「随分騒がしいね」
「ユカリ!」

 城の奥から滅多に出てこない人物の登場にジョーラは顔を顰めた。コラソンの裏切りから目を閉ざしたユカリは、ハートの椅子に繋がれているローを昔から特別扱いしていた。自身を脅しに使おうとし、ドフラミンゴに刃を向けたローをジョーラは許せなかった。海楼石で繋ぐように命じたドフラミンゴが信じられなかった。自身の若が退席している間にジョーラは、裏切り者には死を与えるべきだとグラディウスやベビー5に言っていた。グラディウス達は賛成したが、ベビー5は口籠もった。だが、ユカリがスートの間に現れたことにより状況が変わってしまった。ユカリはドフラミンゴの特別である。最高幹部達と同じ名で呼ぶことを許し、自身の女王と呼ぶ。表舞台に立たせることはあまりなくとも、その意見は最高幹部と同等であると言っても過言ではない。
 突然現れたユカリに海楼石の錠でローを繋ぐように命じられた兵士はひどく緊迫した空気に冷や汗が流れるのがわかった。

「アナタ、何のつもりざます?ユカリ!」

 ハートの席に海楼石で繋がれたローに気付いたユカリは息を呑んだ。傷だらけの姿に眉間に皺を寄せた。踵を返したユカリにジョーラはどこへ行くのかと問うた。

「手当てをする為に救急セットを」
「そんなこと許されると思ってるざますか?!」

 裏切り者には死を。そう叫んだジョーラは次の瞬間ざわりと周辺の空気が変わったことに、ひ、と声が漏らした。まるで首元にナイフを当てられているかのような感覚を覚えた。

「私に指図しないで」

 聞いたことがないほど鋭い声音にグラディウスもバッファローも冷や汗が流れるのを感じた。怒る姿など見たことのなかったベビー5は、ユカリが怒っている、と泣くことすら忘れて唖然としていた。

「ドフィが本当に裏切りと判断したのなら、ここにローは生きて座っていない」

 違うかと問いかけるように睨むユカリに、ジョーラは唇を噛んだ。再び歩き出したユカリに、側にいた兵士が慌てて救急セットを取りに行くことを申し出た。

「いいの?ありがとう」

 女王の微笑みに兵士は、ハッ、と短く返し急いで退室した。



Look at Me





 コラさん、どうして。大丈夫だって言ったじゃないか。溢れる涙に溺れるように息が苦しかったが、宝箱の外で聞こえた声に一瞬涙が止まった。

「お別れを」

 ユカリ。呼んでもローの声はロシナンテの能力によって外に漏れることはない。宝箱の隙間から外を覗く。雪の中に倒れた大きな体の頭の横に座り込んだユカリの視線がローへ向いた。きらきらと輝く宝石のような瞳と目が合った。はっと息を呑む。しかし、ユカリの目はすぐにローからロシナンテへと向いた。まるでキスをするように顔を近づけた二人に、ローは再び目が熱くなり目蓋を閉じ、宝箱の蓋を閉じた。


 スートの間から人払いをしたユカリは、そっとハートの席の前に膝をつき、丁寧な手つきで消毒していく。本来は服を脱がして手当てするのが理想ではあるが、手錠で繋がれた状態ではそうするわけにもいかない。破けた服の隙間から丁寧に綺麗にしていく。ゆっくりと目を開き、床に膝をついてるユカリをローは見下ろした。

「ユカリ」

 ユカリの顔がローへ向けられた。

「久しぶりだね、ロー」

 先程とは打って変わって柔らかい声を紡いだ口元は緩く弧を描いている。自分の知っているユカリはこちらの方だとローは思った。記憶の中のユカリは遠くから物事を眺め、透き通るように美しい瞳を細めて、微かな笑みを浮かべている。だが今は、他に向けられることのない、自分をまっすぐ見つめる瞳は目蓋の後ろに隠されていて、そのことがひどく苛立たせた。しかし、ローは知っている。自身が望めばそれを見ることができることを。

「目を開けろ、ユカリ」

 ゆっくりと長いまつ毛が上へ持ち上げられる。慈愛の色を含む瞳がローを捉えた。変わらないその眼差しは、ローの騒ついた心をやっと落ち着かせた。きっと他の人間が目を開けるように言ってもユカリは聞かない。

「手」

 告げられた一文字にユカリは目を見開いた。そして、すぐに目を細めた。柔らかく温かい体温がローの首元に巻き付く。ふわりと甘い匂いが鼻に触れ、ローはその感触噛み締めるように目を閉じた。小さくなったな、と心の中で呟く。自分より少し大きいくらいだった体は、いつの間にか小さくなっていた。筋肉のついた自身の硬い体とは違い、脂肪のついた柔らかく丸みのある体だった。時の流れを改めて感じた。

「手当てなんかして。あいつに殺されるぞ」
「ドフィはそんなことしないわ」

 困ったようにユカリが眉尻を下げた。昔から変わらない親しげな呼び方にローは内心舌打ちした。

「ドフィにとって、ローも私も特別だもの」

 ローがそれを望んでいなくとも、と言うユカリにローは顔を顰めた。そうでなければローがとっくに殺されていることを二人はよく理解していた。グリーンビットで殺さずハートの椅子に縛り付けたのは、ユカリが味方になるよう説得することを期待しているのだろうか。ローはドフラミンゴの策略なのではないだろうかと疑った。ユカリならそんなことをしないだろうと思うと同時に、ドフラミンゴがユカリにそんなことを命じるとも思えなかった。よく知るからこそ、複雑な思いに苛まれた。

「俺はコラさんに救われた」

 静かに続きを待つユカリにはっきりと告げる。

「あの人の本懐を遂げる為にここに来た」

 俺と来い。そう告げたらユカリは自身を選ぶだろうか。目を伏せたユカリにローは奥歯を噛んだ。先程の態度で今でもユカリが自身を何よりも大切に思ってくれている自信があるが、ローにはその答えはわからなかった。

「そう」

 ただただ伏せられた目が気に入らなかった。




2023/02/23

「俺を見ろ」





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