「恵くん、大きくなったね!」
「縁さん」

 ぶんぶんと手を振った相手を見て、虎杖と釘崎は誰だと伏黒を見た。久しぶりに会った相手に伏黒は、縮んだ、と思わず呟いた。

「恵くんが伸びたんだよ。私変わってないから」

 誰よ、と釘崎が問えば、伏黒は一瞬考える仕草を見せた。

「・・・一条縁さん」
「一年生の釘崎さんと虎杖くんね」

 縁がにこにこと挨拶すると、釘崎と虎杖は見慣れぬ大人に挨拶を返した。

「何者?」
「普通の術師だよ」

 投げかけられた質問に縁は笑った。

「僕みたいな最強のグッドルッキングガイが惚れるいい女が普通なわけないじゃん」

 突然体の前に回った腕に、と驚きの声を上げた縁はぱっと振り返った。

「さ、五条さん」
「僕、サゴジョーなんて名前じゃありません〜」

 ぎゅうぎゅうと後ろから抱きしめる五条に縁は困ったように眉を下げた。

「人前ですよ!」

 離してほしいと縁は五条を見上げた。かわいいなあ、と五条は表情を緩め、その唇を重ねた。ちゅっと可愛らしい音をわざと立てた。

「ちょっと!んっ!」

 一気に顔を赤くした縁が抗議するように声を上げた。五条は上機嫌にちゅっちゅっと縁の唇を啄んだ。出張から帰ってきたばかり五条は久しぶりの触れ合いに幸せを感じていた。

「ひ、人前で!しかも生徒の前で何するんですか!?」

 ベシッと五条を叩き、なんとか腕から抜け出した縁は顔を真っ赤にして怒り出した。

「久しぶりのただいまのキス」

 悪びれず答える五条に縁は、殴りますよ、と怒った。

「えっとー・・・」
「あ、ご、ごめんね。変なところ見せて」

 虎杖がポリポリと少し赤くなった頬を掻くと、再び抱きしめようとする五条の頬に手を突っ張ったまま縁は慌てて謝った。

「五条先生、彼女居たんだね」
「僕みたいなグッドルッキングガイに彼女が居ないなんて罪でしょ」

 けろりと言う五条に、釘崎も伏黒もげんなりとした表情になる。しかし、五条はそんな生徒たちの視線を気にすることなく、縁をひょいと抱き上げた。

「えっ、ちょっと!」
「今日は真希たちとグラウンド組み手でもしてて。やっと任務から解放されたグッドティーチャー五条は帰りまーす」
「何言ってるんですか!?」

 まだ仕事があるから下ろして、と縁は抵抗するが、そんな抗議の声は耳からすり抜けてしまう五条はスタスタと長い足で帰路に着いた。

「ちょっと!硝子さん、助けて!」
「諦めろ、縁」
「そんな!」

 ヒラヒラと手を振る家入に、縁は言葉を失った。あまりのショックに五条に抵抗するのを忘れてしまうほどだった。

「五条先生帰っちゃったな」
「嵐が去ったわね」
「・・・あの二人、あんな感じでしたっけ?」

 伏黒の呟きに、家入は、ああ、と笑った。

「ああなったのは半年くらい前からだな」

 くつくつと笑い出した家入を一年生の三人は不思議そうに首を傾げて見た。



難攻不落もあと三日





 人が恋に落ちる瞬間を初めて見た。ぴたりと足を止めた五条を不審に思って振り返った。見えすぎるからと普段かけているサングラスをずらして色素の薄い瞳を晒した五条の眼差しは真っ直ぐに一点を見つめていた。その視線の先を夏油と辿れば、真新しい制服に身を包んだ少女が居た。一条縁は使い古され、凹みだらけのジョウロを手に花壇に水をやっていた。再び視線を五条にやる。五条は少し頬を紅潮させ、口を半開きにし、アホ面を晒している。

「あれ、なに」

 信じられないものを見たように、小さな声で呟いた。

「何って、今年の一年の子だろう」
「確か、一条縁、だったかな」

 一条縁。繰り返した声音の柔らかさに、夏油と目が合った。信じられないと言いたげで。あまりにも衝撃的で。私達は揶揄うことすら忘れて、動けないままでいる五条を見たまま動けなかった。動けるようになったのは、彼女が教師に呼ばれてその場を去った後だった。


 高専の数少ない一年生は三人共一般家庭の出らしく、呪術界隈の常識には疎かった。そのため二年生となにかと合同授業を行い、さりげなく足りない知識を埋めさせようとさせているようだった。御三家も知らなかった一年生たちは、少しずつこの世界の古めかしい価値観を知っていった。

「政略結婚とか今でもあるんですね」

 灰原は、へー、と声を漏らした。

「ああ、珍しい話じゃないな」

 私が言うと縁は、硝子さんもいるんですか、と聞いてきた。

「うちはそこまでの家じゃないからなぁ」
「五条さんくらいになると居そうですね!」

 灰原が言うと、七海が確かにと同意した。縁はハッとしたように息を呑んで、私の答えを待っていた。

「居てもおかしくはないな」
「えっ、家入さんでも知らないんですか?」

 驚いた灰原は、興味ないからな、と返すと、なるほど、とすぐに大きな声で返ってきた。縁をチラリと見れば、少し落ち込んだように視線が地面へ落ちている。

「ま、アイツは家の連中の言われた通りにするタマじゃないだろうがな」
「そうでしょうね」

 七海が呆れたように溜息を吐いた。

「なーにサボってんだよ、オマエら」

 噂をすれば。振り返ると任務から帰って来たらしい五条と夏油が居た。

「おかえりなさい!夏油さん!五条さん!」

 灰原が元気よく言うと、ただいま、と夏油が返した。

「休憩です」

 足蹴にしようとする五条を避けながら、うんざりしたような表情で七海が答えた。

「お疲れさまです、五条さん、夏油さん」

 縁の声にピタリと五条が動きを止めた。そして、少し縁の方をチラリと見て、おう、と返した。

「二人ともまだ学生なのにすごいですね」

 縁がそう言うと、今度は五条がうんざりしたような表情を作った。

「本当労ってもらいたいもんだよな」

 しかし、まあしょうがねぇか、と言いながら、その表情は自慢気なものに変わる。

「俺たち最強だからな」

 うんざりした表情の七海とは反対に灰原は目を輝かせた。縁は柔らかく、そうですね、と微笑んで同意した。

「よし!オマエら、アイス買ってこい!これからマリカやるぞ!」
「私はコーヒーをお願いしようかな」
「了解です!」

 眉間に皺を寄せた七海と違い、灰原は夏油の言葉に敬礼して了承した。灰原が早速行こうと言うように七海の肩に触れた。縁もついて行こうと立ち上がった。すると五条が縁の手を掴んだ。

「あ」

 咄嗟の行動だったらしく、五条は口を半開きのまま言葉を発しなかった。縁は驚いたように五条を一瞬見上げ、自分を掴む手を見下ろし、動揺したように視線を泳がせた。

「あ、あの」

 少し頬を赤くした縁が俯きながら言葉を探す。その様子をじっと見た五条は何かを堪えるように口を真一文字に引いた。思わず夏油に視線をやるとニヤニヤと笑って二人を見ている。

「・・・オマエはこっち手伝え」

 やっと口を開いた五条に縁は、はい、と頷いた。

「じゃあ、行ってきます!」
「・・・授業になりそうもありませんね」
「課外授業だよ、七海」

 夏油が胡散臭い笑みを向けると、七海は諦めたように溜息を吐いた。灰原が嬉しそうに縁を見て、七海を校門の方へ歩くよう促した。

「いいじゃないか、七海。縁ちゃんも嬉しそうだし」
「え、ちょ、灰原くん!」

 縁が慌てて灰原を呼ぶが、灰原と七海は気にせず歩き続けた。

「おい」

 不機嫌そうに五条が呟くと、縁は慌てて五条を見上げる。

「あの、灰原くんの言ったことは気にしないでください」
「・・・そんなに灰原がいいわけ?」
「は?」
「あっはっは」

 キョトンとした縁と不機嫌そうに口角を下げた五条を見た夏油が笑い出した。五条は青筋立てて夏油を睨んだ。
 気付かないのは本人たちばかりらしい。私も思わず吹き出し笑った。

「ほら、五条。縁を連れてさっさとゲームの支度しないと灰原たちが帰ってくるぞ」
「わかってるよ!」

 怪訝そうな顔をしながらも、五条は縁の手を引いて歩き出した。

 それから間もなく五条と縁は付き合い始めた。私と夏油が少し手助けしたおかげと言っていいだろう。焦ったいくらいに進展のない二人に我慢できなくなったというのが正しいのかもしれない。

「付き合いを隠そうとする女。その心は?」

 頬を膨らませて拗ねてますアピールをする男に、めんどくさ、と返した。

「めんどくさい男だから。遊びだから」

 付き合っている事実を隠そうとする理由を挙げていくと、悪いことばっかりじゃないかと、五条の機嫌がどんどん悪くなっていくのがわかった。

「あとは、まあ、あれだろう」

 何だよ、と低く拗ねた声に促される。

「家柄の違いを気にしている場合」

 はああ、と大きな溜息を吐いた五条は、机に体を預けたまま私を見上げた。

「そんなことで?」
「縁にとってはそんなことじゃないんだろう」

 夏油の言葉に五条は理解出来ないと言いたそうな表情になった。この男には一生わからないだろう。産声を上げた瞬間から最強の呪術師になり、世界のパワーバランスを変えた男だ。己が決めたことに関しては周囲の言葉など何とも思わない男だ。気にするに値しない雑音と切り捨てられる男に、縁のような繊細で常識のある人間の考えることを理解するなんて土台無理な話だ。

「縁の意志は尊重してやりなよ。逃げられたくないならな」

 タバコを咥えて、ライターの入ったポケットに手を入れた。

「わかってるよ」

 真剣な声音に、思わずタバコを落としそうになった。へえ、と小さく感心して、ライターで火をつける。

「何だよ?」
「マジなんだ」
「マジに決まってんだろ」

 マジなのは知っていたが、まさかそこまでとは。口に出さずとも考えてることがわかったのか五条は、当たり前だろと言うように私を見た。

「最強に俺様の五条も縁には弱いね」
「うるせぇ!」

 ゲラゲラと笑い出した夏油に切れた五条は、表に出ろ、と椅子を蹴り倒した。

「惚れた女は大事にしないといけないよ」

 くつくつとそう笑った夏油が言った通り、五条は縁を大切にした。私や七海のように知っている者の前以外ではよそよそしい縁の振る舞いを苛立ちながらも許した。
 それは夏油が居なくなってからも変わらなかった。以前よりも深い付き合いになり、縁が「悟さん」と呼ぶようになってからも、二人が付き合っていることを知らない人間の前では「五条さん」と今まで通り呼び方でただの先輩と後輩のように振る舞っていた。
 縁のそんな立ち振る舞いに五条の不満は積もっていったが、意外にもあのクズは彼女を失うくらいならと縁の意志を尊重し続けていた。

「素敵な式でしたね」

 術師の結婚式の帰り道で二人きりになると縁が言った。術師を辞めるとは思ってませんでしたけど、と笑う縁に私は、そうだな、と頷いた。

「ウェディングドレスにするのか?」

 私の問いに縁は瞬いた。

「私ですか?」
「いずれ結婚するだろう?」

 すると縁は泣きそうな顔で笑った。

「私はきっと結婚出来ませんよ」

 意外な返事に今度は私が瞬きをした。

「五条と別れるつもり?」
「・・・五条さんはいずれ良いところのお嬢さんと結婚するでしょう?」

 呆れた。五条のあの執着心を目の当たりにしても、縁はそんなことが言えるのか。少しあのクズに同情すると同時に納得した。縁が何故五条に一線を引いているのか、やっと理解出来た。まさか付き合って五年以上になる相手がそんなことを考えているなんて五条は思っていないだろう。

「確かに、あのクズじゃ縁の結婚相手には相応しくないな」
「ま、まさか!そんなこと言ってるんじゃないですよ!」

 私にはもったいない人です、と恥ずかしそうに言う縁に、私は惚気に胸焼けしそうになりながらタバコに火をつけた。

「あのクズは周りのジジイ共がなんと言おうとアンタを手放さないと思うけどね」

 はっと縁が息を呑んだ。そして、困ったように眉を八の字にさせた。

「そんなこと、」
「あるね」

 いっそのこと部屋に繋いどきたいよ、なんて数日前に軟禁未遂があったことを知らない縁は、やはり私の言っている意味がわからなかったらしい。

 そんな二人の関係が変わったのは夏油が起こした百鬼夜行の直後のことだ。御三家とまではいかないものの古くからある呪術師の家が五条家との繋がりを求め、縁に害を成そうとしたのだ。あの時の五条のブチ切れ様は凄まじかった。その家は黒い秘密がたくさんあったらしく呪術連盟から除名され、お取潰しが去年確定した。そして、それ以来縁との関係を隠すことなく、むしろ見せびらかすように人前でもイチャつくようになった。繰り返し持ち上がる婚約の話も、例の如くジジイ共を脅して二度と持ってこないようにしたらしい。


「さすがにあんな風にイチャつかれちゃ、五条家との繋がりを求めてても女共は近付けないみたいだな」

 なるほど、そりゃそうだ、と釘崎と虎杖は呆れたような表情で納得した。

「五条先生は昔から大事にしてました」

 伏黒の言葉に、知ってるよ、と頷く。幼い伏黒の前では、その関係を晒していたのだろうか。思わず笑みが溢れた。

「縁の苗字が変わる日も、もう近いかな」

 え、と硬直する三人が面白いものの、仕事が残っている私はゆっくりと昔から変わらない廊下を歩き出した。




2023/07/07

リクエスト内容
・大人五条
・夢主大好き過ぎて、生徒達の前でも気にせず抱き締めたりちゅーしようとして夢主に怒られるコメディ系

匿名性 様
リクエストありがとうございました。
ずいぶんと時間がかかった上に、コメディ要素が薄くてすみません。
少しでもお楽しみいただけれたら幸いです。
これからもよろしくお願いいたします。





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