はらはらと零れ落ちる涙に美しさを覚えたのは初めてのことだった。透明感のある瞳に引きこまれるような感覚を覚えて息を呑んだ。ドフラミンゴが、誰だかわかるか、と問いかけた。知らない、と紙に書こうとした瞬間、少女が口を開いた。

「ドフィの、実の弟、ロシー。ドンキホーテ・ロシナンテ」

 ドフラミンゴの大きな手が小さな顔を覆った。そうっと壊れものを扱うかのように、鼻と口を覆わないように、涙する目を覆った仕草に驚いた。

「・・・そうだ。ロシーは俺の実の弟だ」

 優しく抱き上げたドフラミンゴに呆然とする。

「コラソン、お前が子供嫌いなのはわかっているが、こいつには手を出すなよ」

 わかったな、と今まで感じたことのない圧に、ごくりと喉が鳴った。わかった、と書いた紙を持つ手が僅かに震えた。



守りたい君は





 ユカリという少女は、過去や未来が見える能力者だ。しかし、その能力はまだ上手く使えていない。見たくもないのに見えたり、見たら異常に体力を消耗したりと、利益よりも不利益の方が今のところ多いようだと、ドフラミンゴは説明した。
 俺は肝が冷えた。過去が見える。つまり、俺が海兵であることを、あの少女は知っている可能性が高いということだ。ドフラミンゴに抵抗することなく、むしろ甘えるように肩に顔を埋めた少女は、ドフラミンゴを慕っているのだろう。だとすれば、別行動をしていたが故に後から来た俺よりもドフラミンゴが優先されるはずだ。どうするべきか。どうすれば、あの少女を守り、自分の任務も遂行出来るだろうか。
 しかし、意外なことに翌日の朝食も普通にドフラミンゴは、おはよう、と挨拶し、ファミリーで飯を食った。毒を入れられている可能性も一瞬頭をよぎったが、朝飯はいつも通りだった。そして、いつも通り俺は熱すぎた飲み物を俺は噴き出し、タバコにつけようとした火をジャケットにつけた。
 いつもと違ったのは、ユカリが俺の噴き飛ばした飲み物を拭き、ジャケットが燃えた時には、慌ててその火を消すように濡れタオルを持ってきて俺に被せたことだ。

「フッフッフッ、そんな甲斐甲斐しく世話してやるなんて、妬けちまうな」

 ドフラミンゴの言葉にユカリはきょとんとして、首を傾げた。

「ドジしてないのに」
「そんなドジ、俺はしねぇよ」

 さりげなく貶されているが、ドジっ子なのは否定出来ない。ユカリの視線が俺へ戻った。

「コラソン、火傷してない?」

 じっと見つめる目は、真っ直ぐで悪意がない。心配するような眼差しだ。

「大丈夫だ、ユカリ。コラソンにとっちゃ、いつものことだからな」

 それより、と食事を終えたドフラミンゴが呼ぶと、俺を見つめていたユカリが離れていった。まさか、俺の過去をドフラミンゴに話していないと言うのだろうか。

「はっ!今日こそユカリと遊ぼうと思ってたのに!」
「若様が呼んだから、今日は遊んでもらえないだすやん」

 二人が自室へ向かうのを見送り、側に居た子供二人を投げ飛ばして、どうしたものか、と息を吐いた。
 ことを急いてはよくないだろう。俺はしばらく様子を見ることにした。ユカリは年のわりにとても大人びている。人の記憶を見るせいか、どこか達観したところがある。ベビー5には甘く、意外なことにドフラミンゴと俺以外の大人にはあまり気を許していないようだった。言葉数は少なく、表情も豊かとは言えないが、ドフラミンゴと俺の前ではそれが柔らかくなる。
 そして、さらに驚いたのは、ドフラミンゴの態度だった。あの生まれながらの悪の申し子であり、自分のことしか考えていないような男が、利用するためとは言え、ユカリには甘いと言えるほどの特別扱いを隠そうともしない。

「ユカリの前では、殺しは最低限にしろ」

 ある日、あのドフラミンゴが、そうファミリーに告げた。当の本人は高熱を出し、部屋のベッドで寝ているらしい。ドフラミンゴの言うことは絶対だ。全員がそんな珍しい指示を受け入れた。じっと俺が見つめるとドフラミンゴは口角を持ち上げて見せた。

「不満か?」

 答えずにいると、フッ、とドフラミンゴは笑った。

「ユカリは優しすぎるからな。心が壊れちまって、使えねぇのは困るだろう?」

 やはりこの男は悪でしかないのだ。ポケットに入れていた手で拳を握った。


「今日はロシーしかいないんだって」

 ユカリの言葉にぎょっとした。弱いユカリを一人で拠点に置くことをドフラミンゴは良しとしなかった。つまり今回の留守番は俺になったということになる。それでは出掛けられないではないか。センゴクさんへ連絡を入れようと考えていたのに。ユカリは本のページをめくった。そういえばユカリがここで本を読むのは珍しいと、ふと思った。本から顔を上げ、綺麗な目が俺を映した。

「・・・出かける必要があるなら行って大丈夫だよ。最近はここに来る、むてっぽうなやつ、いないし」

 気を遣われている。何故だかそれが無性に悲しかった。ユカリが妙に大人びているのは、人の過去を見ているからだろう。あらゆる過去は悲しく苦しいものも含まれる。その相手の痛みを知っている。

「え?私も?」

 でかけるか、と書いた紙を見て、ユカリはきょとんとした。子供らしい表情に、ふ、と口角が少し上がった。頷いて見せると、うん、嬉しい、と目を細めた。

「サイレント」

 クレープを買ってやると、ユカリは嬉しそうに笑った。それを持ったまま、東屋の下で二人だけの空間を作った。無音になったことにユカリは驚く様子を見せずに、静かに目を伏せた。

「おだやかな、いい能力だね」

 ロシーにぴったりだ、とまるで俺をよく知っているかのように告げた。ユカリは、ぱくりと一口クレープを口に含んだ。

「ドフィは知らない」
「ああ」

 頷くと、やっぱり似てるね、とユカリは微笑んだ。俺が話せることに、やはり驚かない。顔を僅かに顰めると、二人とも素敵な声、とユカリは説明するように言った。

「何故、話さなかった?」

 一番聞きたかったことを聞く。ユカリは一瞬驚いたようにすると、少し悲しそうに微笑んだ。

「兄弟喧嘩して欲しくない」

 俺が海兵だと知られたとき、起きるのは喧嘩ではない。殺し合いだ。それを理解して、ユカリは黙っていたのだろう。

「何故ドフラミンゴの側にいる?」

 俺の問いにユカリは苦笑いを浮かべた。

「ドフィは、私を救ってくれた」

 それはお前を利用するためだ。人を人とも思わない、そんな人間の道具にするためだ。あの男の残虐性がこの少女にはまだ見えていないのか。やはり洗脳されているのだろうか。他の連中のように、あの男を崇拝しているのだろうか。

「ドフィは、私を大事にしてくれてる」

 大事と呼べるのだろうか、道具にするために喜ばせるようなことをするのは。しかし、一つだけ確かなのは、幼い頃ですら見たことないほどにドフラミンゴはユカリを特別扱いしていることだ。

「それに私もいい人じゃないよ」

 クレープの最後の一口を口に入れて、ユカリは言った。その真意を探るように見ると、まるで罪を懺悔するように俺から視線を逸らした。

「他人の死の上に、私は生きている」

 思わず息を呑んだ。ユカリは理解していた。自分の安全は、他の人間の犠牲の上で成り立っていることを。ドフラミンゴに殺される人間がいることを理解し、それを止めることが出来ない自身はそれに加担しているのだと。まだ幼いはずの少女はそう認識しているのだ。ギリッと奥歯が鳴る。

「違う。殺していない人間のことで、お前が責任を感じる必要はないんだ」

 思わず細い腕を掴んで言うと、ユカリははっと顔を上げた。泣きそうな目をしているのに微笑んでみせた。

「ロシーも優しいね」

 その言葉に、戸惑い、言葉に詰まった。

「私は離れられないよ」

 きっぱりと、今まで聞いたことがないほど意志の強さを示した声に、俺は鈍器で殴られたような衝撃を感じた。

「一緒にいたいの」





2023/02/03

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