腹…黒い…? [ 2/4 ]
「…っ!」
「名っち!?」
ケーキ屋からの帰り道、捻った足首をなんとか庇いながら歩いていたが、段差につまづいて激痛が走った。
「あ、ごめん、なんでもない。ちょっと躓いただけ」
「良かった、ケガしてないっスか」
「うん、大丈夫。あ、買い物して帰らなきゃいけないんだった。黄瀬くん先に帰っててくれる?」
「一緒に行くッスよ、名っちに荷物持たせらんないし」
「たまには持たないと筋力なくなっちゃうからいいの!それに女の子には見られたくない買い物もあるの!ね?だから先に帰ってて?」
「そっスか?…うーん、分かったッス…」
納得いかないようだったがなんとか帰らせ、何度も振り返る黄瀬くんが見えなくなった頃その場にしゃがみこんだ。
「ったぁ…」
痛みで涙が止まらなくなる。歩ける状態になるのを待って、渾身の力を込めて立ち上がった。近くの公園のベンチに腰をおろして一息つく。
「はぁー…どうしたもんだろうか」
状態を確認しようと靴を脱ぐと踵は靴擦れで血まみれになり、足首は赤く晴れ上がっていた。脱いだ靴をその辺に転がし、ベンチにごろんと寝転んで空を仰ぐ。
「…私…なにやってんだろ…」
ちょっとでも黄瀬くんに釣り合う女になりたくて、精一杯オシャレして、ヒール高いの靴を履いて、でもいつも周りからは冷たい視線ばかりで。今日みたいなことだって珍しくない。さっき散々泣いたのに、また涙が一筋の線を作って流れた。
笑顔で自分に話しかける黄瀬くんが走馬灯のように浮かんでは消える。
寝転んだままポケットから携帯を取り出して、もう何度もかけて慣れてしまった操作をする。耳にあてると機械音の数秒後テンションの高い声が聞こえた。
『もしもーし、名っち?』
「…」
『どうしたの?あ、もしかして寂しくなっちゃったッスか?しょうがいなぁ、迎えに行くんで場所を…』
「黄瀬くん」
『ん?』
「好きだよ」
『オレも!でも珍しいッスね、名っちがそんなこと言うなんて…』
「だからさ」
『?』
「別れよっか」
『…は?ちょっ、何スかそれ!』
「ばいばい」
『名っち!?何言って』
ブチッと、一方的に電話を切った。今、黄瀬くんは電話の前でどうしてるだろうか。あたふたしてるのを想像すると可愛くて、なんだか笑えた。
足は痛みを増していく。どれくらいの時間が経っただろうか。携帯は黄瀬くんからの着信がスゴくて、電源を切ってしまった。腕時計を確認するともう4時間も経過していて深夜の時間帯になろうとしていた。
「とりあえず家まで帰らないと…っ」
立ち上がろうとするが、やはり足が痛くて立てない。
「救急車…は…やだなぁ」
「えーお姉さんどっかケガでもしたのー?」
「じゃあ俺達が診察してやろうか?」
「!?」
どこから出てきたのか、二人の男に挟まれていた。
「いえ、結構です」
「そんなこと言わずにさぁ〜あれ、目腫れてるね。何、もしかして彼氏とケンカしちゃった?」
「こんな可愛い子泣かすなんて最低な彼氏だね〜。俺達と楽しい事して忘れちゃおうよ」
「やっ」
着ていたブラウスを脱がされかけて必死に抵抗したが、二人の男に勝てるはずもなく、左右に勢いよく開かれてボタンが吹っ飛んだ。
「いや!離して!!」
「クソっ暴れんな!」
「大人しくしろ!!」
ガツンッと鈍い音がして、頭を何かで殴られたんだと気づいた。ああ、これは罰だ。私みたいな女が黄瀬くんをフるだなんておこがましすぎる行為をしたから罰が下ったんだ。そう思うと、ボーっとする意識の中で、自然と涙が溢れだして、抵抗する力もなくなった。起きてる事をただ客観的に眺めるだけ。
「!?名っち!」
黄瀬くん…?いや、そんなわけないか。幻覚まで見るなんて、いよいよ重症だなこれは。どんだけ黄瀬くんのことが好きなんだと自重気味に笑った。
「あ?なんだてめぇ!」
「今お楽しみ中なんだよ消えろ」
「消えんのはお前らだ…名から離れろよ」
聞いたことないドスの効いた声の黄瀬くんは、ドラマのように取っ組み合いのケンカをして、男二人を突っ伏せさせ私を抱き抱えられた。やってるのが黄瀬くんで余計にドラマみたいだなぁ。
「名っち…名っち!!」
「黄…瀬く……」
最後に見えたのは必死に私を呼ぶ大好きな黄瀬くんの顔だった。
「…………ん…」
「!名っち!?」
「あれ…黄瀬くん…?」
状況を把握しきれない私を見て、黄瀬くんは泣きそうな顔で私をきつく抱き締めた。
「名っち…名っち…」
何度も何度も消えそうな声で私の名前をつぶやく黄瀬くんは当分離してくれそうにない。
「い、痛いよ…」
ギブアップ、と背中をポンポンと叩くと更にぎゅっと腕の力を強めた後、名残惜しそうにそっと離された。セキを切ったようにあの時初めて聞いた低い声で怒鳴られた。
「なんであんなことしたんだよ!」
「え?」
「いきなり別れるとか意味分かんねんだよ!!いくら携帯かけても繋がんねぇし!俺がどんだけ心配して探し回ったと思ってんだ!!俺を嫌いになったんならそれでもいい…でも!!」
いつも違う黄瀬くんにビクッとするが、また抱き締められた感覚はいつもの優しい黄瀬くんだった。
「名っちが傷つくのだけは、耐えらんないんスよ」
「ごめん…ごめんね…」
私は黄瀬くんの背中に手を回した。その日は疲れていたのか、そのまま眠ってしまった。足より、心がジンジンと響いた。