晴れ渡った空の下、まだ早朝と呼べる時間帯に廃寺の前に立っているのは、夜のうちにひっそりと旅支度を終えた辰馬とそれを見送る銀時だ。
見送りが己ひとりだということに気がついた銀時は、少し驚いたようにまわりを見渡して言う。
「お前今日ここを出ること誰にも言ってねえの?」
「いんや、高杉とヅラには言うたぜお」
「ふうん…あいつら何て?」
「みぃんなおんしと同じような反応じゃあ、引き止めもせんとまっこと酷いのう!ちくとは贈る言葉みたいなもんがあっても良いろー?あっはっは!」
「拝啓もじゃお君。煩えのが居なくなって僕は嬉しいです早くどっか行っちまってください」
「あっはっは!ぶっとばすぞ天パ」
「…紫苑には、言ってねえのか」
「ん?ああ…言っちょらんのー」
「いいのか?あいつぜってえ怒るぞ」
「あっはっは!…まっこと、それならいいんじゃけどのう」
「………」
「もし泣かれでもしたらわしゃあきっと迷うきに、言えんかった」
「そっか、」
僅かに目線を下げて微笑む彼を見て銀時は静かに言葉を返した。
近くで鳥がさえずるのが聞こえる。そろそろ皆が起き始めてもおかしくはない頃だろう。それを思ってか否か、辰馬は突然声色を明るくし、いつもの笑みを見せて言った。
「まあ紫苑には銀時からよろしく言うちょってくれー」
「…ったく、仕方ねえな…」
面倒くさいとばかりに後ろ頭をかく銀時に辰馬は大口を開けて笑う。
しかしすぐに中に聞こえたらまずいと思ったのか、彼が慌てて口を抑えたと同時にその笑い声も止まった。
「…おんしゃこれからどーするがか?」
「こう見えても地球(ここ)が好きでね。
…のんびりやってくさ。てめえの護りたいもん護ってな」
それを聞いた辰馬は呆けたように目をまあるくした。
しかしそれもほんの少しの間のことで、すぐに表情を崩すと、彼はまたいつものように大声で笑った。
「ふ、あっはっは!まっこと、おまんらしいぜお!」
「そうかィ」
「…のう銀時、」
「おー」
「………いや、何でもない。またの」
「…おー」
ふわりと笑って一言そう言うと、辰馬はくるりと踵を返し廃寺とは逆の方向へ足を踏み出した。
振り返ることなく進む彼の背中はだんだんと小さくなっていき、やがて消える。
それをずっと眺めていた銀時は何の前振りもなく、突然ぽつりと呟いた。
「…おせえよ」
刹那、びゅうと風をきるような音が銀時の横を通り過ぎた。思わず目をぱちくりと瞬かせた彼は頬をひきつらせて呟く。
「っ、…相変わらず速えーな」
「…くあ、…ねみィ」
「あれ?お前もう起きてもいーの?」
「あ゙?これくらいで俺がへばるわけがねえだろ、なめてんのか?」
「とりあえずその低血圧治せば?」
「るっせ、そりゃてめえもだろ」
「…お前ら、こんな日くらい仲良くできんのか」
「誰がこんなやつと…」
「こっちのセリフだコノヤロー、…で、どっちがあいつにこのこと言ったわけ」
「俺ァ言ってねえよ」
「俺もだ」
「あ?そうなの?」
「あいつなりになんか感じ取ったんじゃねえの?知らねーけど、」
「ふうん、…じゃあ辰馬の野郎今頃…」
「無傷では出発できんだろうな」
「…ご愁傷様」
「俺たちも同じだろうがな」
「…………」
手を合わせたまま顔を青くした銀時を見て高杉は鼻で笑い、桂は口元を緩めた。今はもう見えなくなってしまった後ろ姿に何を思うのか、それは本人達にしか分からない。しかし彼らの表情が意味するのは、決して悲しみでも蔑みでもなかったのだけは確かだ。
「…アイツらしい答えだな」
そんな誰かの呟きは空に消えた。
一方その頃、銀時の横を通り過ぎた風は空を見上げて歩く辰馬のもとへとたどり着こうとしていた。
そんなことを知るはずのない辰馬は歩みを緩めることなく、振り返ることもなく、まっすぐに自分が歩むべき道を進んでいく。
しかしその歩みも、次の一声でぴたりと止まった。
「ちょっと待てぇぇえぇえ!」
「っ、?!」
突然耳に届いた声に辰馬は驚愕し、すぐさま後ろを振り返った。珍しく見開かれた彼の瞳に映るのは、ぜえぜえと呼吸を繰り返す紫苑の姿だった。
声を音に変えるまで
音にしなくとも伝わる言の葉は、いつまでも色褪せることなく彼らの胸に残ることだろう。