「ねえ先生、縁は?」

 釘崎が問うと、五条先生はいつもの貼り付けたような笑みを浮かべた。

「縁は、ちょっとね」

 俺はその言葉に握った拳に力が入った。

「・・・無事、なんですよね?」

 釘崎は怪訝そうに俺を見て、五条先生は俺を一瞬真顔で見た後、胡散臭い笑みを浮かべた。

「もちろん」

 五条先生の本心が見えず、本気なのか、本気じゃないのかがわからないのは、いつものことだ。それでも、心がざわつくのは、やはり一条が五条先生へ攻撃したからだろう。
 錯乱していたのだろうか。虎杖が死んだことを目醒めてすぐに答えたのは間違いだったのだろうか。
 規定通りならば、一条は罰せられる。五条先生が気にする人とも思えないが、一条を気絶させた後に笑っていなかったことが俺は気になっているのかもしれない。

「やっぱりショックよね・・・」

 釘崎は少し俯いて呟いた。虎杖が死んで、一番ショックを受けているのは一条だというのは、俺達全員の共通認識だ。釘崎は一条が五条先生に襲いかかったことを知らない。だから、一条はショックから寝込んでいるのだと思っているのだろう。

「大丈夫、大丈夫。意外とあの子タフだから」

 からりと笑った五条先生に釘崎は、そうよね、と頷いたが、俺の心は変わらずざわついたままだった。



離せない、二人は




「恵も、野薔薇も、縁の心配してたよ」

 口角を上げた五条を見上げた。肩に乗っているぬいぐるみに頬をペロリと舐められ、イラッとした縁は、白くふわふわしたぬいぐるみを投げつけたい衝動に駆られた。
 黒いサングラスをつけた、猫のような、狸のような、ぬいぐるみは、夜蛾が作った呪骸である。初めて渡されたとき、どことなく見覚えのある色合いに、縁の眉間には自然と皺が寄った。

「イライラしても呪力は一定」

 誰のせいだ、と縁は五条を睨んだ。すると、後ろで「痛ってぇ!」と叫び声が聞こえた。

「ほら、悠仁も。イライラしても呪力は一定に」
「くっそぉ」

 悔しそうにボクサーの格好をした熊のような呪骸の頭を虎杖は鷲掴みにした。するとファイティグポーズを取っていた呪骸は、鼻ちょうちんを出して眠った。

「授業に出た方がいいって言いたいんですか?」
「いや、まだいいよ。寝込んでるって言えば、皆信じるでしょ」

 五条の答えに縁は怪訝そうにした。では、何故心配していると言ったのだろうか。弧を描いたままの口元から、その真意は縁にはわからなかった。

「それじゃあ、僕、これから出張だから。二人共、訓練サボらないようにね」
「うっす!いってらっしゃい!」

 気を付けてね、と虎杖はニカッと笑った。五条は一瞬驚いたように眉を上げると、すぐにフッと笑った。

「お土産は期待するな」

 いつもの軽い調子の五条に、縁は小声で「いってらっしゃい」と呟いた。すると、虎杖は黒い目隠しの奥にある五条の目が優しく細くなった気がした。

「いってきます」

 ヒラヒラと手を振りながら部屋を出て行った五条を見送ると、二人は目を合わせた。

「五条先生、何しにきたんだろ?」

 虎杖が首を傾げると、縁は肩をすくめた。

「真面目にやってるか確認かなぁ?」

 やってんのにな、と同意を求める虎杖に、ただ茶化しにきただけなのでは、と縁は心の中で思ったが、口にはしなかった。
 肩に乗ったままの呪骸を掴んで膝に移動させる。しかし、するりと長い尾を絡めながら、呪骸は肩へと戻ろうとした。思い通りにならない呪骸にイラッとすれば、ペロリと舐められる。あ、と虎杖はそれを見て口を開いた。その瞬間ブンッと熊のような呪骸はパンチを繰り出した。

「イッテ!クッソ!」

 顎に当たったグローブを涙目で睨みながら、虎杖はその頭を両手で挟んだ。再び呪骸が眠り出すと、ホッとしたように息を吐いた。

「なんか、やっぱ縁の、似てるよなぁ」

 口をへの字にしながら虎杖が言えば、縁は肩の上にいるそれを見た。虎杖に与えられた呪骸は一定の呪力を流さなければ、殴り掛かってくる。縁に与えられた呪骸は一定の呪力を流さなければ、縁の顔を舐めるようになっている。なんとなくドヤ顔にも見えるその呪骸に舐められるのは、縁を苛立たせた。始めは、更に舐められることになり、綿を抜いてやろうか、と心の中で叫んだりもした。
 虎杖は、白い体に黒いサングラスという、どことなく見覚えのあるカラーリングの呪骸が縁を舐めるたびに心が乱され、何度も小さなグローブで殴られた。縁は呪力のコントロールに慣れてきたのか、だいぶ回数が初日に比べれば減ったが、虎杖は縁が失敗する度に、巻き添えを食らっている。小さい割にパワーのあるパンチを少しずつ避けられるようになってきた。
 ニヤッと笑っているように見える猫を見て、虎杖は、やっぱり五条先生に似てるよなぁ、なんて口を尖らせた。縁の顔に擦り寄る仕草に、モヤモヤとした感覚を覚える。チラリと熊の呪骸に視線をやると、鼻ちょうちんは壊れていなかった。

「なあ、縁」
「なに?」
「こっち来て」

 ソファに座る自身の足の間を指せば、縁は首を傾げながら、そこへ座った。いつものように虎杖を背もたれのようにして座ると、虎杖は縁の肩の上の呪骸と目が合った。邪魔だなぁ、と再び口を尖らせた。縁は虎杖の表情に気付くことなく、呪骸を抱えようと肩から下ろした。今度は逃げることなく、大人しく両手の中に収まっている。学長の呪骸は不思議なものだと思った。

「五条先生のこと、どう思う?」

 なんとなく口に出した質問に、虎杖はなんとなく失敗したと思った。しかし、縁はその問いかけの意図もわからないまま、んー、とローテーブルに置いてあるDVDの束を物色し始めた。

「あやしい」

 きっぱりとした口調に虎杖は思わず苦笑いした。あの目隠しはやっぱり怪しいよな、と。そして、やはり自身の幼馴染が警戒心を強くして接していることを改めて認識した。しかし、虎杖が一度死んでから、その警戒心は僅かながらに減ったような気もしていた。

「軽い」

 確かに、と続いた形容詞に頷いた。そして、やはり嫌そうな雰囲気を出している縁に、先程まで感じていたモヤモヤが消えていることを自覚した。俺ダッサ、と虎杖は苦笑した。そして、少し前のめりになる縁の腹に回した腕に力を入れた。

「なあに?」

 選ぶのを邪魔するような腕に手を添え、縁は振り返って見た。

「んーん。なんでもない」

 肩に額を乗せた虎杖に首を傾げながらも、縁は、これ、と選んだDVDを持ち上げた。白い呪骸は相変わらずドヤ顔のまま、縁の手の中に収まっている。

「縁、授業出たい?」

 また唐突な質問に縁は首を傾げた。

「悠仁と一緒の方がいい」

 きっぱりと縁が言うと、虎杖は笑った。

「俺も。縁と一緒の方がいいや」





2022/07/28




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