキレんぞ」
「ダメだよ青峰、これは私の勝負なんだから!」
「でもお前バスケの経験ねぇだろ」
「経験は関係ない!戦うことに意味があんの!!」
「…あーあ、オレ知らねぇぞー」
「うむ、その辺で見守っててくれたまえ」
「おもしれぇなあんた!1on1でいいだろ?で、俺たち5人全員に勝てたら姉ちゃんの勝ちだ」
「受けてたーつ!私が勝ったら二度とこういう汚いことしないでよ!君たちは危ないからあの色黒の人のところ言ってて」
「…お前もかよ」
「それから、ちょっとだけボール貸してね」


―――――


「…ッハァ…ハァハァ…ッ」
「なんだよもう終わりかー?つまんねぇなーまだ一人目だぜ?もっと楽しましてくれよ」


膝に手をつき、もう片方の手の甲で、顎まで垂れてきた大粒の汗を拭っている名に対し、相手は余裕の表情でボールで遊んでいる。開始から10分は過ぎただろうか。未だ1人めなのは、相手がわざとゴールを決めずに名で遊んでいたからだ。そんな相手に本気で向かい続けていたが、もうそろそろ限界が近い。高校生の1人が座っていたベンチから立ち上がる。


「なぁ、暇だから変わってくれよ」
「いいぜ!メンバーチェーンジ」


笑いながらハイタッチをしてすれ違う二人。


「じゃ、俺も」


その言葉に、その場にいた全員の視線が集中する。


「ハァ…青…っみ…ね…」
「はい、おつかれー」


そう言って青峰は、無理矢理名の手を引っ張って高い位置で自分の手と合わせる。


「だから忠告してやったのに」
「ハァッ…ごめ…っ」


そのまま手を引っ張って、ベンチに座らせる。「おいおい何勝手に話進めてんだよ」
「いいだろ、そっちもしたんだからよ。それとも男が相手じゃ勝てねーのか?」
「…お前バスケ経験は?」
「まぁ、多少は」
「た…、多少ってどこがよ!」
「なら聞いたことあんだろ!俺たちはあの有名な西高の現役バスケ部員だぜ!それでもやんのか、あん?」


巷で言うドヤ顔というやつがあれにあたるのだろう。自信満々の西高の方々だったが、返ってきた反応は予想外だったようで。


「西高?どこだそれ。お前聞いたことあるか」
「知らないよ。その前に私バスケ詳しくないし」


ようやく息が整った名の言葉を聞いて羞恥心でみるみる顔が赤くなる高校生。


「ふざけんな!西高も知らねぇとはとんだ雑魚に会ったもんだぜ、お前なんか一瞬でひねりつぶしてやるよ!」
「おー、そりゃ楽しみだ。探してたんだよ、本気で戦えるやつ。でも1on1とかめんどくせぇから…全員いっぺんに来いよ」
「上等だぁぁあああ!」


様々な暴言を吐いて向かってくる5人に青峰は余裕の表情だ。


「青峰!大丈夫なの!?」
「なんだ、俺が負けると思ってんのか?安心しろよ、本気でやってやっから」
「じゃなくて、ちゃんと手抜いてあげ…て…って、遅かったか。青峰大輝、全開です…」


ダム、ダム、と規則的な音。
その音を発している本人だけが今このコートに立っている。


「久しぶりにやったけど、やっぱつまんねぇな」
「…本気だったくせに」
「あぁ?命の恩人に向かってなんだその言い草は」
「あーありがとうございます本当に助かりました青峰様々〜」


手を合わせてこすりながら青峰に近づく。隣まで来たところで下から声が聞こえた。


「…アオミネ?」


声の主は、今や全員へとへとで転がりまくっている相手の1人。


「青峰ってお前…!」


急に何かに怯えるように震えだした男に気づいて、ニヤリと笑う女が1人。


「あの“有名”な西高さんでバスケやってるんなら、聞いたことぐらいあるでしょ?帝光中のキセキの世代」



それを聞いて男たちは更に震えだす。


「まさか…」
「…そんな…」
「嘘だろ…」
「彼がそのキセキの世代の1人、青峰大輝だ!」
「なんでお前が偉そうなんだ」
「次にこんな現場で会ったら本気出されるかもね」
「…す、」
「「「「「すいませんでしたーーー!!!」」」」」


脱兎の如く逃げ出していく5つの背中を見つめる。

「いやー青峰が役に立つこともあるんだねー!」
「どういう意味だ貧乳」
「そういう意味だアホ峰」
「そうか、殺すぞ」
「全力で生きる!」
「お姉ちゃん…」


心配そうに見守っていた少年たちが駆け寄ってきた。


「おぉ、お待たせしました!はい、ボール!」


受け取った少年に笑顔が戻る。


「お姉ちゃんありがとう!」
「いえいえ!」
「…俺は?」
「かっこよかったよ!」
「そんなそんな!」
「…俺は?」
「お姉ちゃん一緒にバスケやろうよ!」
「もちろんやるとも!」
「…いや俺は?」


そんな青峰の独り言は虚しく、はしゃぐ皆の声でかき消された。
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