翌日、教室ではざわめきがおこった。
なにしろ今まで誰が何を言っても応えず、ずっと独りきりで居た紫苑が銀時にぴったりとくっついているのだ。皆が不思議がるのも当然だった。
一方で紫苑はというと、銀時が歩けばちまちまと後ろからついていき、銀時が座ればその隣に座るの繰り返し。
銀時は銀時でそれをうっとおしがることもなく、平然としていた。
紫苑の方は相変わらず一見無表情だが、銀時が何か話しかけると僅かに頬をゆるめているのが分かる。
明らかに今までと様子が違う紫苑に、まわりの子供たちは目をまるくしていた。
それは今まで紫苑に対してまったくの無関心だった高杉でさえ、驚いたように二人を見ていたほどだ。
そして言わずもがな、桂はというと。
「おい銀時、なぜいきなりこのようなことになっているんだ!一体いつの間に紫苑と仲良くなったんだ?!」
そう村塾生全員の疑問を代弁するかのように銀時に向かって訴えかけていた。
だがしかし銀時はというと桂の大声に対して鬱陶しそうに耳をふさいでいるだけ。肝心の紫苑ですら桂を不思議そうにじいっと見つめたまま銀時の背中に隠れている。
「うるっせぇ!声がでけぇんだよヅラァ!紫苑がびっくりすんだろーが!」
「ヅラじゃない桂だ!それにそう言うお前の声が一番でかいわ!」
そんな調子でギャンギャンと桂と銀時が吠え続けていると、いつの間にこちらに来たのか、高杉が銀時を正面から見つめている。
それに気がついた銀時は、こんどは高杉の方を見向いた。
「よう銀時。おまえこのチビに何したんだよ?」
「ああ?別に何もしてねーよ」
「このチビ昨日までとぜんぜん雰囲気が違うじゃねーか。お前にべったりくっついてるしよ」
「何もしてねーっつの、しいて言うならアレじゃねえ?俺の素敵オーラが引きつけちゃった感じじゃねえ?」
「……お前じゃ話にならねー。オイ」
そう言った高杉は蔑みの目を銀時に向けた後、銀時の背中に隠れていた紫苑に話しかけた。
「…………」
「お前ら何があったんだよ」
「…………」
しかし相変わらず返事はない。
紫苑はただ黙ったまま高杉の方を見ているだけだ。
そんな彼女の様子に高杉は舌打ちすると銀時の方に向き直る。
そして紫苑の方を指差して言った。
「おい銀時、何でこいつ喋らねーんだ。喋れねーのか?」
「んなことねーよ、…な、紫苑」
銀時の言葉に反応して顔をあげた紫苑の瞳が銀時の姿を映す。
「こいつ等が昨日はなしてた高杉と桂。
大丈夫、高杉のヤローは目つき悪いし桂はヅラ小太郎だけど悪い奴らじゃない。…一応な。…まあとにかくこいつらお前と喋りてーんだってさ」
"目つきが悪い""ヅラ小太郎"などという言葉に高杉と桂は声を上げようとしたが、とたんにその口をつぐんだ。
なぜならば紫苑が二人を真っ直ぐ見て小さく口を開いたからだ。
「たかすぎ、と、かつら」
初めて聞く紫苑の声に、先ほどまで静かに事の流れを見守っていたまわりの生徒たちは再びざわつき始める。
その一方で名を呼ばれた当の本人達は硬直していた。
「き、昨日、銀ちゃんにね、お話、いっぱい聞かせてもらったの。えと…、だから、ね。大丈夫なの」
ゆっくりゆっくり、やはりたどたどしく言葉を紡ぐ紫苑。
高杉は紫苑を凝視して動かなかったが、先にハッとした桂が紫苑に話しかけた。
「そうだったのか、よく分かった。ありがとうな。…ただ俺のことは小太郎でいい。間違ってもこいつ等みたいにヅラなどとは呼ぶなよ。……ずっと紫苑と話がしてみたかったんだ」
実際のところ、紫苑の説明では何があったのか彼らにはさっぱり理解できなかったに違いないが、余計な質問をして紫苑を混乱させまいと考えた桂はそう言ってにっこりと笑った。
そんな彼に続いて今度は高杉が紫苑にぽつりと話しかける。
「銀時が何を言ったか知らねーが……、俺は高杉晋助だ。………晋助でいい」
最後の一言は今にも消えてしまいそうなほどに小さなものだったが、それでも紫苑の耳にはちゃんと届いたらしい。
高杉がそう呟いた直後、嬉しそうにふわりと顔をほころばせた紫苑を見たとたんに、高杉は顔を真っ赤に染めた。
「…よろしく、ね。…晋助、小太郎」
「お、おう…」
「あっれえ、晋ちゃん?なんかお前顔赤くね?もしかして照れてんの?ぷぷっ」
「なっ、照れてねぇ…!」
「よろしくな紫苑!」
丁度その時、松陽が教室に入ってきた。授業開始の時間らしい。
それに気づいた高杉と桂が席に戻るのを紫苑が見ていると、不意に頭をぽんぽんと撫でられる感触。
それにつられて振り返った彼女の目に映ったのは咲き誇るような銀時の笑顔だった。
「よかったな。友達、増えたじゃん?」
まるで自分のことのように嬉しそうに笑う銀時に、紫苑は今までで一番の笑顔を見せて言った。
「…ありがとう銀ちゃん、」
ぎんいろのまほう
(それは私に笑顔をくれる)
「っ、いーってことよ」
「……?銀ちゃん顔まっか、だよ」
「……………」