歩くたびぱきぱきと音を鳴らしながら地面を踏みしめる紫苑は焼け跡を見下ろし、歩いてゆく。
そして突然その足が止まったかと思えば、ふとこぼれ落ちたため息と共に小さな呟きがひとつ。
「銀ちゃんには寄り道するからって言ったのに、わたし人のこと言えないな。…ごめんね銀ちゃん、でもぜったいにアレは見つけたいの!」
語尾を強めてそう言った紫苑は、ひとり誰に言うでもなく手を合わせて謝ると、ふたたび視線を地面へと向ける。
彼女が探しているものとは此処を出る時に部屋に置き忘れていた大切なもの。
それは銀時から受け取った簪だった。
「…わたしの部屋ってこの辺りだったはずなんだけどな…」
いくら地面を見回してみても視界に入るのは焦げた木材と煤ばかり。もしかしたら廃寺共々すでに焼け焦げてしまったのではないかと彼女が望みを無くしかけていた、その時だ。
がさりと音をたてて、そこから少し離れた茂みが小さく揺れた。
それとほぼ同時に抜刀し、構えをとった紫苑はそちらの方向に全神経を集中させる。
(…天人……?)
そうは考えてみたものの、それにしては殺気がまるで無い。ならば一体なんだと彼女が警戒を解かないうちに、その茂みから姿を現したのは馴染みのある黒色だった。
思わず紫苑は目を見開いて呟く。
「……クロ?」
「みゃああ」
「クロ!」
小さな黒い影の正体とは以前の拠点で共に暮らしていた黒猫だった。
すぐさまそこに駆け寄った紫苑はその黒猫を抱き上げ、抱きしめる。
「よかった…、前から拠点に帰ってこない日もあったけど、あの火事以来本当に見かけなくなってたから…巻き込まれたんじゃないかって小太郎たちも心配してたんだよ?」
「にゃ、」
「ん?」
腕の中からもぞもぞ這い出ようとするクロに気づいた紫苑が下に下ろしてやると、クロはすぐそばに落ちていた煤だらけの黒い物体を鼻でつついた。
首をかしげた紫苑が何の気なしにそれを拾い上げてみると、煤が落ち、わずかに見えた緑色に目が止まる。
「本…かな?…あっ、」
もっと良く見てみようと、ばさばさと煤を落としている最中、高い音を立てて足元に転がった物体に紫苑は思わず声を上げた。
彼女の目に止まったそれこそが、今彼女が探し求めていたそれだったからだ。
「あった、簪…!」
拾い上げたそれを紫苑が空に掲げる。
最後に見たときと何ら変わらず、美しい装飾を施された簪はさらりと揺れた。
「よかった、壊れてない…。もしかしてクロが見つけてくれたの?」
「なう」
「…ありがとう、これ私の宝物なんだ。でも何でこんな所に…この本の間に挟まってたんだよね」
まったく見覚えのないその本をもう一度じっくりと眺め、また首を傾げる紫苑。
「んー、これなんなのかな?そもそも誰の本なんだろ。私は本なんて読まないしなあ……」
いくら記憶を巡らせても何も思い出せない彼女は、暫くしてこのままでも仕方がないと判断したのか、とりあえずとその本を持ち、簪を懐に大事に仕舞うとクロを連れて今現在の拠点へと足を踏み出した。
「とにかく今日はクロと簪が見つかってよかったよー」
「…にゃう」
微笑む彼女の背後で、嘗ての拠点であった廃寺の焼け残りが寂しく佇んでいた。
まいごの黒猫
知るが仏か知らぬが仏か。