喜んで [ 1/3 ]


「うわぁぁぁやっちゃったぁぁぁあああ!!」
「おはよう、名。今日は一段と遅かったね」
「うぇ!?何人ん家のリビングで悠々とコーヒー飲んでんの!?そんな暇あるなら起こしてよバカぁ!」
「コラあんた!!わざわざ毎日迎えに来てくれてる征十郎くんになんて口の聞き方すんの、バカはあんたよ。ごめんなさいね〜」
「いえ、僕は名さんにお世話になってばっかりで」
「あらまぁ〜ウチのバカ娘と違ってほんとよく出来た子だわ〜、あんたもちょっとは征十郎くん見習いなさい!そんでさっさと学校行きなさい!!」
「ハッ!この世界一の悪童、征ちゃんのどこ見習えってのよだだだだだだだすいませんすいませんお願いだから足踏まないで!!」
「あぁ、ごめん気づかなかった」
「征十郎くんにそんな汚いもの踏ませてんじゃないわよ!あんた何席着いてんの。早く学校行けっつってるでしょ!」
「娘の足が汚いって何この母親!…てか…えぇ!?ご飯は!?」
「征十郎くんにあげちゃったわよ」
「美味しかったです、ごちそうさまでした」
「いえいえお粗末様でした〜」
「ごちそうさまでした(ニコ)じゃねぇぇぇぇ!!私のご飯がああああああああぁぁぁ…」
「最っっっ悪の朝だ…」
「珍しく遅刻ギリギリに来たかと思えば急にため息ついて、こっちまで暗くなるからやめてよ」
「う゛おおおおん」
「変な泣き方もやめて、それで?今日はどうしたの?」


しがみついて泣く私を見かねて理由を聞いてくれた瞬間、しゃきんと背筋を伸ばして朝の出来事を伝える。寝坊したこと。何故か幼馴染みが家にいたこと。お母さんの私の扱い。そして…


「征ちゃん私の朝ごはん食べてたんだよ!?酷くない!?酷すぎるよ!普通の授業の日ならまだしも今日!正に今!!1、2限が体育の水泳だと言うのに朝ごはん食べてないなんて私死んじゃうよ!」
「あっそ、愛されてるわね〜」
「どこが!!」


只今水泳の授業の真っ最中なのです。巷で(自称)水を得たフィシュのようなガールと噂されている私はこの授業が大好きで欠かさず参加している。

だから水泳の日だけは早く起きてご飯もしっかり食べて万全の状態にしているのに…今日は寝坊した上朝ごはんまで逃すとは、一生の不覚…!
征ちゃんが泳ぎ終わってプールサイドにあがったと同時に、タイムを図っていた先生が「お!」と声をあげ、生徒の視線が集まる。


「赤司、今のタイムが学校の最高記録を更新したぞ!」


周りから拍手と歓声があがる。誇らしげな先生に征ちゃんはさして驚きもせず、興味無さそうに「ありがとうございます」と言ってスタスタとプールサイドを歩いて行った。

あの野郎…!なんであんな冷静なんだもっと喜ぶとかあるだろチクショー!ギリリと歯を軋ませ、にっくき幼馴染みを睨み付けたら、こちらの目線に気づいてニヤリと笑った。

ムキーーーー!!絶対あいつの記録を越えてやる!!

体育の水泳は何故か泳ぎたくないという子が多い。
普通に並んでれば結構時間がかかるけど、その泳ぎたくない子の代行をすれば通常より多い本数が泳げる。

私が泳ぐのが好きだと知っている子から変わって〜と言われる度に泳いだが、何本やっても新記録まで届かない。


「…はぁ…はあ…」
「名大丈夫!?顔色悪いよ?もう手当たり次第変わりまくるのやめときなよ」
「大丈夫大丈夫、ちょっと、疲れただけだか…ら」


順番が回ってきてまたちゃぷんと水に浸かる。


「ぶばっ」


隣の男子コースから盛大に水しぶきが飛んできて見ると征ちゃんがスタートの準備をしていた。


「あぁ、すまない。気づかなかった」
「…」


絶 対 わ ざ と だ !

向こう岸にいる先生の声で態勢を整える。ここで勝たなきゃ(自称の)名が廃る!

一瞬クラリと視界が揺れたことも忘れ、スタートの合図で横一列が一斉に飛び出した。

泳ぎながらチラチラ見える征ちゃんに離されないよう懸命に手足を動かす。そしてふと、脳内がふわふわする感覚に襲われた。くるりと反転した視界に空が映って、そのまま水の中に沈んで空が遠くなって…ああ、人ってこんな単純なことでも死ぬんだな、朝ごはん食べたかった。なんて思ってそこで意識が途切れた。
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