「べにちょうちょ」


それは目的地へと向かう道中でのこと。紫苑がぼそりとそうつぶやく。

それに気がついた銀時ら三人は一斉に彼女のほうへ振り向いた。
柄にもなく、揃いも揃って目を丸くしている。

それは今まで彼女の口からその言葉がまともに発せられたことが無かったための反応だ。


「…いきなりどした?」
「え?いや、そういえばこんなふうにも呼ばれてたなーなんて思い出してさあ」
「こんなふうにも、ってか…そーいやお前と銀時はむしろ本名のほう知られてねえよな」
「あー…言われてみれば確かになァ」
「なんでだろう」
「向こうが勝手にそう騒ぎ立てたんだ。たいした理由もなかろう」
「まあそれもそうか」


彼らを待つ戦場へと向かいながら、普段と何ら変わりない様子で会話を繰り広げているのは他の志士たちの前を往く四名だけだった。

確実に近づく最後の戦場とて、彼らが意識することはいつもと同じ。
それぞれの信念の元にただ、歩く。


「白夜叉ー、なんて誰が付けたんだか」
「俺が知るかよ」
「ふうん。狂乱の貴公子さんはどう思いますか、…ぶっ」
「ぎゃははは!そーいやあったなそんなのも!いやそれこそ誰がつけたんだっつーの、こいつのどこが貴公子?是非教えてほしーわ」
「貴様ら…」
「おい」


高杉が桂の言葉を遮る。
桂は、どうかしたのかと開きかけた口をつぐんだ。
彼の視線のさき、高杉の唇に当てられた人差し指がその意味を示していた。


「もう、すぐそこのはずだ」


先頭を歩いていた四名が止まれば当然、後ろの者たちにも緊張感がはしる。
自然と静まり返ったその場。
とうとうこの時が来たかと皆が口を閉じたそのとき、銀時の口から思いがけない一言が零れた。


「…高杉、おまえあれだぞ」
「なんだ」
「………だから、あれだ」
「意味わかんねえ。日本語喋れ」
「…………あんま無茶すんなよ」
「……………、は?」


耳を疑うようなその言葉は小さいが、確かに銀時の口から発されたものだった。
普段何事にも動じない高杉でさえ、頬をひきつらせて銀時を凝視している。
まるで不気味なものを見るようなその視線に、銀時はばつが悪そうに言った。


「な、なんだよ…」
「…銀時てめえ、とうとう頭でも沸いたか」
「あ!?ちっげーよ馬鹿杉ふざけんな」
「や、でも銀ちゃんが晋助を心配するなんてこれ…なんて奇跡」
「たしかにその通りだな。台風、いや雪でも降ってくるんじゃないか?」
「いやまだ初冬も迎えてねえし!」
「何にせよ気色悪りーこと言ってんじゃねえよ天パ。見ろこの鳥肌、てめえのせいだぞ」
「おっまえまじでふざけんなよ!?少しでもてめえの左目気遣った俺が馬鹿だったわ、しばき回してやろうか!」
「…余計な気い回してんじゃねえよ白髪、昨日の手合いで散々動きまわってんだ。もう大方動ける」
「そうだよー、晋助慣れるまでもあっとゆう間だったから。昨日なんて途中からもうハンディキャップ?なにそれ食えるの?って顔してたから」
「つかてめえらそんなことしてたの」
「してたの」


こっくりと頷いた紫苑に銀時は深いため息をついた。

それからはいはいそーですか、と適当に返事を返す。と同時に、ふいに目に入った紫苑の腰の刀を見てきょとんとした。

いつの間にやらすでに歩き出していた高杉の後ろについて行きながら、彼は紫苑に尋ねる。


「…てかお前、そんだけ?」
「なにが?」
「刀、一本しかねえの?」
「あー…、そりゃあまあ。ただでさえ武器足りてないんだから私ばっか欲張るわけにはいかないからねえ」
「でもお前それ…、…。よし、俺の貸してやるからちゃんと二本持ってけ」
「いやあんたは丸腰でどーするつもりですか馬鹿ですかいやそんなん知ってるけどさ」
「るっせーな、俺の心配なんかいらねえよ。向こうに着いたら腐るほど落ちてんだろ」
「そうそれ」
「は?」
「私も向こうで拾っちゃうつもりなので平気ですけどなにかー」


そう言って小さくべえと舌を出した紫苑に可愛くねえとチョップを落とした銀時。
涙目になりながらもそれに負けじと鳩尾に拳を入れ返す紫苑。
そんな彼らを後ろから眺めながら、心配されるのを毛嫌うやつらばかりだなあと桂はひっそり笑みをこぼした。

視線を後ろにやれば、つい先ほどまで緊張に満ちた面もちをしていた他の志士でさえ、表情が緩まっているのが分かる。

ひとを呼ぶ、ひとを率いてゆく人間とはつまり。彼らのような人間のことを言うのだろうかとさえ思う。


「ばか銀ちゃんめ、帰ったら覚えてろ」
「記憶力なら俺の方がおめえより遥かにあるっつうの」
「ああ言えばこう言うんだか…っわ!」
「…………」
「いたた…。どしたの晋助、いきなり立ち止まって」
「…………」
「晋助?」


高杉の背に鼻をぶつけた紫苑はぶつけた箇所をさすりながら上を見上げた。
呼びかけても返事をしない高杉を不思議におもって首をかしげる。
すると今度は銀時がずいと前に出て口を開いた。


「見えたのか?高杉」
「…………」
「?、 高杉?」


しかし高杉はまるで何も聞こえていないかのように銀時の声には答えず、前方にばかり視線を注いでいる。
紫苑に続いて銀時までもが首を傾げた。
何かあるのかとすぐに足を進め、高杉のとなりに並ぶ。
そして、沈黙。





銀時が息をのんだ一瞬。そのすぐあと。彼のおどけた笑みの上に汗が伝った。


「……おーい貴公子さん。聞いてたのと随分はなしが違うようなんだけど」
「………、」


これから戦場となるはずの地を見下ろすかたちになる、丘の上。
皆が言葉を失うのも無理はなかった。
べつの攘夷軍が戦っているはずのそこには、人影すら見つけられなかったのだ。

否、正しく言ってしまえば"立っている人間"など、どこにもいなかった。


「よりにもよって全滅?笑えねえ」
「…来い銀時、高杉、紫苑もだ」
「……なんだよいきなり」
「予定変更だ」


むせかえるほど濃い戦場のにおい。血塗られた大地を曇天だけがじっと見下ろしている。

この先にあるそんな地獄に向けて歩き出そうとする彼らがいた。


の道を



 
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