「何読んでるんだ?」
珍しく雑誌を読んだままの縁に首を傾げた。いつもなら俺が部屋に入れば、一度読んでいる物を置いてくれる。
「I・エキスポ特集よ」
「アイエキスポ?」
個性やヒーローアイテムなどを研究する世界中の科学者達の集まる巨大人工都市、I・アイランドで行われる個性技術博覧会だと縁は説明した。いつもより高めのテンションで説明する縁を見て、珍しい、と思った。
「他では見られないようなサポートアイテムや研究発表があったりするの」
「行きたいのか?」
「そうね。招待のみの日にしか見られない研究発表とか興味があるけど」
しかし、そんな簡単には行ける場所ではないのだと縁は笑った。なんか行ける方法ねぇかな。そっと横から縁の腰に両腕を回すと、縁はやっと手にしていた雑誌を置いた。ふっと笑みがこぼれる。引き寄せて膝の上に座るような状態になった縁の首元に顔を寄せた。
「焦凍!お父さんが呼んでる!」
部屋の外から姉さんの呼ぶ声がして、思わず舌打ちした。縁は苦笑して、俺の頭を一撫ですると、行くように促した。
変わらないもの
「焦凍、見えてきた!」
窓の外を見て、縁は、わあ、と小さく嬉しそうに声を漏らした。そんなに来たかったのか。どこかはしゃいでいるようにも見える姿は初めて見たような気がした。
縁は昔から冷静で大人っぽかった。いつも俺の望むことを観察するようにしていて、俺を誰よりも優先してくれていた。それは本当に小さいときからで、あまりはしゃぐ姿を見たことがない。俺が親父への恨み辛みで必死で、視野が狭くなり過ぎていたから見えていなかっただけなのかもしれないが。
「I・アイランド」
「結構でかいんだな」
「それはそうよ」
人口から豆知識を色々と説明してくれる縁の姿は、どこか緑谷にも似ているようで、思わず笑いがこぼれた。
「ここは個性の使用が許されている島だから、色々見られるのが楽しみね」
そういえば、雄英に入ってすぐにした体力テストが終わった後もそんなこと言っていたな、と思い出した。
入国審査を終えて、ホテルにチェックインする。部屋は広く、壁一面の窓ガラスから見える景色は圧巻だった。
「さすがエンデヴァーへの招待なだけあって、いいお部屋ね」
縁は荷物を下ろすと、景色を見るために窓へと近付いた。Welcomeと炎が文字を形どっているのが見えた。
「あるパーティーに招待されたが、俺は仕事で忙しい。お前が代わりに行ってこい」
「なんで、俺が」
突然部屋に呼んだかと思えば、訳の分からないことを言い出した親父を睨んで、断ろうとした。
「I・エキスポは、世界有数の博覧会だからな。無碍にするわけにもいかない」
つい先程聞いた単語に思わず口を閉じた。
「お前にとっても、顔を合わせておいて損はないはずだ」
スポンサーになりそうな人間達が集まると説明する親父の言葉はあまり耳に入ってきていなかった。
「同伴者も一名連れて行けると言うが、冬美は仕事が、」
「縁と行く」
きっぱりと告げれば、親父は一瞬驚いたように目を見開いて、ふむ、と頷いた。
「そうか。代理で行ってくれるか」
ニヤリと笑った親父に冷ややかな視線を向け、用はそれだけか、と聞けば、ああ、と言うので、さっさと部屋から出た。
「おじさまは、焦凍と来たかったでしょうに」
「それなら俺は来ねぇ」
口をへの字にすると、縁は苦笑いを浮かべていた。
「で、縁は何が見たいんだ?」
チェックインの際に渡されたパンフレットを開いて聞くと、焦凍は、と聞き返してきた。
「俺は別に。でも、このアトラクションエリアはいる間に一度行ってみたいが」
それよりも腹が減った。そう告げれば、じゃあご飯食べに行こう、と言う。
「縁の行きたいところにしよう」
「じゃあ、この展示エリアの近くのレストランにしましょう」
展示エリアでは、一般には公開されていない研究発表があるらしい。行きたいと言っていた発表が見られるかもしれないと、上機嫌な姿に思わず目を細めた。
レストランエリアには意外なことにアジアンレストランがあり、お蕎麦があるよ、と言う縁の言葉で、そこで食べることにした。
「まさか、お蕎麦があるなんて」
俺が蕎麦を啜るのを見ながら、縁は呟いた。縁の前にはパッタイという平麺が置いてある。
「そんなに驚くことか?」
「改めて和食もアジアの料理なんだなって思っただけよ。あと和食の代表はお寿司かなって思い込みしてた。でも新鮮な魚を仕入れることを考えると、お蕎麦の方が廃棄も少なそうだし、いいのかな」
なんか経営科みたいだな。ずずっとまた一口を啜った。
「なんか、いつもと違うな」
「そう?新しいシャツだけど、いつもとそんな変わらないと思うけど」
シンプルなティシャツを見下ろして、縁は首を傾げた。体育祭が終わってから、縁は少し変わった。一番変わったのは俺自身だが、どこか縁も変わった気がした。何が、とはっきり言うのは難しかった。ただ、なんとなく。前よりも明るくなったような気がする。俺と違って人間関係を円滑にするのが上手い方だったと思うが、それでも必要以上に踏み込ませない空気があったと思う。今はその空気がなくなった。クラスメイトの呼び方も少し親しげになった。
「ここ」
展示会場の入り口を見上げて縁は中に入るよう俺を促した。サポートアイテムの展示コーナーへと進む。
「なんか、緑谷が好きそうだな」
「確かに。クラスの中では一番興味を持ちそうね。体育祭で飯田くんと勝負した人なんか大興奮しそう」
サポート科の人間にとってはかなり来たい場所なのではないだろうかと、縁は言いながら、しっかりと挨拶のディスプレイを読んでいた。
「俺のことは気にしないで縁のペースで見てくれ」
「わかった。ありがとう」
にこりと縁は笑った。縁は一つ一つの説明をしっかりと読みながら歩いていた。正直読むのが面倒だった俺は適当にまわり、縁が進むよりも先に進んだ。ベンチを見つけて、座って待つことにした。いつもなら俺に合わせてさっさと切り上げる縁を、しばらく待つことになった。
「縁が、こういうのに興味があるなんて知らなかったな」
展示物を一通り見て、外に出ると、小さい頃を思い出しているのか、柔らかい微笑みを浮かべた縁の視線はどこか遠くを見ているようだった。
「焦凍がヒーローになったときに、使える物があるかもしれないでしょう?」
全て俺のためだったらしい。温度管理に使えそうな技術がいくつかあったらしく、あれとあれは使えそうだったよねと、俺に意見を求めた。正直そこまでしっかり見ていなかった。どれだろう。思い出すように思考を巡らせていると、縁は小さく笑った。
「大丈夫。私が焦凍のために覚えておくから」
「ああ、そうだな」
自然と口角が上がった。
2023/01/13
リクエスト内容
・SBMSヒロインで、第一作の映画「二人の英雄」の夢
匿名希望 様
リクエストありがとうございました。
映画を体育祭後、林間合宿前と考えて、映画の設定を借りてみました。
少しでもお楽しみいただけれたら幸いです。
これからもよろしくお願いいたします。
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