最近の轟くんは変だ。
「一条、一緒に帰らないか?」
「あ、うん。いいよ。それじゃあ、梅雨ちゃんまた明日」
「また明日ね、縁ちゃん、轟ちゃん」
「ああ」
正門を出てしばらくすると、するりと手を取られ、どきっと心臓が大きく鳴る。最近の轟くんは距離が近い。まるで恋人のように自然と手を握られてしまう。でも、好きだと言われたことはない。クラスの中でもトップの成績を誇る頭のいい轟くんだけれど、時々とんでもない天然発言があるから、もしかしたら轟くんの友達の距離感は普通よりも近いのかもしれない。人に相談するにしても、轟くんは私のことが好きだと思う?なんて自惚れている質問なんて出来ないので、結局結論に辿り着けていない。
「今日惜しかったな」
「あはは、さすがに爆豪くんに見つかっちゃったらしょうがないよね」
授業で隠れ鬼をやって、私は鬼役の爆豪くんに残り時間あと一分のところで見つかってしまって捕まった。轟くんは別のチームで見事に最後まで生き残った。
「あと一分で、明日のデザートゲット出来たのにな」
「デザート?」
あと一分と考えるとやっぱり悔しい。何の話だろうと聞きたそうな顔で轟くんは私を見た。
「実は電気と明日のデザート賭けてたの。捕まらなかった方が捕まった方のデザート買うって。まあ、二人とも捕まっちゃったから、なしなんだけどね。あはは」
幼稚園の時から知っている電気とは、昔から小さなことを賭けて遊んでいる。それはその日のおやつだったり、ゲームの一番手だったり、ささやかなもの。こんな低俗な遊び、轟くんはきっとしない。そう思って、少し恥ずかしくなりながら説明した。すると少し握られた手に力が入った。
「・・・明日一緒にランチラッシュで食べないか?」
突然のお誘いに驚いて、反射的に頷いてしまった。すると轟くんは目を細めて、口角を少しだけ上げた。その柔らかい微笑みに心拍数が上がった。ああ、だから、そんな嬉しそうな顔をしないで欲しい。両思いかもしれないなんて、希望を持ちたくなってしまう。
Sweet Candied Eyes
「おーし、縁!カラオケ行くぞー!」
後ろから肩に腕を回した電気の声の大きさに驚いて、うるさい、と返した。
「カラオケ?昨日行って来たんじゃないの?」
合コンへ行く、と言っていたはずだ。電気はずーんと暗い空気を背負い、私の肩に体重を掛けた。重い。
「それがさぁ」
ヴィランが遊ぶ予定の場所で大暴れしたらしく、結局お流れになったらしい。それは残念。電気は人の肩に頭を乗せてしくしくと大袈裟に泣くふりをした。
「まあ、それは不可抗力っていうか、フラれたわけじゃないし。よかったじゃん」
ぽん、と慰めるように肩を軽く叩いた。するとその手がぐいと引かれた。へ、と思わず声が漏れた。引っ張られた先へ視線を向けると、少し口角を下げた轟くんが居た。
「一条、帰ろう」
「え、あ、うん」
帰る約束はしていなかったけれど、なんだか不機嫌オーラの出ている轟くんにノーと言えなかった。
「おいおい!ウソだろ!?」
ふるふると震えながら電気は私と轟くんを交互に見た。
「お前ら、いつの間にそんなことに?!」
叫ぶような電気に、違う、と否定しようと口を開こうとした。
「先々週」
「えっ!」
「マジかよ!?」
思わずぎょっと轟くんを見た。轟くんが私の驚きの声に反応したように私を見た。言ったらダメだったか、と首を傾げながらも、眉間に皺が出来ている。ちょっと待って。いつそんな話に。
混乱した頭で私は二週間前の出来事を色々と振り返ってみた。授業内容が浮かんでは、それを頭から押し出す。ふと頭に浮かんだ光景。
相澤先生に言われた通り、授業で使った道具と演習場の片付けをした私と轟くんは、皆より遅く家路についた。
「意外と時間がかかったな」
「全員でやれば早かったと思うんだけどね。今日は抜き打ちテストがあったから、皆早く帰りたかったみたいだし、よかったかな」
ふふっと笑って言うと、轟くんは立ち止まった。轟くんも早く帰りたかっただろうと気付いて、はっと振り返った。
「あ。と、轟くんも早く帰りたかったよね。ごめんね」
轟くんは何も言わずにじっと私を見ていた。
「いや」
少し間を空けて、轟くんがゆっくりと口を開いた。
「一条と一緒でよかったと思う」
「あはは、そう言ってもらえるとありがたいよ」
そういえば、とふと目に入ったカフェの行列へ話題を変えた。
「透ちゃんがあそこのカフェがテレビに出てたから行ったって言ってたけど、相変わらず混んでるんだね」
「一条も、ああいうの好きなのか?」
「そうだね。友達と一緒だとお喋りしてたら待ってる間も楽しいから、好きかな」
「そうか」
少し間を空けて、轟くんは再び口を開いた。
「一条、付き合ってほしい」
「うん、いいよ」
「いいのか?」
「もちろん」
カフェで並ぶのは気にならないタイプだ。私が頷いたのを轟くんは立ち止まって見て、ゆっくりと目を細めた。とても嬉しそうな姿に、そんなに行きたかったんだ、可愛いな、なんて思った。
「あそこのカフェ予約出来ないけど、大丈夫?」
「行きたいのか?」
「うん?行ったことないし、いいよ」
そして、その三日後にカフェへ二人で放課後行ったのだ。
思えば、轟くんが変になったのはカフェに行ってからだった気がする。立ち位置が近かったり、駅まで一緒に帰るお誘いが増えた。まさか、付き合って欲しい、と言うのがカフェではなくて、お付き合いという意味だったのだろうか。
「あの、轟くん」
初めて校門を出る前から手を繋いだまま駅へ向かっている。教室では皆が目を丸くした。あの轟くんが女子と手を繋いで下校するなんて、誰も思わないだろう。それこそ、はっきりではないとはいえ、俺の彼女宣言のような言動をするなんて。私はあまりにも混乱していて、「お前も早く言えよ!」と言う電気に否定することも出来ず、透ちゃんに「水くさいじゃん!言ってよ!」と言われて頬を掻くくらいしか出来なかった。
「上鳴とは幼馴染なのは知ってる」
珍しく横ではなく少し前を歩いて、私の手を引いていた轟くんが足を止めた。私も立ち止まると、轟くんが私を向いた。
「でも、やっぱり、上鳴がお前をベタベタ触ってるの、嫌だ」
「そ、それは」
かあっと一気に顔に熱が集まる。轟くんの右手がそうっと私の頬に触れた。少しひんやりとしたその手に、どんどん心拍数が上がっていく。目が合うように顔を上げられる。
「好きなんだ」
真っ直ぐな眼差しと言葉に息を呑んだ。
「と、どろき、くん」
それ、と少し轟くんの眉間に皺が寄った。
「名前で呼んで欲しい」
初めて聞く、甘えるような声音。
「しょ、しょーと、くん?」
頬から手が離れて、両腕で体を引き寄せられ、抱き締められた。突然のことに頭が混乱している。
「もう一回」
落ち着いた低い声が耳元で囁いた。半燃の個性を使われているかのように抱き締められている体が熱く感じた。
「焦凍くん」
ぎゅっと抱き締める腕が少しきつくなった。
「縁、好きだ」
直球な言葉は、轟くんらしいような気もした。
「私も、好き、だよ」
とても小さな声で言ったけれど、ちゃんと轟くんの耳に届いたらしく、一瞬だけ轟くんの左半身が炎が漏れて、慌てて轟くんは体を離した。
「わ、わりぃ」
「ううん、大丈夫。・・・嬉しい」
そっと離れた手に触って、ぽつりと付け足した言葉に轟くんは目を蕩けたように細めた。両思いであることが勘違いではないことがわかった今、その視線を真っ直ぐ受け止めることが出来る。
ただ私は、私達が通学路に居ることと、まだ下校中の生徒がたくさん居ることを忘れていた。1-A組の生徒が抱き締めあっていた、と言う目撃証言に大興奮した三奈ちゃんと透ちゃんに尋問にあうのは、また別のお話。
2022/12/29
「甘い飴のような瞳」
リクエスト内容
・甘々なもの
匿名希望 様
お相手轟のリクエストありがとうございました。
付き合っていない二人の甘々な夢を目指してみましたが、いかがでしょうか。
これからもよろしくお願いいたします。
おまけ
「なあ縁」
「なに?電気」
「お前、昨日何であんな驚いてたの?」
「えっ」
「実は轟と付き合ってたつもりないとか、ないよな?」
「ま、まさか!」
「だよなー、まさかなー」
「(鋭いようで鈍いな)」
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