嫌なやつ [ 1/3 ]
只今、平日8:30。
あと少しで授業が始まろうというこの時間。彼氏もいない私には周りで朝からイチャコラしてるカップルを見てイラつく時間だ。そして今日は何故か、私の机の上にガラクタが山積みになっている。それを積んだであろう私の前の席に座り本を読んでいる下まつげメガネ野郎を睨んだ。
「…………で?」
「なんだ」
「それはこっちが聞きたいよ!なんなのこの大量の緑グッズは!」
「俺の家にあった緑のものを持ってきたのだよ」
キリリとでも効果音が付きそうな顔でこちらを見る。いや、むしろあの顔は“見て分からんのかバカめ”とでも言いたそうな顔だ。…腹立つ顔だな。
「…うん、で、なんでそれを私に渡すわけ」
「今日のおは朝のラッキーアイテムなのだよ」
「なら自分で持ってなよ。邪魔なんですけど」
「自分の分は既に持っている。それは貴様の分だ」
「だーからなんで私の分がいるのさ」
「占いの内容が《ラッキーアイテムは緑のもの!更にそれを好きな人に渡し一緒に行動すると運気UP↑》と出た。というわけだ今日一日行動を共にしてもらう」「い、今…なんて…」
「だから今日一日行動を共に…」
「もっと前」
「?好きな人に渡し一緒に行動すると…」
「ストップ!」
「さっきから一体なんなのだよ」
「だから“好きな人”って…え、なにこれ、新手の告白ですかなんですかこれ」
「何故これが告白になるんだ」
「はぁ?だって…え?この下まつげ何言ってんのケンカ売ってる?」
「なっ!なんだと!俺はただ今日一日行動を共にしろと言っただけだ!」
「…あーもう会話が成り立たん!誰か通訳呼んでくれ」
「はっ!貴様の方が何を言ってるか意味不明なのだよ!」
「ダメだこりゃ。高尾くん助けてー」
「何故そこで高尾が出てくる」
キーンコーンカーンコーン…
「ってことがあってね?ご飯はまだいいとして、トイレまで入って来ようとした時はほんと殴り倒してやろうかと思った。よく放課後までもったもんだよ…」
「ギャハハハハハ!!なーんか名ちゃん苦労させられてるねー!しかもスルッと告白して自分で流すってヒャハハハハハハ」「信じらんないでしょ!?」
「あーおっかし!で、その真ちゃんはどこ行ったの?あいつが占い守らないとは思えないんだけど」
「トイレ行った隙に逃げてきてやったぜ!」
親指をグッと立てる。
「名ちゃん勇者!あいつ相当怒るんじゃないかなー」
「だねーなんか「貴様のせいで人事を尽くせていないのだよ!!」そうそうそんな事言ってきそ…って…あ、れ?」
「あ…真ちゃん」
「ほー、そう言われることが分かっていて逃げるとはいったいどういうことなのか説明してもらおうか」
カチャリ、とメガネの位置を直すいつもの仕草が今日はやけに恐ろしく見えた。
「(ややややヤバイこれは完全にキレてる…!)た、高尾くんに指示されたんだよ!真ちゃんのシュートが落ちるところ見てみたいって!」「えっ名ちゃん!?何その裏切り!!違うぞ!俺は一言もそんなこと言ってないからな?マジだからな?な?」
二人して相手を前にやろうと押し合う。緑間はそんな二人を交互に睨んだ。
「…まあいい。それより今はお前と過ごすことが先決だ、来い」
「ヒュ〜真ちゃんカッコイイ〜」
「黙れ高尾」
「どこ行くの」
「練習に決まっているだろう。最後までいてもらうのだよ」
「えっ嘘でしょ…緑間9時ぐらいまで練習してるんじゃなかっ」
「あ"ぁ?」
「わー緑間君の練習を見学できるなんてカンゲキーウレシーヤッター」
首根っこを捕まれ、ズルズル引きずられながらこちらを見ている高尾に助けを求めたが、ひらひらと手を振られ苦笑しながら見送られた。てか高尾くん練習は!?
―――――
「おぉ!」
練習を見て改めて緑間のすごさを思い知った。全身に鳥肌が立つ。
「真ちゃんナイッシュー!」
「当然なのだよ」
「よし休憩!」
「「「はい!」」」
部員達はそれぞれドリンクを飲んだり床に寝転んだりしている。
「いやー分かってはいたけどすっごいねー」
「人事を尽くしているからな」
緑間からの“見える位置にいろ”という命令で体育館のステージ端の階段で眺めていた。そして何故か緑間のドリンクはここにある。
練習中は集中しているからか、視線が来ることはないのだが、休憩になると私のところに来る緑間をチラチラと見ては何かを話している。
だんだん恥ずかしくなってきて、耐えきれず体育館の外に出た。
「…はぁ…つらい…」
横座りで片手は膝の横に、もう片手は目を覆い深いため息をつく。そんな私を冷たいおしるこをすすりながら見下ろす男が眉間にしわを寄せながら言う。
「何がだ」「 し せ ん が !! 」
「視線?誰がお前などスキ好んで見るというのだよ」
「…この男…ほんと殴り倒してやりたいのだよ…!」
ギリッと拳に力を込めながら涙を拭う。“真似をするな”と言いながら、隣に座っておしるこをすする人間をここまで憎くなったのは始めてだと考える。
…その前におしるこ大好きな男子高校生自体始めてだけど。
「くっ…ボコボコにしてやりたい…」
「やれるもんならやってみろ」
「本当にやってやりたい、けど…」
「なんだ」
「普段からテーピングぐるぐる巻きにして、爪にまで気使う程のバスケバカ相手にそんなこと出来るわけないでしょ。それに、もし殴ってバスケに支障でも出たら部員皆に殺されるわよ!私はまだ死にたくないのー」
呆れたように短くハッと息を吐き、高い位置にあるおでこに拳をコツンと当てた。その腕を引こうとしたが、緑間に掴まれ動きが止まる。
「…」
「緑…」
「真ちゃーん、次のメニューなんだけ…ど…」「あれ、もしかして邪魔した?」
「え、なんで?むしろ大歓迎!良かったらこっちで一緒に休まない?意外と涼しいよ〜」
「じゃ名ちゃんの隣に行かせてもら…いや、あの、俺、ちょっとキャプテンに用事があったんだっけ?ハハッ」
前半笑っていた高尾の表情が急にひきつったのを不思議に思う。
「なんで疑問系?どうせたいした用じゃないんでしょ!こっち来なよ」
「あ、ぇ、いや…(さっきから真ちゃんのハンパない鋭い視線が俺の全身に刺さってるんだよ!!!)」
私は強引に高尾くんの腕を引っ張って緑間とは反対の隣に座らせた。
「緑間をツンデレなんていうの高尾くんくらいだよ、私にはもう解読が難しくて難しくて…」
「は…ははーっそ、そうかなー?」
「…高尾くん?」
「(そんな可愛く顔覗かないでくれ!そんなことしたら…)」
ガタッとおおげさに音を立て、立ち上がった緑間を見て高尾ため息をつきながら肩を落とす。
「(ほらぁー…)」
「緑間?」
「俺は先に戻る。精々そこで仲良く休んでいるのだよ」
吐き捨てるようにそう言ってツカツカと体育館の中に戻っていった。
「何あいつ」
「…真ちゃんってこういうこと鈍いけどさ、名ちゃんも相当鈍いよな」「鈍い?…私が!?」
「うん」
「う、うっそだー」
「…」
笑い流す私に高尾くんが“あーあめんどくさいカップル”と呟いたのがかろうじて聞こえた。カップルってなんだ、カップルって。
「名ちゃんさ、真ちゃんのこと好きなんだよな?」
「ブバァァァアアッッ!!」
「うぁっきったね!」
「は、はぁ!?なんで私があんなバスケバカなんか…」
衝撃の一言に思わず口に含んだドリンクを吹き出した。
「ハハッ。やっぱ鈍いなー」
「ええなんで!?」
「ま、俺の予想だと二人とも気づいてないだけだし。もどかしいからさっさとくっついてもらっちゃいますかー」
「は?…は?」
「っうし!そろそろ練習始まるし行くわ!退屈だと思うけどまぁ最後まで付き合ってやってよ」
「テレビ見てるみたいなプレーの連続で全然退屈じゃないよ!今度は自主的に見学にこさせていただきますっ頑張って!」
高尾くんははにかんで、右手でガッツポーズをして体育館に戻った。