「ほら、ユカリ」
「ジュース?ありがとう、ゾロ!」

 礼を言いながらユカリは俺に飛びついてきた。俺の首にぶら下がるような状態になり、そっとその体を支えるように腕を回してやる。

「相変わらず軽いな」

 そう言うと、ユカリはムッと頬を膨らませた。

「背は先月よりも一センチ伸びたよ!」
「もっと筋肉つけろ。肉も食え」
「わかった。サンジに肉頼む」

 ユカリは、素直に俺の言葉に頷いた。軽いと言ったものの、出会った頃よりも重くなった体は随分健康的になったものだと改めて思う。



剣士の見守る初恋





 金が尽きそうになり、まあまあな額の賞金首が上陸したのだと言う噂を耳にして、停泊している船に足を踏み入れたのが全ての始まりだった。

「おい!ガキ!出て来い!」

 俺が剣を向けた海賊が叫んだ。すると船内から小さな子供が出てきた。足枷を付けた、ひどく痩せた子供だった。警戒する獣のように低く位置で臨戦態勢を取る子供は、俺を殺せと指示する男へ視線を向けることもなく、真っ直ぐ俺を見た。子供とは思えないほどの殺気に、まるで野生の獣のようだと思った。

「海賊でも海軍でも関係ねぇ!そいつは命じられたまま殺す、殺戮犬マーダー・ドッグだ!ゲヘヘヘ!」

 下品な笑い声に舌打ちする。まだ小さな子供をいいように扱うなんざ外道以外の何者でもない。子供が足に力を入れるのがわかり、剣先をそちらへ向け構えた。一瞬で飛び上がった子供の手にはギザギザしたナイフがあった。それを受け止めた瞬間、子供の目が大きく見開いた。すぐに後ろへ飛び退いた子供からさっきは消えていた。

「おい!クソガキ!何やってんだ!」

 叫ぶ賞金首の声はまるで聞こえていないかのように子供は俺を見つめたまま呟いた。

「ころしてくれるの?」

 不愉快極まりない質問に俺は答えず、賞金首へと剣先を向けた。

「ころしてくれないの?」

 賞金首を拘束した後、子供が俺の後ろから問うた。

「俺は人殺しじゃねぇ。そこの賞金首を狩りに来ただけだ」

 小さな手が俺の腹巻きを握った。舌打ちして手を離すように促そうとした瞬間、真っ直ぐ俺を見る眼に俺は口を閉じた。

「おれ、どうなるの?」

 知るか。

「そいつらに捕まってたなら、これで晴れて自由の身だろ。好きにすりゃあいいじゃねぇか」

 俺の言葉に子供は瞬きを一度ゆっくりとした。

「ついてく」

 じっと俺を見つめる眼に、俺の口は考えるよりも先に答えていた。

「好きにしろ」

 それから雛鳥の刷り込みのように、ユカリと名乗った子供は俺のあとをついてくるようになった。

「・・・お前、女だったのか」
「うん」

 風呂に入れようとした時、初めてユカリが女だと知って驚いた。とりあえず風呂に入れないとどうしようもないので、まあいいか、と体を流して湯船に突っ込んだ。

「そういえば、お前いくつなんだ?」

 行動を共にするようになってしばらくしてから、ふと思いついた疑問を投げかけた。むしろ知っているのだろうか、と思うほど、ユカリには色々な知識が欠如していたが、あっさりと答えが返ってきた。そして、その答えに驚愕した。うんと年下の子供だと思っていたら、二つしか違わないと言うのだ。嘘だろ。思わず零しそうになった言葉を飲み込んだ。肋骨が見えるほど痩せていたことを考えれば、成長に必要な栄養を与えられていなかったのかもしれない。よく死ななかったものだと改めて思った。



「あとは牛乳だな」
「牛乳も飲む」

 思ったよりも成長したい気持ちがあるらしい。ユカリは真剣な表情で再び頷いた。これでもユカリは出会ってから随分と成長した。たくさん飯を食わせたからなのか、肋骨は見えなくなり、胸の膨らみも出てきて、子供と言うよりも少女と呼べるようになった。ルフィと一緒にはしゃぐ姿は、どちらもガキとしか言いようがねぇが。

「昨日も肉食べたし、牛乳も飲んだよ」

 ユカリはニッと歯を見せて笑った。随分と表情も豊かになったものだと思う。二人で居た時も笑ったりするようになったが、海賊になってからは顕著だった。

「お、ゾロ、帰って来られたのか。珍しいなー」

 カチンと来るが、おかえり、とニッと笑顔を見せたルフィに、おう、と返した。ルフィの視線は俺の首からぶら下がるユカリへ向いた。

「ゾロ、俺のは?」
「ねぇ」
「えー」

 ユカリが手にしているジュースを見たルフィは、俺の返事に唇を尖らせた。パッと首に回っていた腕が離れ、ユカリは甲板に足をつけた。

「ルフィ、一緒に飲もう」
「いいのか?!」

 目をキラキラさせたルフィにユカリは、もちろん、と頷いた。

「グラス取りに行こ」
「おう!」

 ルフィはユカリの手を取って、二人は仲良くキッチンへと走っていった。

 思えば、ユカリはルフィには初めて会った時から心を許していた。捕まった俺を解放したことは大きな要因だろうが、元々強い警戒心を持っているユカリがそれを露わにすることがなかった気がする。

「はーい、ユカリちゃーん、おやつのクレープですよぉ!」

 エロコックがそう言うと、ユカリは目をキラキラさせた。

「ありがとう!」

 ユカリはエロコックに飛びついた。最初の頃は警戒していた相手も、仲間になればユカリは警戒心を解いた。コックの場合は、餌付けされた、と言うのが正しいのかもしれない。

「レディのためならいつでも用意するよ!」

 エロコックがそう言うとユカリは嬉しそうに、やった、と声を上げた。ぐーんと伸びた腕がユカリをエロコックから引き剥がした。

「ユカリ、俺も食うぞ!」
「あ!ルフィ、てめぇ!折角ユカリちゃんがハグしてくれてるのに何すんだ!」

 ルフィはエロコックの言葉を無視して「クレープ好きだもんな、よかったな」とユカリに話しかけている。腕で自分をぐるぐる巻きにしたルフィにユカリは大きく頷いて笑った。すぐに腕は元に戻り、ルフィはユカリを横抱きにした状態になった。ユカリはルフィの首に腕を回し、ルフィは目を細めた。

「ルフィも一緒に食べよ」
「おう!サンジ!俺のは?」

 催促する船長に溜息を吐いて、お前の分は中だ、と指した。

「やったー!おやつだー!」

 ユカリを抱き上げたまま、ルフィはダイニングへ走っていった。

「なーんで、ルフィの奴、俺にユカリちゃんがハグしてくれる時は引き剥がすんだ!」

 クソ、と不満そうにコックが呟いた。お前がエロコックだからだろうが。頭に浮かんだ答えは口から出ていたらしく、なにぃ、と怒り出した。ダイニングから、サンジはやくー、とルフィの声が聞こえてきた。チッと舌打ちして、コックはダイニングへ足を進めた。
 ふとユカリが俺に抱きついているときにルフィがユカリを引き剥がすことがないことに気が付いた。

「へえ」

 自然と口角が上がる。単純で食欲と冒険欲しかないようなガキに見える割には、一丁前に嫉妬心があるらしい。そして、俺はその対象にはならない。船長からの厚い信頼を得ている事実と、ユカリを大切に思っていることに、俺は一人満たされ笑った。




2023/01/04






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