クロッカス行進曲 [ 1/3 ]


「じゃあウチに来なよ!」


冗談半分の誘い。だから本気も半分。でも今時こんな誘いにのるバカな人間なんていないと思ってた。オレは断られると見越して「冗談に決まってるじゃないっスか〜」と受け流すのと「え〜来てくんないんスか〜」と拗ねる2パターンの用意をしていたから、名っちが「その手があったか!」と返答したのに、しばらく口をあんぐりして何も返すことが出来なかった。


「え、来るんスか…?」
「ダメなの?あ!もしかして部屋散らかってるとか?」
「そうじゃなくて名っち…」
「ん?」
「や、何でもないッス」


“彼氏いるのに”

喉まできていた言葉を飲み込む。この一言でやっぱ行くのやめるね、なんて展開はごめんだ。肩にカバンをかけ「じゃあ行きますか!」とこれ以上はない最高の笑顔で彼女に笑いかけた。だから彼女は気づかない。オレがどんな感情を抱いているかなんて。


「お邪魔しまーす。おぉ、ちゃんと片付いてる…!」
「見せらんないほど汚かったら冗談でも誘わないッスよ」


名っちは「へー」とか「ほー」とか言いながら目を輝かせて部屋をぐるりと見回した。やがてある一ヶ所でぴたりと視線を止めそこに駆け寄った。


「立派な本棚。…エロ本探してやろー」
「ないっスよ」
「えー」
「普通そんな目立つとこ置かないから」
「なるほど!ベッドの下か…へへへ」
「そこ掃除してないから虫いるかも」
「ぎゃあああああああああ!!!」
「あははは、驚きすぎでしょ!」


制服の短めなスカートを履いてるのに、膝を立てお尻を突き出すようにしてベッドの下を覗こうとしたこの女を本当どうにかしてほしい。狙ってるなら興ざめして見て見ぬフリで終わるけど、名っちの場合そうじゃないから困る。ベッドを寄せているのとは反対側の壁までずざざざざっと高速で下がった名っちへ、帰りしに買ったジュースを注いだグラスを手渡した。


「冗談ッス。ちゃんと掃除してるッスよ。でも、名っちだって見られたくないものあるでしょ?だからあんま人ん家荒らしちゃダメ。分かった?」
「はーい、ごめんなさい」
「分かればよろしい。早速勉強始めよっか」
「あ、その前にお手洗い借りていい?」
「玄関横ッス」
「ありがとう!」


たたた、と小走りでトイレに向かった彼女がバタンと扉を閉めたのを確認して立ち上がる。掛け時計を壁から取り電池を抜いて壁に戻した。小物入れから腕時計を取って左腕につける。座り直した頃に名っちが帰ってきて、テスト勉強を始めた。


「名っち、ここなんスけど…何回やっても答え合わないんスよね」
「どれどれ…むむ、黄瀬氏ここの計算が間違っているでござるよ。ここはこの公式を使うと良いである」
「ほんとだ。つか何キャラスかそれ」
「頭の固そうな大学教授!」
「…」
「え、やだスベったことにしないで!ちょっとは笑ってよ!」
「はっ」
「求めてるのと違うんですけど!」


名っちらしい意味不明なギャグセンスは今に始まったことではない。いつも通り華麗にスルーしてまた勉強へと意識を戻す。左手でノートを押さえるフリをして腕時計で時間を確認する。もう夜の11時過ぎだ。今からでは電車は間に合わない。


「名っちそう言えば時間大丈夫ッスか?」
「今何時…え、あれ、あの時計…?」
「…うわっ、どう見ても止まってるッスね」
「えええ!?私何回も確認したのに気付かなかった!」
「オレも集中してて全然…あ!名っち携帯で時間!」
「そ、そうだね!…23:10…完全に家までのルートの電車間に合わない…」
「困ったッスね、他にタクシー以外ないけど結構かかるし………泊まってく?」
「え!いいの!?」
「どうせ明日土曜で学校ないし、部活もテスト休みだからオレはいいッスけど」
「わぁ…、黄瀬くん神!仏!デルモ!」
「なんかバカにされた気がする…」
「そんなまさか!」


“神”なんかじゃない。あえて言うなら“悪魔”だ。悪知恵を働かせてまんまと自分の思い通りのシナリオを名っちに演じさせているんだから。


「よし、せっかくだからオールナイト勉強会だ!」
「やるんなら一人でどうぞ。オレはパース」
「黄瀬くんの薄情者!」
「野宿したいんスか?」
「神にも睡眠は必要ですよね!どうぞ存分に体をお休めくださいませ!」


それから暫く勉強を進めていると、名っちがシャーペンを顎に当てうんうん唸っているのが視界に入った。


「どうしたんスか?」
「これ、全っ然分かんない」
「んー?なんスかこの問題。こんなのやったっけな…」
「今やってるとこの応用の応用みたいなんだけど…強敵だ。聞いてみようかな」


携帯を取り出した名っちにぴくりと肩が跳ねた。


「聞くって…誰に…?」
「笠松先輩。あ、でも先輩この時間だとお風呂入ってるよなー」
「いんじゃないスか?聞いてみれば」
「でもこんな時間にかけて怒られると怖いし、やっぱ月曜に学校で…」
「いいから!…かけなよ」
「?うん、分かった…」


最後のチャンス。

オレが理性を保つための最後のチャンスですよ、笠松先輩。
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