喜んで [ 2/3 ]


「ぅっ…げほっげほっ…」
「名!?」
「征…ちゃん?」


どうやら私はまだ死んでいなかったようで、ぼやっとした意識の中でここが保健室だと気づく。


「なんで死んでないの私」
「あんなことで死なれたら困る」


第一声がそれかと笑った征ちゃんにつられてにへらと笑ったら、笑い事じゃないと頬をつままれた。


「僕に勝とうなんてするからこうなるんだ」
「だって…勝ちたかったんだもん」
「それで毎回こんなことになってたら僕の心臓が持たないよ」


私の意識がはっきり戻ったのを確認して、征ちゃんは安心したようにベッドの横のイスに座った。


「先生は?」
「今別件で出ている。調子はどうだ」
「んーなんか鼻の奥が痛い、あと無性に喉乾く。あとはなんともないかなーあ、ご飯食べたいなぁ〜」


嫌味ったらしくそう言ってやると、急に征ちゃんがせつなげな表情を浮かべて私を見つめた。


「え、どしたの?」
「保険医に言われた。気を失ったのは、寝起きすぐで朝食も取らずに本気で何本も泳いだからだろうと」
「あちゃーやっぱ水泳の日は早起きしてご飯しっかり食べなきゃダメだったなー」


特に深く考えもせずんーっと体を伸ばして起き上がり、ベッドから足をおろして座った瞬間、強く抱き締められた。


「せせせ、征ちゃん!?」


あたふたと手をおよがせていると、いつの間にか着替えさせてもらっていた制服の肩がしっとりと濡れていった。


「…泣いてる、の?」


顔を見ようと限界まで首を捻ったけど見えなくて、小さく震える背中にそっと手を回した。
それに気づいたからなのか、征ちゃんの腕の力がより一層強くなる。


「僕のせいで…名が死んだら、どうしようかと思った…」
「別に征ちゃんのせいじゃないよ、寝坊は私が悪いし」
「実は昨日帰り道で携帯のアラームに細工をした」
「…」
「…」
「で、でもまぁ朝ごはんはあげたお母さんが悪いし」
「おばさんの性格ならくれると思って食べたのに食べてないって嘘ついた」
「…」
「…」
「あの、最終的に私が記録に張り合ったのが全ての元凶なわけだからっ」
「名がムキになると思ってわざとあの1本だけ本気出した」
「…」
「…」


フォ…
フォロー出来ねぇー……!!

てか全部征ちゃんのせいとかどんだけ私の生活に絡みこんでくるんだこの幼馴染みは!


「まぁあのなんていうか…私結局生きてるし…ちゃんとここにいるから」


背中をなでなですると、しばらくして落ち着いたのかふっと腕が解かれた。

征ちゃんの顔を見たら長い睫毛に水滴が広がっていて、今更ながら本当にあの征ちゃんが泣いてたんだ、とちょっと笑ってしまった。


「笑うな、殺すよ」
「え〜私が死んだら困るくせに〜」


ニヤリと笑うと、征ちゃんが顔を赤く染めながら眉を寄せた。…逆の立場だとこんなに楽しいのか。


「私の願い事聞いてくれたら今回の事は水に流そう」
「?」
「それでちゃら!征ちゃんもこの事は忘れて?」
「…分かった」


征ちゃんが頷いたのを見て、よし!と言って願い事を告げた。


「私が寝坊しないようちゃんと起こすこと!」


征ちゃんは一瞬目を見開いたけど、すぐにいつものように笑った。










喜んで


(名、時間だ)
(ん…寒い…あと5日…)
(引き延ばし方がおかしい)
(……ぅー…)
(…朝一でプールなのにいいのか?)
(起きます!!…アレ、でも今…)
(11月なのにあるわけないだろ)
(しまったぁ!!)

20120910 →あとがき
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