はいかYES [ 1/2 ]


「名先輩、これどないしたらいいですか?」
「それも体育館倉庫に持ってくやつやわ」
「了解です、じゃあ田中と運んどきますね」
「よろしくー、んで、私はボールのカゴと救急箱に…」


手元の紙を見ながら指示を出し、自分も荷物を運ぼうとバスに向かう。

今日から私の中学校の男子バスケ部は合宿なのです!強豪のウチには専属のバスがあり、それで毎回移動する。選手の皆が自分の荷物を部屋に置きに行った間に、私達マネージャー陣は練習で必要な道具を体育館まで運ぶ。


「重っ」


バスから荷物を引きずり出して持ち上げる。一気にいろんなものをいくつも持って、がに股になりながら体育館まで行くと、もう既に何人かの選手が集まっていた。


「あー女の子がそんな重いもん持ったらあかんわ、ほらワシがもったるさかいに」
「えっでも、」
「ええからええから」


重そうに運んでいた用具を気遣って1つ上の3年生の今吉先輩が声をかけた。…かけられたのは私ではない。運んでいた後輩である1年マネの二人はオロオロと困っている。


「ちょっと今吉先輩、女子に近づかんとって下さいよケガれる!」
「なんや先輩に向かってその口の聞き方は」


カゴをボンッと広げて後輩と今吉先輩の間に挟む。


「この子ら清純なんやから、今吉先輩みたいに腹の中ドロドロの人に近づかれて汚染されたくないんです」
「オイ、さっきの言葉更に酷くしただけやんけ」
「仕事ないんやったらハイ、このカゴ持ってって下さい」


無理矢理グッとカゴを先輩に押し付けて、後輩を手伝う。


「お前自分でやれや!」
「私は今忙しいんで。さっ、行こ行こ」
「えっ、名先輩いんですか?」
「ええからええから」


後輩二人が唸りながら少しづつ運んでいた用具に手を添えてひょいっと持ち上げる。


「「えぇっ!?」」


急に負担が軽くなった二人が驚いて私を見た。


「あんたらも1年運んでたら慣れるわー」ハハハ、と笑う私に今吉先輩が


「ゴリラ女」


と呟いた。私は近くに転がっていたボールを拾って思いきり顔面に投げつけた。ガシャーンッ!!と体育館中に聞こえる音が鳴り響いて、静まり返る。


「…っ」
「名先輩!!」



引き続き三人で用具を運び、倉庫まであと少し、というところで後方を持っていた田中が蹴躓いて手を滑らせ、落ちた用具は私の右足に直撃した。突然の激痛にうずくまった私を二人が囲む。


「先輩!ごめんなさいっ私っどうしよっ…!」
「とにかく医務室に!」
「う、うん」


慌てる1年二人の肩にポンッと手を置く。


「ごめんごめん、大げさに驚いて!全然大丈夫やから気にせんといて」
「でも…足が」
「ほんまかすっただけだから大丈夫やってー」


正直、立つどころか今の座りこんだ状況でも右足の痙攣が止まらない。

合宿はまだ始まってすらいない。マネージャーは私とこの二人の三人。ここで合宿未経験の二人に任せるのはどう考えても酷すぎる。どうにかしてこの合宿を乗りきらなければならない。心配そうに見つめる二人をもう一度見あげた。…全神経を右足に集中させる。

気合い…入れろ…!!!

グッと眉間にシワを寄せたのを二人には見られないようにうつむきながらスッと立ち上がる。


「ほーらこの通り!なんともないから、な?あ、それよりもうすぐ練習開始時間やから急がなあかんで!私ちょっとバスから取ってくるもんあるからここ任せてええ?」
「あっ、はい」
「ん、じゃ頼んだ」


その場から出来るだけ不自然にならないように歩いてバスに乗り込む。バスのドアをきっちり閉め、一番前の座席に座る。


「〜〜〜〜〜っあぁっ…!!」


声にならない叫びをバスに反響させた後、深呼吸をして、ゆっくり靴と靴下を脱いで右足を確認すると指が真っ赤に腫れ上がっていた。


「あーあ、こら折れとるな」
「なっ!?」


止まらない冷や汗を拭う余裕もなくボタボタと床にこぼしながら下を向いて浅い息を繰り返していると、急に視界の端に足が見えた。バッと顔をあげる。


「い、今吉…先輩」
「自分アホやなぁーこれ絶対折れとるで」
「なんでここおるんですか、どないして」
「普通につけてきて普通に入ってきたワシに気付かんほど痛かったんやったら、強がっとらんとさっさと病院行った良かったのに」
「普通につけてって…」


おかしいでしょ、と言おうとしたけど今吉先輩が私の右足を掴んで痛みのせいで短い悲鳴に変わった。


「とりあえずテーピング巻いたるからちょっと我慢しとけ」


今吉先輩はいつの間に取ったのか、救急箱にあったはずのテーピングをポケットから取り出してビッと伸ばしてグルグルと手際よく巻いてくれた。
「はい出来たで!」
「ありがとうございます」


今吉先輩は一度立って体を伸ばしてから私に背を向けてしゃがんだ。


「あの…?」
「おんぶや、おんぶ!そんな足で歩けんやろ。顧問の車まで運ぶからはよ乗れ」
「いやいやいや、え!?私重いんでダメです!それにあの誰かに見られたら恥ずかしいです!」


全力でブンブン手を振って、テーピング巻いてもらったから一人でも…と立ち上がりかけた私の腕を引っ張って無理矢理背中に倒れ込ませた。


「ふげ!」
「言うとくけど、ワシ素直に言うこと聞いてくれる女の子の方が好きや…でっ」
「わっ」


のっかかった私の足に手を回して先輩は立ち上がってなんとも意味深な微笑みを浮かべそう言った。


「別に私に先輩の好み宣言されましても…関係ないんですけど」
「はぁ?名、ワシのこと好きなんやろ?」
「…はああああああ!?なんですかそれ!いつ誰がそんな天変地異みたいなこと言ったんですか!」
「天変地異て…ワシが女の子に近付く度に牽制かけよったからてっきりワシのこと好きなんやと思ってたんやけど?」
「深読みしすぎておかしなことになってますよ先輩」
「なーんやワシの勘違いかー」


バスから出て歩く先輩が、普段ほぼ開かれていない目をうっすらと開いて、切なげに空を見上げた。もしかして…傷つけた?


「先ぱ…」
「チッ、名に男近寄らんように牽制しとったのになんでワシ好きになってへんねん…」
「…はん?」


舌打ちをしてそう言った先輩は心底不思議そうに、なんでなんやろなー予想外や…と首をかしげた。


「ちょっと待った!何してくれてんですか!バスケ部員が皆なんか私にだけよそよそしいのはそういうことなのか!」
「それは名が嫌われてるだけちゃう?」
「ええええええ」
「ははっ、うそうそ」


ガクンと体から力を抜いた私を笑って、先輩は目を細めた。


「なぁ名」
「はい?」
「ワシ…高校は桐皇に行こ思てんねん」
「え…桐皇って」
「最近力つけてきた東京の学校や。やから卒業したらなかなか会えんくなるし、ワシとしては今の内に名、もらっときたいんやけど」


先輩の真剣な声色…ああ、本気で私のこと好きでいてくれてるんだ。


「も、もらっときたいとか急に言われても困りますよ…」
「…そうか。でも今答えて欲しいねんはいかYESで」
「拒否権なし!」
「ははは」


笑う先輩の横顔をチラッと見る。こういう冗談も、出来なくなると思うとすごく寂しい。

今、誰よりも離れたくない。


「…じゃあ、はい、で」
「え」
「はいかYESなんでしょ、だから“はい”で!!」
「ほ、ほんまか」
「…次聞いてきたら返事変えます」
「お、おぉ…すまん」


いつも嫌味ったらしく弧を描いている口が今はポカンと開いている。


実は結構前から好きだったとかは言ってあげない。










はいかYES


(てかはいかYESって…おっさんじゃないですか)
(落とすで)
(わあーすいません!)

20120918 →あとがき
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