「え、お、おい、ユカリ!」
「どうしたんだ、その花束?」
「きれいだね!」

 シャチとペンギンが頬を引き攣らせて問うが、ベポはニコニコと笑った。
 久しぶりに上陸した島はログが溜まるまで三週間ほど掛かると判明した。比較的治安のいい町なので、基本的に誰かと行動するように命じられているユカリも、今回は行き先を誰かに伝えた上で、昼間なら自由に行動する許可が下りた。しかし、買い出しに行くと言っていたはずのユカリが花束を持って帰ってきたとなれば、船に残っていたシャチとペンギンが驚くのも当然だった。

「お魚屋さんがくれたの」
「お花屋さんじゃないんだ?」

 ベポが首を傾げると、ユカリはニコニコと笑顔のまま頷いた。

「お魚屋さん、いい人なのよ。珍しいお魚も、安くしてくれるし、昨日のスープに使った貝もおまけだよってくれたの」
「へー!いい人だね!」

 それは明らかに下心がある。ニコニコと同意するベポと違い、ペンギンはどうするべきか、と自身の顎に手を当てて考える。
 ユカリは、ペンギン達同様、ハートの海賊団立ち上げ当初からのメンバーである。料理担当として乗せると話したローは、ユカリを常に側に置いた。それこそ少しクルーが増え、宴会に女を呼びたいと言い出す者が出てからも、ユカリを隣に座らせ、その肩や腰に手を置いた。しつこい商売女達もローがユカリを膝の上に乗せながら酒を飲めば、さすがに引き下がるしかなくなる。なので、ユカリはキャプテンの恋人、というのがクルーの共通認識であった。表情豊かでないローも、ユカリの前では表情が柔らかい。何より、本人は気付いていないが、髪の間から見える頸やツナギを脱いだ時に見える肩や背中に残された所有印を見ればクルーでなくともそう思うだろう。

「花束なんて初めてもらったから」
「でも、花なんて食べられないよ」
「ふふ、そうだね。食べられないけど、いい匂いがするよ」

 年頃の少女のようにユカリが笑うと、ベポは花束に鼻を近付けた。

「明日ランチしましょうって言われたの」
「えっ?それってデート?」
「お、お前、それは!」

 ニコニコと話すユカリに、ベポとシャチが驚く。
 ペンギンとシャチは、他のクルーと認識が少々違った。昔からユカリはのんびりとしていて、男女の機微に疎く、どこか子供のまま大きくなったようなところがある。それが自分達の知らないユカリの過去に原因があるのか。それとも、まだ十代のはじめの頃から海賊になり、世離れしたからそうなったのか。ペンギンには判断がつかなかった。ペンギン達にわかっているのは、ついていくと決めたキャプテンのローがユカリを大切に思っているということと、二人が明確な関係性を位置付けていないということだった。

「それはさすがにダメだろ!」

 シャチが大きな声で言うと、ユカリはきょとんとした。

「お昼ご飯ならちゃんと作っていくよ」
「違う!そうじゃない!」

 仕事はちゃんとすると言うユカリに、シャチは頭を抱え、ペンギンは溜息を吐いた。想いがあって、体の関係もあるのに、何故キャプテンは目の前の女にお前は恋人だと教えてやらないのか。原因は、やはり目の前で首を傾げているユカリにあるのだろうと思った。

「デートなのかな?ご贔屓にしてもらってるお礼に明日ぜひランチでも、って言ってくれただけだから」
「お礼なわけあるか!」
「デートならいつもの格好じゃだめかな?」

 シャチのツッコミもむなしく、うーん、とツナギを見るユカリにベポは困惑したように見た。

「デートするの?」
「うーん、デートなのかなぁ?あ、でも、デートなんてしたことないから、いい機会なのかも」

 前の島の本屋で恋愛小説をおまけに貰ったユカリは、デートというものに興味が出た。ペンギンやシャチにも、デートに行ったことがあるのか、と聞く程度には。

「したことない!?」

 シャチは言葉を失った。キャプテンとしてるのは何なんだ、と叫びたくなったが堪えた。きっとご飯に行って本屋に行っただけ、とか、買い出しに付き合ってくれただけ、とか、そんな答えしか返ってこないだろう。

「何してる」
「あ、キャプテン」

 不機嫌そうな低い声にシャチとペンギンは、ひ、と声が漏れそうになる口を抑えた。

「お魚屋さんがくれたの」

 ニコニコとユカリが言うと、ローは眉間の皺を更に深くした。

「たくさん買ってくれるお礼に明日ランチでも、って言われたんだけど、シャチがダメって言うの」

 不満を表すようにユカリは頬を膨らませた。

「ダメだ」

 はっきりとローが言うと、ユカリは、え、と驚く。

「明日お前にやってもらうことがある」
「そっか。それじゃダメだね」

 ごねたらどうしよう、とシャチとペンギンはユカリを見たが、意外にもあっさりとそれを受け入れた。ユカリは、断ってくる、と持って帰ってきた荷物を船内へ運ぼうとするが、ローがそれを止めた。

「どこに行くつもりだ?」
「買い出し冷蔵庫に入れて、お魚屋さんに明日ランチできませんって言いに行ってくる」

 口角が下がったままのローは、これから暗くなるからダメだと言うが、今度はユカリが反発した。

「ダメだよ、ドタキャンなんて。まだ二週間この町に居るのに。キャプテンだって、お魚屋さんにお魚売ってもらえないと困るでしょう」

 昨日の焼き魚だって美味しかったでしょ、とユカリが言うと、ローは黙った。確かにこの島に着いてから珍しい魚や美味い魚を楽しんでいたローは、舌打ちした。

「片付けて来い。さっさと行って帰ってくるぞ」



かこい





 眠るユカリの髪を掻くように頭を撫でたローは、ゆっくりと息を吐いた。先程まで乱れていた妖艶さは形を潜め、まるで幼子のような穏やかな寝息だけが部屋の中を満たす。

「ユカリ」

 小さく呼ぶが、意識を失った相手が答えることはない。隣に横になり、その体を抱き寄せる。すうすうと変わらず眠ったままのユカリの髪に擦り寄るように鼻を埋めた。甘く感じる香りは昔から変わらない、とローは思った。
 凍える身体に温かいスープが沁みた。孤児と言う割りにはお人好しで呑気な少女が作ったのだと聞いてローは驚いた。共に生活するようになり、雪の中で転んでいるのを何度も睨みつけながら立ち上がらせても怯まず、無邪気な笑顔を見せた。そのうち転んでいるのを起こすより早いと判断して、予防するために手を繋いで町へ出るようになった。まるで冬日和のようなそれを、ローは手放したくないと思った。だから海へ出るとき、他の三人とは違い、お前も行くだろ、と言った。そう言えば、ユカリが頷くことをわかっていたからだ。ローはユカリに選択肢を与えなかった。
 航海を始めて、島から島へ移動し、世界は広がった。愛想が良いユカリが見知らぬ男に声を掛けられた。人懐っこいユカリは男の下心など全く理解していなかった。ローはユカリに資料や本ではなく生身の人体を観察したいと言い、ユカリに触れた。怖がらせないようにと始めはただ服を脱がし、その体を見つめた。一気に背が伸びた自身と違い、ユカリの体はまだまだ成長途中だった。まだ筋肉の少ない二の腕やふくらはぎに触れ、少し膨らみ始めた胸に触れた。一応羞恥心はあるらしく、ちょっと恥ずかしい、とユカリがローの手に触れた時、一気に熱がローの下半身に集まったので、その日はそこでユカリに服を着せた。他の奴には触らせるなよ、二人だけの秘密だからな。ローがそう言うと、ユカリはこくりと頷いた。それを褒めるようにローはユカリの唇に自身のそれを押し当てた。ユカリは驚いたように目を丸くして見せたあと、へらりと嬉しそうに笑った。その顔に心臓を鷲掴みにされたような気がした。
 それ以来、ローは二人きりのときだけ、ユカリにキスをするようになった。一瞬で離れるような軽いものから、舌を絡ませるような深いものまで。ユカリは従順に受け入れた。
 人体観察と称した触れ合いを数回繰り返したのち、ローはいつものようにユカリにキスをして胸に触れ、初めて下半身にそっと触れた。湿り気を帯びた感触に歓喜した。ユカリは、なんか変な感じがする、と戸惑ったように眉尻を下げただけだった。そこからもまた時間を掛けたローの望むまま、ユカリは全てを受け入れた。
 海賊らしく狡猾に、逃げ道を塞いで、囲っていった。逃げる気すら失せるようにした。そうローは思っている。
 ローが目を覚ますと、腕の中のユカリは背中を向けていた。頸に唇で触れた。無防備に眠るユカリは器用にいつもローの腕の中で寝返りを打つ。気付かないくらい深い眠りについたのだ。すると、ユカリが寝返りを打って、向かい合わせになった。今度は額に唇を押し当てる。

「んー・・・」

 小さくユカリが声を出したので、起こしたのだろうか、とローが顔を見ると、瞼は閉じたままだった。

「ろーしゃん・・・」

 二人きりの時だけ聞くようになった呼び方に、夢の中でも二人でいるのか、とローは笑った。前日に何処の馬の骨ともわからない人間と出掛けようとしたことには腹が立ったが、自身が他の用事を言いつければ案外あっさりとそれを受け入れたことで少しは苛立ちも落ち着いた。もう一度額に口付けを落とした。

「ロー、さん?」

 うっすらと開いた瞼から覗いた目がローをぼんやりと見た。

「まだ寝てろ」

 頭を撫でると、ユカリは気持ちよさそうに目を閉じ、擦り寄るようにローの胸へ顔を寄せた。猫のような奴だとその仕草に思う。こんなにも懐いているように見せておいて、ふとした瞬間にふらりと気まぐれに囲いから脱走し、余所見をする。



「ねえ、ローさん、どこ行くの?」

  ローはユカリに答えないままカフェの前で足を止めた。

「一昨日お前が言ってたのは此処か?」

 ユカリはカフェに視線を向けた。そこは確かに一昨日見かけてケーキが美味しそうだとベポとシャチに話した場所だった。ユカリが頷くのを確認すると、ローはユカリの手を引きながら中へと入った。席に案内され、メニューを見て、ユカリは目を輝かせた。

「どれも美味しそう!」

 これにする、とユカリは決めると、視線をローへ向けた。ローが何も言わないでいると、ユカリは店員を呼んだ。長い名前のケーキだな、と注文をするユカリを見ながらローは思った。

「ローさんはいつもの?」
「ああ」
「あと、アールグレイとコーヒーをお願いします」
「かしこまりました」

 ユカリご注文をしている間もローに視線を向けていた女性店員は、代わりに注文するユカリを一瞬見て、残念そうにローへ視線を戻した。面倒な視線に気付いていながらも、ローの視線はそれに応えることなくユカリに向いたままだった。

「わあ、美味しそう!」

 フルーツがたっぷり乗ったケーキを前にするとユカリは嬉しそうに笑った。その顔を見て、ふっ、とローは笑った。

「ローさんも一口味見する?」

 ユカリはいつもローに一口どうかと勧める。いつも断っているそれは決まり事のようなやり取りだった。しかし今回は違った。

「ああ」

 ローが頷いたことにユカリは驚いた。あ、と口を開いて見せたローに、さらに驚く。

「くれんだろ?」
「あ、うん」

 あーん、とユカリが一口フルーツとケーキを刺したフォークを差し出せば、ローはそれをぱくりと口に入れた。

「甘ぇな」
「ふふ、ケーキだもん」

 珍しいね、と笑って、ユカリは自分の口にもケーキを運んだ。ローは比較的安全な島に上陸した際には、ユカリを連れて町へ出る。大抵は本屋に付き添い、飲食店へ入る為、今回カフェに来たことは、ユカリにとって『いつものこと』であった。ただ違ったのは、ユカリが、いらないと返事をすると思ったことに、いると答えたことだった。

「ごちそうさまでした」

 カフェを出て、ユカリが礼を言うと、ローは片方の口角だけ持ち上げた。

「礼ならここにすればいい」

 自身の唇を指し、体をかがめたので、ユカリは、珍しい、とまた思った。ちゅっと唇で一瞬だけそこに触れて離れる。わあ、と通りすがりの子供が声を出した為、見られていることに気付いて、ユカリは少し恥ずかしく思った。

「ありがとう、ローさん」

 はにかみながらユカリは言う。自分が言っていたカフェを覚えていたこと。それを食べさせてやろうと思ってくれたこと。お魚屋さんと出掛けられなかったことを昨日は残念に思ったが、こうやってローと出掛けられることをユカリは嬉しく思った。

「デートがしたかったんだろ」
「デート?」

 思いがけない単語にユカリは瞬きした。

「これ、デート?」
「ああ」

 ローが頷くと、ユカリは、これがデート、と呟いた。いつものお出かけと変わらない。そうか、とユカリは納得した。そして、読んだ小説を思い返す。確かに主人公がドキドキしながらも相手役とやっていたことは、買い物に行ったり、食事に行ったり、キスをしたり、ユカリがローとしていることと変わらなかった。

「そっか、デートいっぱいしてたんだ」

 道理でシャチが驚いたわけだと、ユカリはやっと理解した。

「帰るぞ」
「はーい」

 歩き出したローの左手をユカリは握った。ちらりと視線を手から顔へと上げたローは、にこにこと幸せそうな横顔を見て、その手を握り返した。

「余所見するなよ」
「ローさんが手繋いでくれてるから大丈夫だよ」





2023/01/22



おまけ

「シャチ!ペンギン!私デートしたことあった!」
「え」
「そういえば、私、ペンギンとも結構デートしてたんだねー」
「ちょっと待て!(誤解される!バラされる!)」
「(やっぱりわかってない)」






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