辰馬が拠点を発ってから幾日が過ぎた。
たった一人の男が居なくなっただけでもその場にある空気は以前のそれとはまるで別物のようで、口には出さずとも誰もが寂しさのようなものを感じていた、そんな頃。
夜中に桂が部屋に集めたのは銀時、高杉、紫苑の三人。
数本の蝋燭の明かりだけがゆらゆらと彼らの顔を照らし出している中、桂はひっそりと口を開いた。
「…次の戦が俺たちの最後の戦いになるやもしれん」
「………それって、」
「次でこの戦争が終わると…?」
「いや、この戦争の幕引きになるかどうかは分からん。俺たちの後を継いで立ち上がる侍も居るかもしれん。…だが少なくとも、この陣営はもうもつまい」
「………」
桂の言葉を聞いた三人が三人、その一言に返す言葉も無かった。
桂が決してこのような冗談を口にする者ではないということは彼らが誰よりもよく知っているからだ。
目を伏せる紫苑と、眉間にしわを寄せて額を押さえる高杉、無表情にただまっすぐ桂の方を見つめる銀時らは押し黙って、桂の次の言葉を待った。
「そこでだ。俺は明日もう一度生き残りを捜してみようと思う」
「まあ確かに…人手は多いに越したことはねえからな」
「俺も賛成だ」
「私も」
「よし、では分担して捜索しようと思うのだが…高杉、お前は此処に残れ」
「…ヅラァ、何ふざけたこと言ってやがる。俺はもう動けるぜ?」
「そんなことは分かっている。しかし此処にはまだ他に負傷者だって居るんだ。俺たち全員が外に出て此処が襲われない保証など有りはしないだろう」
「………」
「万が一のための待機だ」
「…チッ、仕方ねーな」
そんなやり取りを聞いた紫苑は隣に座る銀時にそっと耳打ちをした。
(小太郎も素直に大事をとれって言えばいいのにね)
(ばっか、相手は高杉だぞ?んなこと言ったら反発するに決まってんだろーが)
(それもそーか)
「オイてめーら、何こそこそと話してやがる」
「べつにィ?」
「…とにかく場所を決めるぞ」
「あっ、私前の拠点の近くがいい!」
「?、構わんが…何かあるのか?」
「気になることがあって…」
「そうか。ならば紫苑はそことして俺は下の村の周辺をあたってみよう。銀時は此処を中心とした山中をあたってくれ」
「嫌だ。それなら俺だって村の周辺捜す方がいい。ヅラ、俺と代われ」
「戯け、貴様のことだ。村の近くに寄らせれば村中をぶらぶら遊んで帰ってくるのが目に見えている」
「クク、ちげえねえな」
「小太郎の言うとおりだと思う」
「……」
「よし、決まりだな。では今日のところは明日に備えて休もう」
「はーい」
「紫苑、また此処で寝るのか?」
「だって晋助が寂しがるんだもーん」
「ざけんな、んなこと言った覚えは毛ほどもねえぞ」
「顔に寂しいって書いてあった」
「適当なこと抜かしてんじゃねーよ」
べえと舌を出す紫苑と掛け布団をひっぱり合う高杉。銀時がその様子を黙って見ていると、ふいに彼の肩に桂の手が置かれた。
「お前も混ざり…「たくねえよ!つかてめえ、その憐れみに満ちた目止めろ腹立つから。なんか腹立つから!」
そして翌朝、門の前に立つのは仏頂面の銀時とまだ眠たそうに目を擦る紫苑。そして高杉と向かい合う桂だった。
「では此処のことは任せたぞ」
「ああ、」
「お留守番よろしくね晋助!」
「喧嘩売ってんなら買うぞ」
「いい子にしててね晋助くん」
「銀時てめえ帰ってきたらぶっ飛ばす」
「じゃ、行ってきます!」
意気揚々と紫苑は歩き出した。否、振る舞いはそうだが心中までは分からない。ただいくら表面には出ずとも、彼らの胸には昨夜桂に言われた言葉が今でも重くのしかかっていた。
"次が最後の戦"
(……それを乗り越えたら、私たちはどうなるんだろう)
一人歩きながらふとそんなことを思う。
長く続いた彼らの戦争が今ようやく終わりを迎えようとしている。しかし実感というものは皆無で、彼女はそれを喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかさえも分からない。
「…って何ごちゃごちゃ考えてんの私」
柄にも無いと小さく呟いた。
今いくらそんなことを考えても仕方がないのだ。どうせ次の戦を乗り越えた先に必ず答えがあるのだから、考えるならばそれからでいい。
そう思い至ったところで紫苑が顔を上げると、そこには嘗ての面影を僅かながらに残した寺の焼け跡があった。
残心の在処
見た覚えの無い炎が朧気に揺れるのを、瞼の裏側で見たような気がした。