「みてみて、恵。ウサギさん」

 壁に写した影を跳ねるように見せながら縁は言った。

「まて〜、ウサギさーん。キツネさんがおいかけます」

 縁の一人芝居が始まるのはいつものことだった。何故ウサギは全身で、キツネは顔だけなんだ。

「その後ろをオオカミさんがこっそりついていきます」
「キツネじゃん」

 キツネと変わらない形に、俺は思わずツッコむ。

「ゆび、ちょっと丸めてるの!」

 キツネとオオカミの違いを説明する縁に、少し呆れつつも、一応工夫はしているのかと理解した。ふと、数日前に縁が持ってきた影絵の本を思い出す。

「オオカミは、たしか、こう、だったろ」

 手と手を合わせ、小指を少し離した。すると、影からするりと何かが姿を現した。

「恵すごい!ワンちゃん!」

 影から現れた犬のような狼のようなそれを、縁は興奮気味に頬を赤くして見た。俺は突然現れたそれから縁を庇うように立つ。なんだ、これ。ふと頭に、玉犬、という言葉が浮かんだ。

「ワンちゃん、かわいい!なでたい!」
「バカ!かまれたらどうすんだ!」

 慌てて俺よりも前に出ようとする縁の腕を掴んだ。しかし、縁は、すごいすごい、と繰り返した。見知らぬ生き物を睨むように見るが、それはジッと俺を見つめ、微動だにしなかった。

「ぎょくけん」

 頭に浮かんだ言葉が口からぽろりと零れる。すると、それは返事をするように、ワオン、と鳴いた。

「ぎょくけんって名前にするの?」

 縁はニコニコと俺に問うた。俺と違い、縁はそれを警戒するどころか、疑問にすら思っていないようだった。なんで、オマエそんなふつうなんだよ。こんなのおかしいだろ。ジッと俺を見つめるそれに、俺はなんとなく命じてみた。

「もどれ」

 そう言うと、スゥッと溶けるようにそれは姿を消した。

「あー!なでなでしたかったのに!」

 縁は頬を膨らませた。

「ねえ、恵、もう一回ワンちゃん出して!」

 もう一回と言われて出せるものなのか。というより、あれは自分が出したものなのか。俺は目の前で起きたことが理解出来ず戸惑っていた。

「ぎょくけん!」

 縁がオオカミの影絵を作って見せた。しかし、何も起きない。やはり、あれは俺が作り出したものなのか。その日、俺がもう一度影絵を作り出しても、影から現れた生き物は出て来なかった。

 それから縁があまりにもねだるので、手を合わせて呼ぶと玉犬が現れるようになった。玉犬は、俺たちがたまに見かけていた小さな化け物を食った。

「玉犬は恵をまもってくれるんだね!」

 いい子、と縁は玉犬の頭を撫でた。

「俺たちをまもってくれる、だろ」

 俺が訂正すると、縁はふふふと笑って、俺の腕に抱きついた。

「私たちを守ってくれる玉犬を呼べる恵はすごいね」

 ふん、と鼻を鳴らして、俺は歩き出した。縁は、わ、と声を上げながらも、俺の腕にくっついたままついてくる。俺が縁を守る。それは出会ったときから決めている。親が帰って来なくなろうとも、俺が奇妙な生き物を呼び出せるようになろうとも、それは変わらない。

 そして、それからしばらくして、白髪の男が現れた。

「自分の術式にも気付いてるんじゃない?」

 デリカシーなく父親の蒸発資金源について話し、俺と津美紀が捨てられたことを伝えに来たその人は、五条悟と名乗り、呪術師になることを担保に俺と津美紀の進学を保証した。縁にはそんな話をしたくなかった俺は、何事もなかったかのように接した。
 しかし、やはりデリカシーのない男はあっさりと縁にそれを話したらしい。そして、あっさりと縁にも術式があるのだと話した。本人に自覚がないようだと言った男に口止めをしようと口を開こうとした瞬間、男は笑った。

「この世界に引き込みたくない?ずっと一緒に居られるのに?」

 呪術師になれば、もはや普通の世界とは違う。一般人とは、かけ離れていく。別世界の住人になってしまえば手が届かなくなるかもしれない。けれど、縁自身が呪術師になれば。そうなれば、俺たちが離れる必要はなくなる。悪魔の囁きに、俺の心は揺れた。


「恵、今日五条さんところ行くんだよね?一緒に行こ!」

 ああ、とぶっきらぼうに返しても、縁はニコニコと笑って俺の手を握った。

 中学に入っても、それは変わらなかった。俺が不良と呼ばれ、不良と喧嘩になっても、縁は俺の手を躊躇なく握る。

「恵、手、怪我してる」

 少し頬を膨らませて指摘すると、縁はポーチから消毒液と絆創膏を取り出した。俺のためだけに用意されたそれを見るのは気分が良かった。

「しみたら、ごめんね」
「別に・・・ッ!」
「ご、ごめんね」

 あわあわする相手に、平気だ、と返した。眉毛をハの字にさせる縁の頭を撫でると、縁はヘラリと顔を緩ませた。気の緩んだ表情は、昔と変わらない。怒る津美紀とは反対に縁は俺の全てを許してくれた。


「縁は、怒らないんだな」

 津美紀にかけられた甘ったるい飲み物を落とすために、縁は俺の髪の毛を一生懸命拭いてくれている。蛇口に頭を突っ込めばいいだけなのに、俺に向き合って丁寧に濡らしたハンカチで少しずつ落としていく。

「だって、恵は自分がやりたいと思ってやってるでしょ?」

 柔らかく笑んだ縁の手を思わず引いて抱きしめた。俺よりも高い体温は変わらずそこにある。

「あーあ、濡れちゃった」
「悪い」
「思ってないでしょ」
「・・・ああ」

 素直に頷くと、縁はケラケラと笑った。

「そういえばね、先生に進路希望の話したら、どこだそれ、って言われちゃって」

 成績のいい縁だから、おそらくもっと上を目指せ、とか言われたのだろうと思っていれば、案の定その通りだったらしい。縁は、三日連続で職員室に呼ばれ困ったと話した。

「まあ、オマエならいいとこ、行けるからだろ。俺なんかと一緒って聞いたら、先生たちもガッカリするんじゃないか」
「ふふっ、さすが恵。幼馴染に合わせてたらもったいない!って言われたよ。もったいないって意味わかんないよね。しかも、宗教に興味があったなんて知らなかった!ってショック受けてた」

 当然だろうと思うが、縁は教師からの評価が高かったことに驚いたらしい。

「高専は、全然宗教じゃないのにね」
「・・・表向きは宗教系だからな」
「そうだけどさー」

 抱きしめられたまま縁は話を続ける。オマエ、そんな無防備で大丈夫なのか。少し心配になる。

「でも、恵と同じクラスになれるの楽しみだな。小学生以来、クラス一緒にならなかったし」
「オマエが進学クラスになんか入るからだろ」
「喧嘩してなかったら、恵、進学クラス普通に入ってたと思うけどなぁ」

 縁がふと俺の胸に手をついて、体を離した。

「そういえば、今日は怪我ない?」
「そんな毎日喧嘩してねぇよ」

 よかった、と縁は笑った。そして、縁は胸についていた手から力を抜いて、俺の胸に寄りかかった。その仕草に心臓が少し速くなるが、俺は小さな体を守るように包んだ。



黒狼と金魚の宝





「虎杖くん、お待たせ」
「いや、全然待ってないから大丈夫」

 今のちょっとデートっぽいな。思わずニヤけそうになる。

「それじゃ行こっか」
「おう」

 高専でクラスメイトになった一条は、東京観光したいと言う俺に付き添ってくれると申し出てくれた。

「折角の休みなのに、なんか悪いね」
「埼玉だから都内って珍しくはないけど、そんなに出なかったし。観光地ってあんまり行ったことないから楽しみだよ」

 ふふっと笑ってくれた顔にドキッとする。初めて会ったときから可愛いと思っていたけれど、話す内にその優しさに惹かれた。

「一条もスカイツリー初めて?」
「うん、ソラマチも初めて。前に恵に行きたいって言ったんだけど、人多いから嫌だって言われちゃって」
「道理で。今日、伏黒も釘崎も誘ったんだけど、断られたんだよなぁ」
「今日、恵は任務なんだって」

 伏黒と一条は幼馴染だ。それこそ物心ついたときから側にいるらしい。初めて見たときから気付いてた。伏黒は一条を好きで、きっと一条も伏黒が好きだ。だから、きっと俺にチャンスなんてない。

「釘崎には、原宿に行くからパス!って言われた」
「野薔薇ちゃん、原宿好きだねぇ」

 一条はくすくすと笑った。柔らかい表情にほっこりする。

「アイツこの間も原宿行ってた」
「そうだよね、いっぱい可愛いお洋服買ってたよ。お部屋で見せてもらった」

 一条はよく笑う。ニコニコと楽しそうに笑ってる姿を見ていると、こっちまで嬉しくなる。

「それでね、わっ!」
「おっと」

 人が増えてきた通路で、すれ違った男が一条の肩にぶつかった。よろけた体を支えるように腕を伸ばした。少し抱きしめるような体勢になるとフワリと香った甘い匂いが香った。

「あ、ありがとう」
「おう」

 少し照れたように言う一条に、すこしドキッとする。

「なんか、人増えてきたな」
「そうだね。やっぱりちょっと混んでるね」

 そっと背中に触れていた手を離して、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「あの、さ」

 少し勇気を出して、手を差し出す。

「混んでるし、はぐれたら困るから、手繋がない?」
「えっ」
「あ、いや、嫌ならいいんだけど・・・」

 ハハ、と笑って誤魔化そうとすると、柔らかい感触が手に触れた。少しほっぺたを赤くした一条が俺を見上げた。

「い、嫌じゃないよ」

 ドキドキする。そっと手を握ると、一条が少し俯いた。女の子ってこんなに柔らかいの。ていうか、そんな反応されたら、期待したくなる。

「じゃ、行こっか」
「うん」

 二人で歩き出す。手を繋いでいると、はぐれていないか心配がないし、人の多さなんて気にならないことを俺は初めて知った。

「わあ、綺麗な金魚!」

 一条の視線の先を見れば、ガラスの金魚が飾られていた。

「ガラスの金魚?スゲェ」
「虎杖くん、あれ、飴細工だって」
「え、飴で出来てんの?」

 自然とその店に引き寄せられると、立体的な金魚だけでなく、猫やパンダもいた。他にも、おはじきのような形の中に金魚や亀の絵が綺麗に描かれている。キラキラ輝く飴を前に、一条の目もキラキラしていた。

「すごいね、綺麗だね!」

 ニコニコと俺を見上げた一条は、また視線を金魚へと戻した。

「この子、ちょっと虎杖くんみたい」

 ふふっと一条が笑って指した金魚を見た。

「俺、金魚っぽい?」

 首を傾げれば、一条はそうじゃないと答えた。

「虎杖くんが金魚に似てるんじゃなくて、この金魚が虎杖くんになんとなく似てる気がしたの」

 綺麗な金魚、とポツリと呟いた一条は、目を細めてその金魚の飴細工を見た。そんな風に見てもらえる飴が羨ましく思えた自分はきっともう末期だな、と心の中で苦笑する。

「お姉さん、この金魚ちょうだい!」
「はい、ありがとうございます!」

 一条が指した金魚を指差すと、すぐ側に居た和服っぽい制服を纏ったお姉さんがニコッと笑った。

「え、虎杖くん?」

 お姉さんがその金魚を包んでくれる間に財布を出す為に、繋いだ手を離した。一条は驚いたあと、ちょっと、と俺の腕を掴んだ。支払いが済んで、お姉さんが袋を渡してくれると、俺はそれを一条へ差し出した。

「そんな、悪いよ」

 ねだっているつもりではなかったのだと言う。予想通りの一条のリアクションに思わず笑った。

「いいって、いいって。てか、俺が買いたかったの。俺に似てる金魚、一条が部屋に飾ってくれたら俺が嬉しい」

 そう言って、袋を持っていない方の手を握って、歩くのを促した。

「ありがとう」
「おう」

 また赤くなった一条が可愛くて、俺はその手を離したくなくて。もう一度、包んだその手に軽く力を込めた。




2022/11/28

リクエスト内容
・伏黒と幼なじみで、ずっと大事にしてきた女の子
・伏黒と一緒に高専に行き、虎杖と出会い、虎杖にとっても大事な子になる
・2人とも主人公への感情は重めだが、伏黒は陰、虎杖が陽でそれぞれ対比的な感じ
・伏黒もしくは虎杖視点

chan 様
リクエストありがとうございました。
対比とのことなので、伏黒は数年、虎杖は数時間、と時間も変えてみましたが、陰陽描けてるでしょうか…
気に入っていただけたら幸いです。
これからもよろしくお願いいたします。







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