個性的な麦わらの一味の面々の中で、唯一特筆すべき点のなさそうな、面白味もなさそうな普通な人間だった。曲者揃いの一味の中でそれはそれである意味個性的なのかもしれないが、大した戦闘力もなく目立たない女と大した言葉を交わしたこともない。せいぜい飯が出来たとか、雨が降るから中でおやつにするだとか、他の奴らの伝言ばかりだった。
 それなのに、なぜ。
 赤く温かい鮮血が目の前で飛び散り、頬にかかった。数秒前に俺を呼んだ口からは痛みを堪えるような呻き声が漏れている。苦痛に歪む表情を初めて見た。ざわざわと身体中の毛が立ち上がるような感覚に鬼哭を抜いた。



持て余した苛立ち





「びっくりしたぞ、ユカリ!」
「心配掛けてごめんね」

 青白い顔で、手当てしてくれてありがとう、と女は笑った。不満そうに頬を膨らませた麦わら屋が手当てしたのは俺だと説明すると、女の視線が俺へと移った。

「ありがとう、トラ男くん」

 それは俺の台詞だろう。眉間に力が入る。へらりと笑う女に、何故だ、と問うた。

「何故庇った?」
「え、体が動いちゃったから?」

 首傾げながら女は質問に質問で返した。

「お前は戦闘要員じゃないだろう」

 それなのに、何故。一瞬女の体が強張った。しかし、すぐに口角は少し上げたまま困ったように眉尻を下げた。

「仲間が危ない目にあってたら助けるでしょう」

 まるで当然のことを言うように女は言った。俺はお前らの仲間ではない、と言う言葉は口から出てこなかった。悪かったな、と小さく言うと、ふふっ、と女は笑った。

「私の気まぐれ、、、、だから」

 だから気にしないでください、と微笑む顔が眩しく見えて、帽子のつばを指先で少し下げた。

 それから何故か自然と女に視線が向くようになった。いつも一味の輪を一歩引いたところで微笑んで見ている。女の表情はいつも穏やかで柔らかい。

「ルフィ、魚群が来てるよ」

 麦わら屋は、本当か、と興奮したように船首から甲板へ降りた。その勢いで鼻屋を呼んで釣りをしようと騒ぎ出した。鼻屋も乗り気のようで、よーし、と釣り竿をトサカ屋に用意させた。トサカ屋は嬉々として、まさか先輩方と釣りが出来るなんて、と涙を流していた。

「トラ男!釣りしようぜ!」

 麦わら屋がニコニコと俺の前まで首を伸ばしてきた。断ると不満気に唇を尖らせた。

「てめぇらだけでやれ」
「なんだよー。ユカリが魚群を見つけたんだ。絶対釣れるぞ!」

 睨みつけるように見るが、麦わら屋は当然怯まない。

「大体何も見えてないのに魚群がいるかなんかわからねぇだろ」
「スッゲェ耳がいいからユカリはわかるんだ!ユカリが魚群がいるって言った時に釣れなかったことがないんだぞ!」

 自慢気に麦わら屋が言う。そこで俺はやっと理解した。ナミ屋よりも戦闘能力が低い女が何故ドレスローザに上陸するメンバーになったのか。当初、船に残るメンバーに入れた俺に、ユカリも連れてこう、と麦わら屋が言い出した。調べ物が得意だから、と言う奴に俺は怪訝に思いながらも了承した。実際町の様子を見ながら、ここの下に地下通路がある、王宮の下に大きな空間がある、と見えていない部分の話をした。すごく耳がいいと麦わら屋は言うが、能力者なのか、見聞色の覇気が使えるかの、どちらかだろう。逃げ道やらを王宮への道を見つけるのに助かった反面、結果としてかなりの傷を負わせることとなった。

「やったー!釣れたー!」
「お、俺も掛かった!」

 次から次へと釣れた釣れたと騒ぎ出した。魚群は本当に近くに来ていたらしい。知らせた当人は釣りをせず見守っている。麦わら屋が二メートル程ある魚を両手で持ち上げて見せた。よしよしと褒めるように女の手が麦わら屋の頭に触れる。鼻屋も鼻高々に釣果を見せた。女はパチパチと小さく拍手した。女が声を掛けたようで、トサカ屋は魚を抱きしめながら涙を流した。トサカ屋のクルー達が釣り上げられたそれらをキッチンへと運び始めて、夕飯の支度が始まるようだった。
 航海士のいない船で、女が航海士の代わりを務めた。大した航海術は持ち合わせていないと本人は言ったが、悪くはなかったように思う。ベポのようにはいかないのは致し方ないことだろう。雹が降ったり多少のハプニングはあったが珍しいことではない。補給の為に島に寄ることになり、女が導いたのは幸運にも物資が比較的豊富な町のある島だった。島だー、と大騒ぎする麦わら屋は、あっという間に船から飛び降りた。苦笑を浮かべた女にニコ屋がニ、三、声を掛けて、鼻屋とロボ屋と麦わら屋の後を追いかけた。

「どこに行く」

 てっきり船に残るのかと思っていた女が島に足をつけるのを見て問うた。

「買い出しに?」

 語尾を上げつつ首を傾げる相手に、眉間に皺が寄った。舌打ちをして、早くしろ、と歩き出す。女は一瞬驚いた顔を見せると、微笑んで隣を歩き出した。

「・・・一人であの量の荷物を持つつもりだったのか?」
「バルトロメオくん達に会わなかったら、行ったり来たりするつもりでしたよ」

 自分が怪我人だと言うことを忘れているようだ。言っていた通り買い出しに出てきたらしく、足りなくなっていた食材や日用品を購入した。結構な荷物を持とうとした手から奪うように取り上げると、タイミングよくトサカ屋の仲間が通りかかり、女に声を掛けた。船へ持って行ってやれ、と女の代わりに持っていた荷物を押し付けると、不満そうな顔を向けられたが、こいつの頼みだと言えば、皆手のひらを返したようにヘラヘラと、喜んで、とその荷物を受け取って行った。

「あ」

 ぽつりと呟いた相手の視線の先を見ると、カフェがあった。傷もまだ癒えていない。そろそろ疲れてきたか。しっかりと視線を辿ると、オープンテラスで食事をしているところを見ているようだった。

「・・・入るか」
「え?」

 相手の答えを聞くのも面倒で店に足を踏み入れた。席へ案内されてメニューを見はじめると、ふわふわと花が舞いそうな空気を纏い出す。まるで少女のような雰囲気に、頬の筋肉が緩みそうになる。店員にオーダーを伝える。甘いものでも頼むのかと思えば、食事を頼んだことに内心驚いた。それならば、と俺も肉料理を頼んだ。

「お腹空いてたの、わかっちゃいました?」

 恥ずかしそうに言った。別にそういうわけではなかった。ただ休憩したいのかと思っていただけだ。

「熱心に見ていたからな」

 揶揄うように言えば、頬に赤みが増した。

「お待たせしました!」
「美味しそう!」
「美味しいですよー」

 初めて見る、にこにこと店員と話す姿は新鮮だった。無口なわけではないが、一味と居るときは聞き手になっていることの方が多いように見えた。

「美味しい」
「よかったな」

 ステーキ肉を切って口に放る。その目が俺を捉えて、ふと細くなった。緩んだ口元の口角は上がっていて、ふふっと小さく空気を吐いた。その表情に少し落ち着かない気分になった。麦わら屋達に向けられる慈しむようなあの視線を。どこか望んでいたはずのその視線を向けられたというのに。満足するどころか、少し苛立ちすら覚える。


「ユカリー!」

 船に戻ると、麦わら屋が船首から呼んだ。何度か名前を叫ばれた女は甲板へ出てくると、はいはい、と駆け足で麦わら屋の方へ向かった。どうしたの、と女が聞く前に麦わら屋は腕を伸ばし、抱え込んだ。抵抗する気配は全くない。すんなりと麦わら屋の胡座をかいた足の真ん中に収まっているようだ。
 少しすると、鼻屋が船首の二人に声を掛けていた。鼻屋は何か文句を言っているようだった。そんな二人を気にも止めず、麦わら屋は遠くを指差して何かを女に聞いて、女はそれに答えているようだ。鼻屋は船室へ入って行った。
 しばらくすると、麦わら屋は女を下ろしてやった。こちらへ歩いてくる女が俺に視線を向けた。

「随分と仲がいいんだな」
「そうですか?そう見えるなら嬉しい」

 俺の言葉に一瞬きょとんとして、言葉通りに嬉しそうに笑った。なんとなく面白くなくて、ふんと鼻を鳴らす。

「だが痛みを堪えるのはやめておけ」

 はっと目が大きく見開く。動揺したように視線が揺れた。口角を少し上げたまま。

「そ、んなことは」

 誤魔化す気なのか。苛立ち、ぐっとその腕を取って引き寄せる。ぎょっと再び大きく開いた目が俺を見た。

「俺を誰だと思ってる」

 医者を誤魔化せると思うなよ、と言えば、降参するように、ごめんなさい、と謝罪の言葉を口にした。

「でも、もう大して痛くないんです」

 気に入らねぇな。得体の知れない、この落ち着かない気分も。俺へ向けられる、一味に向ける笑みと変わらない微笑みも。何かを隠すために浮かぶ苦笑も。何もかも、気にいらねぇ。誤魔化すような言葉を吐く唇を塞いでやろうか。そんな衝動を抑え、俺は引き寄せた腕を開放してやった。

「バラされたくねえなら、俺に嘘はつくな」





2023/03/27





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