違う高校へ通うのだと言っていた縁と高専で会ったときは驚いた。同時に、だよな、と思った。結局、縁は俺が望めば俺の願いを叶えてくれるのだ。

「あれ?縁は?」
「縁は家の用事で、今日は休みだ」

 先生は腕を組んだまま告げた。は?俺、そんな話聞いてない。イラッとして顔が引き攣る。

「なんだ、五条も聞いてなかったのか」
「珍しいな」

 硝子と傑がニヤニヤしながら言う。喧嘩売ってんのか、コノヤロ。文句を言おうと口を開こうとした瞬間、先生は、ごほん、とわざとらしい咳払いをした。舌打ちする。

「授業を始めるぞ」

 携帯を取り出して、縁へメールする。アイツ、何で何も言わなかったんだ。すぐに返信するよう、最後に念を押した。送信を押すと同時に目の前に火花が散った。

「イッテェ!!」
「悟!授業中に堂々と携帯をいじるな!」

 指導という名の拳骨が火花の原因だったらしい。痛む頭を押さえながら、ゲラゲラと笑う傑と硝子を睨みつけた。アイツら、マジでシメる。
 授業が終わっても、縁からの返信はなかった。

「先生も家の用事って言っていたんだ。忙しいんだろう」
「ついに愛想尽かしたんじゃない?」

 傑が硝子を嗜めるように呼んだ。別に真に受けていないので、気にしていない。けれど苛立っている中、揶揄うように言われると苛立ちが増す。不機嫌なのを隠さず顔を顰める。

「そんなわけねぇし」

 俺の言葉に硝子が鼻で笑った。

「すっごい自信」

 当たり前だ。縁は、絶対に俺から離れたりしない。俺が望まない限りは、縁は俺から離れたりしない。現に高専に縁は通っている。

「コンビニ行ってくるわ」
「つまみ、よろしく」
「なんでだよ」
「たまにはスナック菓子でいいよ」
「で、ってなんだよ、で、って。パシリじゃねぇつーの」

 山を降りてる途中で会うかもしれない。きっと無意識の内にそんな期待を僅かながらに持った俺は、後ろ手に振った。



 コンビニのビニール袋を片手に寮へ入る。結局、縁とは麓で会わなかった。しかし、談話室から声が聞こえてきた。聞き慣れた声に、思わず大股になる。縁と居るのは傑だ。

「婚約者の人もいい人そうではあったよ」
「それならよかったじゃないか」

 婚約者。突然耳に入った単語にピタリと足が止まった。

「どうだろう。あまり人に会えなくなるかもしれない」
「それは寂しいね」

 傑が縁に寄り添うように言った。

「寂しい・・・そう、だね。寂しいのかもしれない。離れることを考えたりしたことが今までなかったから」

 縁は独り言のように呟いた。

「でも、会おうと思えば、いつでも会えるだろう」

 傑の言葉に縁は緩く首を振った。

「多分それは難しいと思う。相手の家からそうそう出してもらえると思えない」

 自由などないのだと言うような言葉にサッと血の気が引いていく感覚を覚えた。縁がどこの誰とも知らない男の家に嫁ぐ。俺はそんなことを考えたこともなかった。縁はずっと俺の側にいると思っていた。だって、俺の側にいると小さい頃に約束したから。俺を守るのだと。強い俺を、守るのだと約束したんだ。

「どういうことだよ」

 二人は驚いたように俺を見た。縁の手首を掴むと、傑は咎めるように俺を呼んだ。縁は困惑したように俺を見上げた。

「メールも無視しやがって」
「ごめんなさい、悟。今日は顔合わせで、携帯を触らせてもらえなくて」
「悟、強く握りすぎだ」

 縁を掴む俺に止めるように傑が眉間に皺を寄せながら「縁がかわいそうだろう」と言った。それでも離す気なんか俺にはない。縁が痛みを堪えるように顔を顰めた。

「大体、顔合わせってなんだよ」

 自由な手を俺の手に添えて、止めるような仕草を縁がする。グッと腕を引き寄せて顔を近づけた。

「オマエ、俺の許可なく見合いに行ったの?」

 許すわけないだろ、そんなの。腹の奥がぐつぐつと煮えたぎるような感覚がすると、自然と呪力が溢れていくのが分かった。ひゅっと縁の喉が鳴った。すぐ側で傑が俺を止めるように呼んだ。俺の腕を掴もうとした傑の腕を軽く無限で弾く。

「悟!ちゃんと話を聞け!」
「うるせーよ、傑。オマエには関係ない話だ」

 縁は全く俺が怒っている理由がわからないらしい。眉尻を下げ、俺の怒りの鎮め方を探るように俺を見ている。

「悟が、何を怒ってるのか、わからないけど」

 戸惑いながら、縁は口を開いた。

「お見合い、なんか、してない、よ?」
「は?」

 口から間抜けな音が抜けていく。気の抜けていく炭酸のように、周りの空気が落ち着いていく。傑は、やれやれ、と言いたげな顔で、わざとらしく溜息を吐いた。縁は周りの空気が緩んだからか、ゆっくりと息を吸って吐いた。

「悟、どこから聞いていた?」

 助け舟を出すように傑が問う。反射的にガラの悪い母音だけ返すが、傑が同じ質問を繰り返した。

「婚約者がいい人そうだったって」

 自分の口から出てきた言葉に苛立つ。

「いい人そうだったよ」
「あ?」
「縁は、ちょっと黙っていようか」

 傑が「話がややこしくなるから」と言うと、縁はしょんぼりと目を伏せた。あまり見ない表情に、思わず耳が生えているように見えて、どきりとする。クソ、かわいいな。少し握っていた手首の力を緩める。

「誰の婚約者の話だい?」

 傑の問いかけに再びイラっとする。

「・・・縁の、だろ?」
「へ?」

 口にするのも嫌だと思った言葉を吐き出して、縁の口から裏返った声が漏れた。傑から視線を下へ向けると、首を傾げた縁が俺を見ていた。そして、怪訝そうに眉を寄せる。

「私に婚約者なんかいないよ」
「だって、オマエ、婚約者がいい人そうだったって」
「姉さんの婚約者だよ」
「ねえさん?」

 おうむ返しする。姉さん。俺達の三つ歳上ぐらいの姉がいたことを思い出した。よく家に来ていた縁と違って、あまり会ったことはなかったからいることすら忘れていた。

「今日は姉さんの婚約者と食事してきたんだ」
「ねえさんのこんやくしゃ」

 傑が「ついに壊れたかな」と笑った。クソ。舌打ちして見せるが、ニヤニヤとイヤな笑みを浮かべている。

「よかったね、悟。愛想尽かされたわけではないようだよ」

 縁は不思議そうに首を傾げた。

「・・・もう怒ってない」

 それは質問ではなく、観察した様子をそのまま口に出したような言い方だった。それが癪であえて口を尖らせて見せる。

「怒ってる」

 困ったように縁の眉が下がった。

「今度から休む時は先に言っておけよ」
「なんで」
「言えよ」

 俺の様子に諦めたように小さく縁は「わかった」と返事をした。ほら、やっぱり縁は俺の願いを叶えてくれる。

「縁も甘やかすのはほどほどにね」
「傑には関係ねぇだろ」

 呆れた様子の傑に縁は苦笑した。甘やかしているつもりはないのだと。

「とりあえず、シャワー浴びてきていいかな」

 掴んだままでいる手を見て縁が言った。仕方なくその手を離した。縁はホッとしたように小さく息を吐いた。

「シャワー浴びたら、マリカーするからな」

 俺がそう言うと縁はいつも通り俺を甘やかす時の笑い方をした。

「わかったけど、手加減してね」
「傑と先に始めてっから」

 縁はわかったと頷くと、部屋の方へ向かった。

「付き合ってもいないのに嫉妬することを許してくれるとは、寛大だね」

 嫌味かと思って睨むように傑を見るが、傑の視線は縁が消えた先に向いていた。

「別に嫉妬じゃねえし」

 傑は鼻を鳴らした。

「いいかい、悟。他の男の物になりそうだと思って怒るのは、嫉妬以外の何物でもない」

 まるで子供に言い聞かせるような口ぶりに苛立つ。

「気に入らないからと、傷付けるのも感心しないな」

 いくら彼女が許してもね、と付け足した傑は、ふと俺の手に視線を落とした。

「好きな人には優しくするものだ」

 ガツンと雷に打たれたような衝撃を受けた。

「好きな人?」

 俺が聞き返すと、傑は細い目をめいっぱい開いた。

「まさか。そこからかい?」

 驚愕した傑の様子にカチンときて、うるせぇ、と足で傑のふくらはぎを蹴った。そして、小さくポツリと繰り返す。

「そうか」



気付いたのは、

恋心か、執着心か





2022/06/19

「飲み込んだのは、言の葉か、呪いか」設定




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -