「ぜっ、は…晋助のうそつきいー…!」
「っ…なにが」
「感覚掴めてないとか、絶対うそだ!」
「嘘じゃねえ、…さっきまでは本当だ」
「あー、もう、つかれた!」
言葉と共に縁側へと投げ出された手足。二人仲良く暴れまわった小さな庭は見るも無残なほど前にも増して滅茶苦茶に荒れ果てていた。
「……、晋助が辺り構わず竹刀振り回すからこんなことに…」
「おめえが何処でも此処でも踏み台にして走りまわるからだろーが」
「ええええ」
そんな高杉の言い草に苦笑する紫苑はそれでもどこか楽しそうにしている。
疲れ果てて寝そべった縁側の板張りは冷たくて気持ちが良かった。
「あ、…なんか久しぶりに眠い、かも」
「そりゃそうだろ、最近身体動かすことなんざほとんど無かったんだからな」
「うん。…じゃあ後よろしく」
「あァ、…………は?」
「ぐうー…」
思わず声を上げたが時すでに遅く、高杉の目下にある廊下にはすやすやと気持ち良さそうに寝息をたてる彼女の姿があった。
それを見てひくりと頬をひきつらせた彼は次の瞬間大きなため息を吐き出した。
「寝るのはえーよ」
「すー…」
「おい、まさか本当に寝てんのか?」
「ぐー…」
「………ったく、」
ため息混じりにそう呟いた高杉が紫苑の隣に腰を降ろす。彼のあきれ眼が彼女の姿を映した、その時だった。
一瞬、ほんの一瞬。
けれど確かにその時、高杉は普段の彼では考えられないほど穏やかに、小さく小さく微笑んだ。
誰も見ていない、誰も気づかない、密かな彼の素顔がそこにあった。
「…気持ち良さそうに寝やがって」
そう言ってそっと伸ばされた手は紫苑の前髪をそっと揺らした。続いて高杉の長い指が紫苑の頬を撫でる。
「………」
「すー…」
「…お前はまだ、銀時のこと…」
「にゃん!」
「!」
突然聞こえた声に頬に触れていた手をぱっと離し、高杉は声のした方を見た。
するとそこにはじっと彼を見つめる一匹の黒猫の姿。
暫く驚いたように目を見開いたあと、にやりと口角を上げた高杉はそれをひょいと抱き上げる。
「触んなってか?」
「なう」
「クク…そーかい」
いつの間にかいつもと変わらぬ調子で笑う高杉と、そんな彼の腕の中でのどを鳴らす黒猫は一緒になってそのままごろりと横になった。
すぐ隣で未だすやすやと眠る少女を見つめる。
そんな些細なことで何となくほっとしてしまうのは彼自身に原因があるのか、はたまた彼女の持つ雰囲気からなのか。
どちらにせよ高杉が微睡みはじめるまでに、そう時間はかからなかった。
目測5センチメートル
そんな距離の間で揺れる。
日溜まりの庭でおやすみなさい。
***
「……なんだこれは」
仲間を探して村の辺りを捜索しつくした桂が拠点へと帰り着いたあと、ぽつりと発した第一声がそれだった。
庭の惨劇を目の前にわなわなと拳を震わすその姿は今の彼の心情を表しているようで、もしこの場にそれを見ている者が居たならば誰だって震え上がっただろう、それほどまでに無言で激昂する彼は恐ろしかった。
「紫苑、高杉、起きろ」
「…んー…」
「起きろと言っている」
「んんん…、…あー…、もう少し寝かせてよ、お母さん…」
「お母さんじゃない桂だ!今すぐ起きろ貴様らァァァ!」