走り出した彼女は誰よりも速く戦地へ降り立った。
音もなく刀を抜きその場でくるりと回ったかと思うと、次の瞬間には紫苑の空いていた方の手には刀が握られている。
それと同時に腰から刀を抜き取られた天人のひとりが倒れた。


「おっそろしいやつ…なにが拾うだ」


そう呟いた銀時もまた、刀を振るう。あたりに喧騒が広がってゆくのを感じる中、彼の目はちらりと高杉をとらえる。
直前に決まった配陣に従えば、銀時と彼の率いる鬼兵隊とは対極の位置にあった。さらに言えば紫苑と桂もまた然り。
じわじわと攻め寄せ、遠のいて行くそれぞれの背中に、小さな焦燥。
それを断ち切るかのように銀時は辺りの天人をひとり、またひとりと斬り倒してゆく。


(もうこれで────)


この恐怖と向き合うのも最期なのかと安心したわけではない。ただ何時ものように頭の端で思うのだ。
口には決して出さない思いを。
どうかまた彼らにあいたいと、そう願うのだ。

彼はそうして目線を天人へと戻すと、戦渦の中へ身を投じた。
もう声さえ届かない、そこへ。













一方で高杉はひとり彼らとはまた離れた場所で奮闘していた。片方の視界は塞がれたままだか、それを感じさせない動きで戦渦を駆ける。昨日の手合わせが思った以上に効果を発揮したらしい。

鬼兵隊の者たちとは散り散りになった。あたりに見えるは天人ばかり。しかし彼の心を占めているのは不思議と不安や焦りばかりではなかった。
自分でも驚くほど落ち着いている。彼の体は絶えず敵に向かうが、その心は別にあった。


この戦争が終わったあと、どんなふうに自分は生きていくのだろうか。こんなときにそのようなことを思ったのは初めてのことだ。

考えたことが無かったわけではない。しかしその答えが出たことはなかった。銀時や桂、紫苑に尋ねてみても返事はいつも曖昧だった。自分もそれと同じだ。唯一笑いながら先を語っていた辰馬はすでにここにはいない。

そうして戦争がおわりかけている今となって考えてみれど、やはり答えはまだでない。
けれど、うっとおしいほど何をするにも今までそばにいた彼らが、この先も当然のようにじぶんのそばの居るような気がして、高杉は顔をしかめた。

しかめながら、頬を緩めた。




────その瞬間のことだった。


「……!…っ、」


刹那のことだった。

酷使し続けていた右目が悲鳴を上げるかのようにずきりと痛む。
不意に襲ってきたその痛みに高杉の意識が敵からぶれた。そしてその瞬間を、背後の天人が見逃すこともなかった。


(しまった)


そう思った時にはすでに遅く、振り下ろされた刀は彼の背中を容赦なく裂いた。
とたん、声にならない悲鳴が彼の喉奥を劈く。


「……ッ…ア、が!」


血反吐が飛ぶ。落ちてゆく身体。
彼が地面に叩きつけられる直前のことだ。
霞む視界に、高杉は世界を見た。

やけにスローモーションに流れる風景は赤ばかり。
一瞬の幻が彼の視界に緑を映したような気もしたがそれも呆気なく消える。


(…きたねえなァ)


誰の目にもきっとそう映る。

彼は目の前の世界をただ汚らしいと思った。
望んだそれとはほど遠いのに、それでもどうして、居心地が悪いとは感じない。
ほら、ここまで俺は落ちたんだ。ならばもうここまででいいかと。そんなことすら、思うのに。


(ああ、でも、あいつはきっと怒るのか)


約束は破らねえと言ったんだがな。
畜生、今回ばかりはそうはいかないらしい。
すでに目前には振り落とされる刀があった。

片目を閉じる。
なにも見えない。
これでいい。
これで、きっと


(───紫苑、)








「…っ!、りゃあああぁあっ」


刹那、どうと大きな音がして、再びまぶたを持ち上げた。

俺に突き刺さるはずだったのであろう刀は虚しく地面に落ちている。
刀の持ち主も同じように地面に伏していた。

ふと目線を上げれば、少し離れたところに一本の刀を持って立ちすくむあいつがいた。

あいつが、いた。


「し、っすけ、え…っ!」


苦しそうに肩で息をしている。あいつが放り投げたらしい刀は今地面に伏している、奴の首に刺さっていた。


「 紫苑…」
「死なせる、もんか、」
「…………」
「だって、やっと、せっかくさいご、なんだから」


ふらふらとこちらに向かってくるあいつはもう、まさに満身創痍といった風で、そんなあいつを見るのは珍しくて、むしろ初めてと言ってもいいほどで。思わず言葉を失った。
紫苑は俺の傍らに落ちていた刀を拾い上げると背を向け、それだけ言って歩き出す。
知らないだれかのようだった。


「おい、っ紫苑!」
「ハア…げほ…っ」
「なに考えてんだお前、そんなんで、他人に構ってる場合じゃ…ねえだろ、」
「…わたしならまだ、へーき」
「馬鹿言ってんじゃ…」
「…だいじょぶだよー」


向かってきた天人をまた一人斬り倒して振り向くと、へらりと笑ったそいつを見てああ紫苑だと思った。
それと同時にこいつをこの先に行かせてはいけないとも。

あの時、あの時は、こいつを行かせて、こいつはあの人のことを忘れた。
あの人をなくした。

いま紫苑を行かせれば、こいつはまた何かを無くしてしまうような気がする。

それでは駄目だ。それでは、何のために今まで足掻いてきたのか分からなくなる。
俺はきっと、死ぬほど後悔することになる。


「大切だからさ。みんなが、晋助のことが。護りたいって思うのは当たり前でしょ」
「分かんねえのか…この先生き残るにはもうどこかで離脱するしか道はねえ」
「……げほ、」
「ヅラのはなし、聞いてたのかよ。いくらてめえが無理したところで状況なんざ変わらねえ、」


自分の前に立って一人、また一人と天人を斬ってゆく紫苑を見ながら、高杉もまた立ち上がる。
背中が燃えるようにあつい。
だがそれすらも忘れてしまいそうになるほど彼の意識は他にあった。


「おい、はなし聞け」
「………」
「ふざけるなよ、聞こえてんだろうが」
「しんすけ」
「……なんだ」
「わたし、小太郎が言ってたとおりだとは思わない」


耳障りな金属音が響く。何か重たいものが地に落ちる音がした。
なぜ分からないのか、分かろうとないのか、
目の前の仲間に生きてほしいと思うのは彼も彼女も同じだった。


「そういうことを言ってるんじゃねえ、っ、おれはお前に、」
「分かってる、わたし馬鹿だもん。…げほ、っ…でも、負けたくなんか、ない!」
「!」


近くにいた最後の天人を斬り倒して振り向いた彼女はいまにも泣きだしそうな顔をしていた。
とたんに高杉の心中がざわつく。


「負けたら、またみんなが死んじゃう。いっぱい死んじゃう。勝ちたいんじゃないの、わたしはただもう誰が死んでしまうのが、たまらなく怖いだけなの」
「…そう思ってんのはお前だけじゃねえ」
「そんなの分かってるよ!でもやっぱりわたし、逃げるなんて嫌だ!誰かが戦ってる限りわたしは逃げない、逃げたくないの、見殺しになんてできない!」
「ならてめえは辰馬のこともそう思うのか、俺たちを見殺しにしたって、そう思ってんのかよ」


紫苑の動きがぴたりと止まった。どんな表情をしているのか。予想はついているが高杉がそれを見ることはなかった。
そうして彼が掴んだ彼女の腕は細い、ただの女のそれだった。


「…っ、ちょ…離して!」
「もう自分ばっか傷つけんな」
「やだ、離して!みんなが見えなくなる!」
「……」
「晋助!わたしは傷ついてなんかない!」


そう喚き叫ぶ声なんて聞こえない。
聞く気もない。


「わたしにはもうそれしかないの…っ」


もう止めてくれ。そんなことを言うな。まるで当然のようにそんな残酷なことを言うな。

そう叫びたいのは彼のほうだった。


ゆめうつつ



 
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