蟲毒の娘
「あ、縁さん」
寺院の入り口へと繋がる林の入り口で待っていると、聞こえてきた虎杖の声に縁の目つきは一気に鋭くなった。
「悟」
聞いていないと言いたげな声に五条は苦笑した。伏黒と虎杖は二人を交互に見て首を傾げた。縁は不機嫌そうに先を歩き出した。それに続くように五条が歩き出したので、伏黒と虎杖は慌てて足を動かした。
「五条先生」
虎杖が呼ぶと五条は口元の笑みを消して虎杖へ顔を向けた。
「ちょっと事情があってね」
「事情?」
その言葉に虎杖は伏黒を見た。伏黒は怪訝そうに五条を見ている。伏黒も知らないのか、と虎杖は視線を五条へ戻した。うーん、と少し考えるような素振りを見せつつ、口を開いた。
「蠱毒って分かる?」
「こどく?」
「蛇や虫を共食いさせて強力な呪いを生む呪術だ」
虎杖が首を傾げると、伏黒は眉間に皺を寄せながら口を開いた。五条は伏黒の答えに正解だと告げる。
「縁はさ、実験台だったんだ」
突然の変わったように思える話題に、伏黒も虎杖も困惑したような表情になった。
「呪いを食べて強くなる実験」
二人は同時に息を呑んだ。そして、二人の頭に浮かんだのは、数日前に見た血塗れになりながらも呪霊に噛みついた縁の姿だった。
「・・・そういう、術式なんじゃないんですか」
喉が乾いて張りついているような気がしながらも、伏黒は言葉を吐き出した。てっきり噛みつくことで呪霊を祓う術式なのだと思っていた。
「まあ、そうなんだけど、持って生まれたものなのか、無理矢理与えられたのか、僕でも見えないんだよね」
「無理矢理与える?」
そんなことが可能なのかと問うように伏黒は更に眉間の皺を深くして聞き返した。虎杖はきょとんと伏黒を見ると、再び口を開いた五条へ視線を移す。
「術式を埋め込む実験が成功したって、縁の家の連中は話してる」
本当かどうかは別として、と言う五条に、伏黒も虎杖も険しい表情のままだった。ぎりっと奥歯を噛む音が聞こえた。
「本当はさ、宿儺の指を全て回収したら、縁が取り込んで、処刑される予定だったんだよね」
「はあ?」
目を丸くした二人から大きな声が漏れた。
「ま、それ以外の呪物もまとめて処分しようと思ってたみたいだけどね」
「なんだよそれ」
声に出して虎杖は怒った。伏黒は無言のままだったが、目尻が吊り上がっていた。
「問題は、縁自身がそれを受け入れてることだ。前よりはよくなったけど、戦い方を見てればいつ死んでもいいって気持ちが出てるでしょ」
再び二人の脳裏に浮かぶのは、呪霊の攻撃を受け血塗れになった縁の姿だった。五条の言う通り、伏黒は以前何度か縁と出た任務ではそんなことはなかったものの、先日の縁の戦い方は自己犠牲心が過ぎると言ってもよかったと思う。
「縁は自分の死を望んでる。でも、自分じゃ死ねないから、誰かに殺されるのを待ってる」
喰って祓うことで呪力を得たり術式を得たりする縁は、危険因子として上層部に目をつけられているのだと五条が説明すると、虎杖は「なんだよ、それ」と繰り返すと口を曲げた。
「だから、宿儺の指を食べた悠仁に対して、色々思うところがあるんだよね」
「・・・死ぬ機会を失ったからですか」
「ま、そんなところなんじゃない」
軽い口調とは裏腹に重たい話だ。いつものことだが、と伏黒は五条を見上げた。今までそんな話一言もしなかったではないか。必要ない情報だと言われてしまえばそれまでだが。同じ時間を過ごした頃からそんな思いを抱えていたのだろうかと、伏黒は複雑な感情に駆られた。
「態度が悪くても気にしないでいいから」
重たい話をされた後に気軽にただの八つ当たりなのだと言われても、気にしないでいられるような性格を虎杖はしていなかった。
「悟、遅い」
「縁が先に行っちゃうからでしょ」
縁は口角を下げ、不満そうに五条を見た。
「縁、葉っぱが」
伏黒は縁の頭についた葉っぱを指先でつまむと、それを地面へ落とした。「ありがとう、恵」と縁はその葉がはらりと地面へ落ちるまで見つめながら礼を言った。縁は五条へ視線を向けた。
「それで、この寺院で何をするんだ」
辺りを見渡し、強い呪霊がいないことを確認した縁が問う。五条は呪物の回収だと説明した。そんなことに何故自身が呼び出されたのか、と縁は顔を顰める。五条が居れば事足りるだろう。教師として居るならば、縁は必要ないはずだ。そんな縁の表情に伏黒は溜息を吐いた。長年の付き合いなのだから、特に意味があって呼ばれているわけではない可能性も考えればいいのに、と。
「終わったら、一緒にご飯行こう」
「・・・そのためか」
納得したような顔で、呆れるような溜息を吐いた伏黒と縁は古い木製の建物へ視線を向けた。奥から人の気配がし、そちらへ向く。その寺院の住職だった。五条と住職が挨拶も早々に話を進め、蔵へと四人は案内された。住職を先頭に五条、虎杖、伏黒、そして縁と細い廊下を歩きだした。
2022/09/14